何かの転換点に向けて。
ヴェインとセーラの二人は少しだけ照れていた。
褒められるのはなれているだろうに、とレンは確信しながら言う。確かあの二人は同年代の少年少女に称えられることには慣れていなかったな、などなど、古い記憶を探りながらだった。
「俺と同年代の方たちとは思えないくらい、すごかったです」
これは本心からだった。
別に自分がアスヴァルを討伐した強者だから、お前たちはまだまだだ――――などと心の中で考えることもなかった。
実際、ここにいる二人は同年代の間では相当な実力者に違いない。
「ありがと。でもまだまだなのよ」
「だな。セーラ……えっと、俺の傍にいる女の子のことなんだけど、彼女の友人はもっと強いらしいんだ。だから俺たちはもっと頑張らないと」
「おおー……そのご友人の方も貴族なんですか?」
「そうよ。聖女リシアって知らない?」
(すっごく知ってる)
レンが何も言わないでいると、セーラが説明にかかる。
どうやらレンがリシアについて知らないと思ったようだ。勝気なセーラの優しい性格を見せつけられたような気がする。
また、レンはいま過ちを犯した。セーラを貴族と断定した口ぶりで話してしまったことだ。とはいえ、高名な貴族だからどこかで見た――――と言えば違和感はないのだが。
「エレンディル領主、クラウゼル家の令嬢よ。私、その子と前から知り合いなの」
「……なるほどです」
セーラとヴェインは話をするならば、と歩き出す。
せっかくだから、町に帰りながら話をしようと考えて、この場を離れようとレンに提案した。
その道中で、セーラが過去のことを思い返す。
「貴方、さっき同年代とは思えないって言ったでしょ。けどリシアは私より強くて、彼女より強い子もいるんですって」
「確かセーラが聞いた話だと、仕える騎士の子供なんだっけ?」
「そうそう。あの子の目標みたい。その男の子に勝つために頑張ってるんだって言ってたわ。すごく強くて、いつもその剣に見惚れちゃうんですって」
「へぇー……そうなんですね」
レンは半ば聞き流しながら、というか平静を装うためにそう振舞った。
なので、帰り道はとてもいたたまれない気持ちにさせられた。
ギルドに帰って分け前を貰った頃には、もう眠気はすっかり消えてしまっていた。
◇ ◇ ◇ ◇
屋敷に帰ったのは夕方を過ぎた頃で、目を覚ましていたリシアがレンを迎える。
炎王ノ籠手の凄さに驚き、レンに似合ってると楽しそうにしていた彼女へと、レンは先ほどのことを尋ねる。
「あ、そういえば」
本当に嬉しくて、こんな言葉を口にする。
決して他意はなかった。偏に、嬉しかっただけ。
「リシア様が俺の剣に見惚れてくださってると聞いて、嬉しくなりました」
「――――」
ピタッ、と彼女の頬が引きつった。
まるで凍り付いたかのようにも見えた。
「――――どこでそれを聞いたの?」
リシアは必死に笑みを繕って、可能な限り平静を装いながら尋ねる。
尋ねられたレンは、それに気が付くことが無かった。ただ、嬉しそうに声を弾ませていた。
「帰りに籠手の具合を確かめたくて町の外に出たんです。そしたら偶然、リオハルド嬢が魔物を戦っているところに鉢合わせて――――」
「し、知らない知らない! 何のことかぜーんぶわからないもんっ!」
レンがセーラと出会った。
この事実より重要なことがあった。リシアは情報源がセーラであることを瞬時に悟り大いに慌ててみせたのだ。
「え、あの……」
「だから知らないのっ! み、見惚れるとかそんな……何のことかわからないからね!」
これがまた複雑なのだが、リシアが自分の口でレンに告げることはいい。
たとえば立ち合いの際中に、「ほんとにレンの剣は惚れ惚れする」と言うのは以前にもあった。
だが、自分が誰かに告げた言葉が間接的に彼の耳に届く。このことが、リシアに言いようのない恥ずかしさをもたらした。
その理由は彼女もわからない。
恐らくそれは、心構えの問題なのだろうが……。
「そうだわ! セーラはレンのことを知ってたの!?」
「いえ。特に自己紹介することもなかったので、お互いに知らぬまま話を聞いたと言いますか……」
「っ~~じゃ、じゃあ全部聞いたのね!?」
全部が何処までを差すのかわからないが、確かにセーラはリシアがレンに勝とうと頑張ってる話をしていた。
とはいえ別に、恥ずかしがるようなことはリシアだって話してない。
自分が知らないところで話されていた事実に照れてしまうだけだ。
リシアはぷいっ、とレンに背を向けて歩き出す。
エントランスに置かれたソファに座ってしまった彼女は膝を抱き、膝と腕の間でクッションを抱いた。
苦笑したレンが近づくと、彼女は自分でも理不尽な怒りだと思いながら、
「……来週、帝都に買い物に行きたいんだけど」
レンに甘えるようにそんなことを言い、彼が「ご一緒します」と言ったのを聞いて笑みを零した。
◇ ◇ ◇ ◇
帝都某所に停まった馬車の中。
人目を忍んで顔を合わせたラディウスとユリシスの二人が、先日の盗賊騒動についての意見を交換していた。
「クロノア様がお帰りになるのが十月。その前に手を付けることにした方が良い……奴らの考えは理に適っていますね」
「しかしわからん。我らが剣王の存在を忘れてはいまいか?」
「彼女が陛下のお傍を離れるわけがないとでも思っているのでは。多少強引ではありますが、魔王教が欲している短時間であれば、それで稼げるとお思いなのでしょう」
「なるほど。そう的外れでもないな。彼女も彼女で、陛下を守ることのみに執着しておいでだ」
「ただ、いずれにせよ彼女に手を借りるほどでもございません。我らが手を組んだのですから」
「となれば問題となるのは、どの段階で我らが奴らに手を出すかだ。無論、忘れていないぞ。今度は我らから仕掛ける番なのだからな」
しかしながら、魔王教の動向を掴まなければならない。
盗賊たちと違って、魔王教はいまだに尻尾を掴ませていなかった。行動を起こすと思われる夏までに調べられなければ、こちらの動き方も変わる。
「誘い込み、首根に食らいつく他ないか」
「細かなことはお任せを。私もまた考えて参ります」
この日の相談事はこの後すぐに終わった。
来るべく夏の日に向けて、二人は智謀を張り巡らさんとしていた。
◇ ◇ ◇ ◇
五月も終わりの日、レンとリシアの最初の試験が終わった。
終わってみれば呆気なく、試験会場を出た二人は普段通りの様子で帝都を歩いていた。
傍に控えるヴァイスが言う。
「お二人とも、今日の手ごたえはいかがでしょう」
「私はよかったと思う。特に迷うこともなかったし、時間も余ったわ」
「俺もです。割とすぐに終わったので、試験時間のほとんどは見直しをしてました」
「それは何よりです。少年も少年らしいと言うか、予想通りだな」
次の試験は七月に行われ、更に九月、そして十一月の次は翌年の一月に例の最終試験が執り行われる。
二人とも、その日にむけてまた頑張らなければと気を引き締めた。
「リシア様」
「ええ、なーに?」
「せっかく試験が終わったんですし、よかったら明日から獅子聖庁にいきませんか?」
「行くっ! あ、でも明後日は予定があるから……」
「ではそれ以外の日を少し、身体を動かす日にしましょう。一週間くらいそうして頭を休めてもいいと思います」
「そうですな。お嬢様、ご当主様には私からもお伝えしておきます。お二人は次の試験の対策も万全と聞きますから、しばし気分転換をしてよいかと存じます」
リシアは大いに喜んだ。
気分転換をできることもそうだが、何より、レンに誘われたことが嬉しかった。
「リシア様も順調に剛剣技を見に付けつつありますもんね」
「うん! レンに屋敷で教えてもらってるおかげよ。もうすぐ私も、手元くらいなら纏いを使えるようになると思う!」
リシアもまた、天才である。
そしてたゆまぬ努力を忘れぬ精神を持つため、彼女は常人と比較にならない速度で成長をつづけていた。だがレンだってそうだ。彼は自称することも他人の言葉にも頷かないが、彼もまた稀有な才を持つ。
その二人が成長していく姿を見ていると、ヴァイスも心躍る思いだった。
――――翌日、リシアはレンとともに獅子聖庁へ足を運び、その日の訓練に没頭した。
「いったい、君の身体はどうなっているんだ?」
ずどん、という鈍い音を上げて男の巨剣が地面に落ちた。
男はレンが纏いを会得した日にも剣を交わしていた巨躯の男で、レンが来るたびに剣を交わしていた。
その彼が、疲れた様子で地面に腰をつく。
息を切らして、全身に汗を浮かべていたのである。
「どうなっていると聞かれても……見ての通りとしか……」
するとレンは男に手を貸して起こそうとした。
しかし男は固辞した。まだ座ったまま休憩していたいようだ。
「君の努力は常軌を逸している。なぜそれほどまでに身体が動くのだ……? まさか私の方が先にバテるようになるなんて、冬には考えたこともなかったのだぞ」
「はは……頑張らないと、すぐリシア様に追い抜かれそうですから……」
レンはそう言い、別の場所で剣を振るリシアの姿を見た。
「確かに聖女殿も凄まじいが、君は更に数段上だ」
またレンが頑張る気になる理由は、魔王教の存在も大きかった。
春に戦い、圧倒したことは忘れていない。だが次も圧倒できるかと言うと、今度はそうじゃないかもしれない。
油断はなかった。驕りもなかった。
レンはこの春を経て、また一段とその力を増していた。
◇ ◇ ◇ ◇
翌週。
帝都の空は灰色の空に覆われて、ぽつぽつと雨が降っていた。
レンはその日、帝国士官学院に居た。以前、願書を貰いに来たのと同じ場所にて、彼は二次試験の申し込みを終えて間もなかった。
レンにはここ最近、考えていることがあった。
(おかしなくらい、音沙汰がないな)
ユリシスとラディウスの二人からだ。
春先の盗賊団の騒動に魔王教が関わっていることはもうわかりきっているため、あの二人が何もせずじっとしているとは思えない。
だが、少しも進展がないことが不思議だった。
熟思に夢中のレンが傘を差し、外に出て数歩進んだところで声を掛ける者がいた。夏服に身を包んだフィオナだった。
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