主人公とメインヒロイン。

 エレンディルを出て、外を歩くとより一層目が覚めてくる。

 初春の風が頬を撫でるたび、その涼しさに生き返る思いだった。



 今日のレンはあまり遠出しすぎたりはしなかった。街道をはずれて数十分程度の場所を目指すに留めていた。彼はそこで、炎王ノ籠手を取り出して両手に装備する。

 腕周りや指先を動かすと、やっぱりしっくりきた。違和感は皆無だ。



(誕生日から間もないし、ちょうどよかったな)



 四月と言えばレンの誕生日だ。

 猶、今年の誕生日は昨年ほど賑わっていない。レンもリシアも受験生のため、ささやかな祝いの席と言ったところだった。



 レンは辺りに誰も居ないことを確認し、魔剣を召喚する。

 左腕は盾の魔剣を召喚して装備し直して、その力を一瞬だけ行使した。



「……ん?」



 言葉にするのは難しい感覚だった。

 だけどいまなら、いけそうなきがした。炎王ノ籠手を装備していると、不思議とそうした感覚があった。

 だからレンは、まさかな……と思いながら、右手を前方へ伸ばした。



「ッ――――!?」



 左腕が、親指付近に埋め込まれた深紅の宝玉が熱を発した。まるで劫火だ。アスヴァルの炎を浴びたときのような熱だった。だけど熱くないし、熱はあっても熱くはないという矛盾が生じた。

 


 ――――もしかして。



 それが、もしかしてではなかったことが証明される。

 面前の空中にひびが入り、全体が黄銅色の、いたるところに深紅の紋様が施された魔剣が姿を見せはじめた。



「……炎の、魔剣」



 炎剣・アスヴァルほど豪奢な見た目ではないが、これも目を見張る魔剣だった。

 以前は召喚を試みようとして多すぎる魔力の消費に悩まされたのに、今回はそれがなかった。



 だが、見ているだけでわかる。

 ただ振り回し、考えなしにその力を行使すればすぐにでも意識が飛んでしまう。

 それだけの力を秘め、魔力を食らう魔剣であることは想像がつく。



 ふと――――。

 持ち手を握りしめたレンは、刹那、目を開いているはずなのに、その世界が真っ暗になった。



 数十メイルも先。

 白銀の峰に鎮座する、赤龍の姿を見た。



『欲に身を駆られし愚かなヒトよ。余の角が欲しくば、その力を以て奪い取ってみせよ』



 赤龍が言う相手はレンに背を向けた、一人の男だった。

 レンはなにもせず。というかなにもできず、その背を見せつけられる。



『……』


『何を黙る。恐れを抱くならばこそ、その傲慢を――――』


『力づくと言うのが申し訳なくて迷ってた。でも欲しいのは事実だ。だからもう一度聞くよ。欠片でもいい。分けてはくれないか?』


『く、くく……ハァーッハッハッハッハッ! ――――もうよい。灰燼と化せ』



 赤龍が劫火を放った。

 レンが知る劫火とは程遠い、まるで世界の終わりにすべてを焼き尽くすような、そんな絶対的な炎だった。全盛期のアルヴァルが放つ炎である。



 しかし、それが止んだ頃。

 灰燼などにはならず、男は一本の剣を手に立っている。



『……貴様、勇者か』


『違うよ。俺はただの冒険家だ』



 目の当たりにしていた世界はそこで遠ざかる。

 まるでレンだけが強風にさわれるかのように、見ていた世界が消えた。



 気が付けば、街道外れの森の中だ。



「……いまのは」



 間違いなくアスヴァルだった。

 相対していたのは、まぎれもなく冒険者アシュトンのはず。アスヴァルが言うところの、強きアシュトンだ。



 なぜあんな光景を見せられたのか、それとも炎の魔剣を通じて見せられたアスヴァルの記憶か。

 合点がいかない中でも、レンにとっては理解できることもある。



「――――ありゃ、弱いって言われても文句ないな」



 自分が浴びたのとは比較にならぬ劫火に対し、微塵も臆せず立ち向かった冒険家アシュトンの強さとレンの強さを比較するなど、とんでもない。

 より一層、冒険家アシュトンが何者なのか気になってしまう。

 いつか、禁書庫に入れる機会でもあれば……と思うのは無理があるが、どうにか調べたいところだ。



 などと考えていたレンの耳に、



『おい! そっちにいったぞ!』


『罠に追い込め! いけいけ!』



 男たちの声が届いた。

 盗賊団を捕まえてから少し時間が経っているが、何だろうと気になったレンが炎の魔剣を手にしたまま走った。

 少し進んだ先で、幾人かの冒険者が罠を用いた狩りに勤しんでいた。



(そういや、あんな魔物も居たな)



 狩られていたのは空を飛ぶ、ウィングワイバーンという魔物だ。

 名前にあるようにワイバーンそのもので、濃い緑色の体躯を誇る龍種の一体だ。

 ランクはこの辺りでは珍しく、Dに該当する。

 周辺に集まった冒険者たちの様子を見ていたレンが、「ん!?」と言う。

 辺りは木々が人の手で倒された開けた場所で、皆はそこで罠を用意しての狩りを終えたばかりだったのだが……



「やった! 捕まえたわ!」


「ど、どうにかなった……っ!」 



 大人の冒険者に混じって、一組の男女……それもレンと年の離れていない者たちが居た。



(ヴェ、ヴェインとセーラ……ッ!?)



 主人公ヴェインと、メインヒロインのセーラ。

 彼ら二人がレンの目線の先に居て、討伐を終えたことに喜んでいた。

 ひとまずレンは、皆に見つかる前に炎の魔剣を消した。いずれあの二人を会うことは避けられなかったが、ここで会うつもりはなかった。

 立ち去ろうとしたところで、



「お? そこの君! 悪いが手伝ってくれ!」



 大人の冒険者に見つかって声を掛けられた。

 逃げようにも、その冒険者がレンに近づいてくるためここから逃げ出すのもどうかと思う。

 諦めたレンは開けた場所へ一歩進んだ。



「なんでしょうか?」


「怪我人も居て、ウィングワイバーンを運ぶのも一苦労なんだ。悪いが、残ってる簡単な仕事を手伝ってもらいたい」


「……手伝うにしても、できれば俺も力仕事の方が良いです」


「ははっ! 力仕事は人手が足りてる。悪いがこっちの仕事を頼むよ。ギルドに帰ったら報酬も渡すからさ!」



 レンはその簡単な仕事の内容を知っている。

 ウィングワイバーンを討伐した後で、この周辺の状況をメモしてギルドに報告するのだ。ウィングワイバーンによる被害を伝えるための作業とされている。

 動揺していたレンは、どうにか力仕事に携われないかと思い食い下がろうとした。

 しかし、



「ごめんなさい。こっちを手伝ってもらっていいかしら」



 そこでセーラに声を掛けられたレンがため息を漏らす。

 こうなってから逃げるのは、やはり変だ。レンは仕方なくセーラとヴェインが居る方へ行き、二人の手伝いをするべく声を掛ける。



「何をお手伝いすればいいでしょうか?」



 レンはこの光景に既視感があった。

 それもそのはず。これはヴェインとセーラの二人が、レン・アシュトンとはじめて出会うイベントなのだ。

 彼らはこれを期に友誼を結び、学院での再会を約束する。



 同じイベントともいうべき出会いをしたレンは密かに苦笑いを浮かべて、辺りの様子を確認した。

 確か、ウィングワイバーンの討伐に用いた罠などの整理だ。

 それとギルドの提出する情報をまとめるなど。



(……あ、一応、ゲームのときとシチュエーションが違うのか)



 七英雄の伝説において、レン・アシュトンはそもそも最初から二人と同じ依頼を受けてこの場に足を運んでいた。

 そう言う意味では、レンの登場は少し違う。

 いずれにせよ早く終わらせてしまおうと考えて、レンが辺りの様子を確かめる。



「でも悪いな。俺の報酬からも君に支払うから受け取ってほしい」


「いや、大丈夫です。本当にこのくらいならお金を貰うほどじゃないですから」


「そ、そうか……? けど、それじゃ申し訳ないよ」



 大丈夫、とレンは何度も口にした。

 レンの譲らぬ態度にヴェインはとうとう諦めて、「せめて食事でも」と言うも、レンは「機会があったら是非」と体のいい断り文句を返した。



 やがてここでするべき仕事が終わる。

 大人の冒険者たちは怪我人とウィングワイバーンを運ぶための支度に取り掛かっており、残るのは三人は大人たちと少し距離があった。



(隠れて護衛が居る、って設定だったっけ)



 物語中、いくつもの冒険を経験する主人公たちだが、セーラをはじめとした七大英爵家の面々はその言葉通り、上位貴族の嫡子ばかり。

 彼らはそんなの気にせず、七英雄の末裔として勇敢に戦うのだが、その裏で動く者も居る。



 可能な限りではあるが、こうした場面ではセーラたちの護衛が隠れている。

 ゲーム時代にその護衛を見つけた主人公が語り掛けると、「お嬢様には内緒にしてください」と言うイベントがあった。



(さて)



 最後の仕事が終わったところで、レンが思いだす。

 この後すぐ、確定で魔物と戦わなければならないことを。



「ッ――――セーラ!」


「ええ! わかってる!」



 二人が何かに気が付く。

 茂みの奥から現れた幾匹もの魔物を前に、二人はすぐに剣を抜いた。

 ここで三人が共闘する――――のだが、ヴェインとセーラのレベルが高い場合、レン・アシュトンは戦いに参加しない。

 演出上、彼が参戦する前に二人が魔物を倒してしまうのだ。



 三人が共闘するのはあくまでも、戦力レベルが足りない場合だ。

 ウィングワイバーン戦後に現れる魔物ということで、イラッとするプレイヤーが多かったことをレンは覚えている。



 だが現れた魔物に強い個体は存在しない。

 この戦いはあくまでも、レン・アシュトンとの会話のために用意されたちょっとした戦いでしかなかった。



「あたしたちに任せて! 武器も持ってない貴方は隠れてて!」


「すぐに終わらせる! だから心配しなくていいよ!」


「えっと……あ、ありがとうございます」



 どうしたものかと思いながら、危なくなったら手を出そうと思ったレン。

 しかし、それには及ばなかった。二人は彼の前で、見事な剣の腕を披露して魔物を次々と倒していく。

 ゲームで言うところの、レン・アシュトンが参加せずともいいレベルにあるようだ。



(――――おお、適正レベル以上だ)



 冷静に、記憶を探りながらその言葉を掘り出した。

 現実のヴェインとセーラの二人は、随分と順調に成長しているようだ。目に見えてわかる強さにそう思わざるを得ない。

 遂に最後の一匹を討伐したところで、二人は片手をあげてぱんっ! と叩き合った。



「あたしたちの方が強かったってことね!」


「ああ! 勝てて良かった!」


「――――あ、その台詞」



 聞き覚えのあるやりとりにレンが声を漏らすと、二人が「え?」とレンを見た。

 レンはこほん、と咳払いをして居住まいを正してから、「お見事でした」と二人の腕前を称賛する。



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