冬の帝都にて。

 空中庭園はエレンディルでもっとも大きな駅だ。魔導船乗り場も兼ねているため、その規模はレオメルでも稀有なもの。地上階へ移動するだけでもそれなりの運動になる。

 地上階から外に出れば用意されていた馬車に乗れるため、少しばかりの休憩だ。

 


 レンは皆と同じ馬車に乗り込み、数十分ほど町中を進んだ。

 賑わいは帝都に劣るが、歴史や情緒を感じさせる街並みは、ちょうどいい静けさの中にも都会らしさを感じる。

 目的の屋敷は、その町の中心にあった。



 クラウゼルにある屋敷と違い、エレンディルの屋敷は大通りに面している。隣り合った建物はなく、敷地全体を高い塀で囲った白い建物だった。

 馬車に乗ったまま門をくぐれば、緑豊かな庭園が皆を迎える。



「クラウゼルとはまた違った、立派なお屋敷ですね」



 レンがそう言えば、レザードは「だがな」と自嘲する。

 彼の様子は、レンが春に見た両親とどこか似ていた。



「調度品の類はクラウゼルとほぼ同じだ。私が田舎育ちの貴族だったせいか、昔はエレンディルのような都会の生活に慣れなくてな。せめて屋敷の中でも住み慣れた環境でと思い、同じ家具職人に依頼した」


「…………」


「レン? 急に苦笑いを浮かべてどうしたのだ?」


「春に同じ話を聞いたと思いまして、つい」



 村に里帰りしたレンは、ロイとミレイユの口からまったく同じ言葉を聞いていた。

 それが少し面白かったのだ。

 気にした様子のレザードにその話をすれば、彼は楽しそうに笑った。



「領主とその仕える騎士だからな。似た感性を抱いてもしょうがないとも」



 それには、話を聞いていたリシアとヴァイスの二人も笑う。

 間もなく馬車が屋敷の扉前で止まり、外から騎士が馬車の扉を開けた。



「行きましょう、レン」


「はい。屋敷の中も楽しみです」



 馬車を下りたレンはリシアに連れられて屋敷の敷地内に足を踏み入れた。

 出迎えた使用人たちに見守られながら屋敷に入れば、家主のレザードが言っていた言葉の意味がよくわかる。 

 ここの屋敷はクラウゼルの屋敷と作りこそ違うが、よくよく見れば覚えのある調度品にレンも落ち着きを覚えた。



 クラウゼルでは旧館に住んでいたレンには、客間の一つが割り当てられる。今後はその部屋が旧館の代わりで、彼の住まいとなる。彼はレザードたちに同席して代官に挨拶をしてから、用意された客間に案内された。

  


 案内された客間は聞いていた通り、クラウゼルの本邸を想起させる。

 これなら、特に違和感もなく快適に過ごせるだろう。



 だからなのだろう。

 その日、はじめてエレンディルの町を歩き、屋敷で一夜を過ごしたレンは、居心地の悪さを感じることなく眠りに付いた。

 長旅の疲れを癒すのに、何一つ困ることはなかった。



 翌朝は日が昇って間もない頃に皆で朝食をともにして、レンはそれから屋敷の門前で皆を見送る。

 その際、リシアがやや残念そうな声音で尋ねる。



「本当にレンは一緒に行かないの?」


「すみません。俺は念のために、エレンディル外の平原や森に現れる魔物を確認してきます」



 その代わりと言ってはなんだが、



「俺はリシア様と町の外に行ける日も楽しみにしてますから、そのために頑張ります」


「……もう、その言い方はズルいわ」


「本心ですよ。では、リシア様たちもどうかお気をつけて」



 リシアにレザード、そしてヴァイスの三人を乗せた馬車が屋敷を離れて行く。

 馬車が見えなくなったところで、レンは自身が泊まる客間へ戻り、町の外へ出る支度に取り掛かった。

 支度の内容は、魔物と戦うためのものだ。



 こうした支度をするのは久しぶりで、ワクワクしてくる自分がいた。

 靴ひもを結ぶ指にも、自然といつになく力が入っていた。部屋に備え付けられた鏡を見たら、頬が緩んでいた自分の姿を目の当たりにした。



 支度を終えたレンは頬をぱんっ! と強く叩いた。

 気を抜かないよう喝を入れ、



「よし……っと」



 遂に部屋を出て、屋敷の外を目指した。

 最近はクラウゼルから魔導船に乗るための領地への旅路や、エレンディルと帝都に到着してから過ごす時間が長すぎて、クラウゼル東の森での狩りもあまりできていない。

 歩くたびに、気持ち新たに努める気持ちにさせられる。

 レンは廊下に居た騎士へ声を掛けた。



「俺も行ってきます」



 その騎士はクラウゼルから同行していた騎士のため、諸々の事情を理解していた。



「かしこまりました。ご当主様も仰っていたと思いますが、ご無理はなさらぬよう、どうかお気をつけて」


「ありがとうございます。それじゃ」



 屋敷を出たレンは外の空気をいっぱいに吸い込んだ。



「――――効率のいい例の狩場を下見しておかないと」



 クラウゼルと似ているようで、どこか違ったエレンディルの空気で身体を満たすと、町の外に向けて足を進めたのである。

 彼はその道すがら、エレンディルの象徴の一つである大時計台を見上げた。

 



 ◇ ◇ ◇ ◇




 一時間と少しの時間が過ぎてから、雪化粧をした帝都を歩く三人。

 寒くても賑わう帝都の様子は、祭りの最中にあるクラウゼルでも比肩できない賑わいにあった。



「リシア。最近、毎日のように手にしている小瓶は何なのだ?」


「これはレンがくれたんです。獅子聖庁で剛剣技を学んだ際、エドガー殿がよければ私にも……って用意してくださっていたみたいです」


「ほう、よければ私にも見せてくれ」



 朝の賑わいに包まれた帝都大通りを進みながら、レザードは小瓶を手にして中を見た。

 小瓶を空に掲げれば、その中にある特別な水晶玉がコロン、と転がった。



「ありがとう。――――ところでこれと剛剣技に、どのような関係があるんだ?」


「えっと……ヴァイス、お願いできる?」


「かしこまりました。ご当主様、その小瓶の中にあるのは特殊な水晶玉なのです。戦技を扱うための魔力を練り上げ、それをガラス越しに水晶玉に届けるのです。そうすることにより、水晶玉を破壊できれば剛剣技の才があると判断できるのです」


「なるほど。やはり剛剣技ともなれば、他の流派では聞かぬこともあるようだ」



 リシアが「そうですね」と頷く。

 顔には僅かな焦りが見えた。



「いつもレンと一緒に頑張ってるんですが、まだ壊せる気配がなくて……」


「レンも同じなのか?」


「ええ。でもレンはエドガー殿に才能があると言われてるので、時間の問題でしょう。私にも剛剣技の才能があればいいんですが……」


「あまり心配せずとも良いと思われます。お嬢様は白の聖女の一端である、神聖魔法の扱いも習熟しつつございます。あれは魔法の中でも特に魔力の扱いに緻密さが望まれるもの。剣の扱いにもたけているお嬢様であれば、剛剣技の才があっても不思議ではありません」


「……だといいんだけど」



 リシアはそう言って、レザードから返してもらった小瓶を手のひらに持つ。

 彼女自身、冬空に小瓶をかざして水晶玉を眺めてから、早く成果が表れるようにと切に祈った。

 それからすぐのことだ。



「見えてきたな」



 目的の服屋が見えてきた。

 その服屋はレザードも度々足を運んだことのある店で、過去には、彼が亡き妻と出会った店でもあった。リシアにとっては母でもある彼女から受け継いだ服は、その店で仕立てられたものだ。

 そのため、仕立て直すのに都合がよかった。



「せっかくだ。リシアも成長してきたことだし、いくつか見繕ってもらおう」


「いいんですか?」



 リシアが弾む声で言った。



「ああ。レンに見せたい服もあるだろうから、好きな服を選びなさい」


「……お、お父様っ!」


「恥ずかしがらなくてもいいだろうに。では行こうか。ついでだ、偶には私とヴァイスの服も見繕おう」


「ご当主様、私も……ですか?」


「うむ。日頃の礼と思って受け取ってもらうぞ」



 予期せぬ言葉に困惑したヴァイスだったが、一度固辞してもレザードが「気にするな」と強く言ったため、それ以上断ることは無粋と思い頭を下げた。

 


 足を運んだ服屋には、昼過ぎまで滞在した。

 彼らの手に購入した服はない。おおよそ新たに調整が必要なものだったため、仕立て上がったところでエレンディルの屋敷に送られることになった。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 三人は大通り沿いで目についたレストランで食事をしてから、予定通り、鍛冶屋街に向かう道に就いた。



「鍛冶屋街で新しい装備でも買うの?」



 帝都の賑わいの片隅で、リシアがヴァイスに問いかけた。



「いえ、お嬢様の剣でございます」


「私に?」


「はっ。実は兼ねてより、お嬢様の剣について知り合いの鍛冶師、、、、、、、、に相談しておりまして」



 リシアが魔物相手の訓練に挑むことを期に用意すれば、都合がいいと考えてのことだった。

 これまでも、リシアは自分の剣がなかったわけじゃない。だが彼女が成長するにつれて、その剣身が彼女の戦い方に見合わず、短くなりつつあった。

 故に今後を見据え、これまで以上の剣を用意する手はずとなっていた。



「む、そうだったのか。であれば私にも言ってくれればよかったものを」


「申し訳ありません。実は私からということに限らず、使用人一同からの贈り物という面もございまして」



 無粋な言葉は口にできないと思い、レザードは素直に感謝の意を示す。

 少し恐縮してしまったヴァイスに対し、今度はリシアが楽しそうな声で問いかける。

 


「ヴァイスの知り合いってことは、結構昔からの付き合いなのね」


「お察しの通り、近衛時代に知り合った鍛冶師でございます。いやはや……私も年を取ったもので」



 ヴァイスはどこか遠い目で昔を思い返して笑った。

 冬の冷風が、三人の間を吹き抜ける。


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