空中庭園と呼ばれる場所で。

 瞬く間に月日が経ち、七月に差し掛かった。

 レザードが語っていたパーティまで、あと数日の頃。レンはこの世界にきてはじめて、魔導船に乗っていた。



 彼は高級宿が如く客室にて一人、窓の外に広がる青空に漂う雲を眺めながら思う。



(結局、こうなったか)



 こうなった経緯だが、特に複雑な事情があるわけではない。

 パーティの招待状にレンの名前はなかった。といってもこれは普通のことで、貴族が集まるパーティには使用人や、仕える者の名が書かれることがないからだ。



 だがその一方で、レンは自分の村が関係する話が交わされる可能性があるのに、自分がクラウゼルに引きこもるのもどうかと逡巡した。

 結果、彼はパーティに参加せずとも帝都まで同行することを決意したのだ。



 魔王教の騒動から日が浅いこともある。

 リシアの護衛をするという意味でも、いずれこの結論に至っていただろう。

 帝都やエレンディルに足を運ぶことはやや忌避感があったものの、こればかりは仕方がない。



『間もなく、エレンディルに到着いたします』



 何処からともなく声が聞こえてきた。

 レンがその声がした場所に目を向けると、そこにあるのは天井に備え付けられた豪奢なシャンデリアだ。

 実はそれが、声を届ける魔道具でもあった。



(貴族も使うような客室だからなのかな……本当に豪華だ)



 魔導船のチケットは高価だが、それでも平民たちが乗れないほどではない。

 だが魔導船に関しては、その客室に格がある。レンはそのチケット代を自分で負担すると言ったが、「今回は事情が事情だから出させてくれ」というのがレザードの返事だった。



 レンはそれから、ほぼ丸一日世話になった客室を出た。

 客室の外は空を飛ぶ船の中とは思えぬほど、落ち着いた空間が広がっている。クラウゼル家の屋敷と比べても遜色のない、豪奢過ぎない居心地の良さがあった。



「レン!」



 少し進んだ先で待っていたリシア。

 彼女はレンの姿を見て、大きく手を振った。



「昨日はよく眠れた?」


「おかげさまで。リシア様が帰ってからすぐに寝ちゃいました」


「ふふっ、馬車での長旅は疲れるものね。……はぁ。いつかクラウゼルにも、魔導船乗り場ができたらいいのに」



 苦笑いを浮かべたリシアはそれが難しいことを知っている。

 クラウゼルの規模では、魔導船乗り場を造ることは厳しさを極める。主に資金の問題で、維持することが難しい。



 そのため、別の貴族が治める領地で魔導船に乗るしかなかった。



「行きましょうか。お父様たちが待ってるわ」



 リシアが言うと同時に、魔導船の高度が下がりだす。

 魔導船は数十分と経たぬうちに、エレンディルの魔導船乗り場へその巨躯を降ろした。



 二人はその間も魔導船内を歩いて、レザードとヴァイスの二人と合流した。

 出入口へ向かう最中に見かけた窓の外の風景に、レンはふと目を奪われた。



(……本当にエレンディルだ)



 広い石造りの地面中央に、一見すれば白い石造りの砦のような、あるいは塔にも見える巨大な建築物が一つ鎮座する。ところどころに尖塔が立ち並ぶ姿は圧巻で、どこかゴシック様式を思わせる全貌は水流や緑で彩られ、壮麗。



 その高層階からは、長い滑走路が如く道が宙に向かって伸びている。エレンディルにやってきた魔導船は何隻も等間隔に並び、その道を左右から挟み込むように空中で停泊していた。



 レンたちが乗って来た魔導船からも、他の魔導船が立ち並ぶ風景を見ることができた。

 魔導船が停泊した場所の高さの影響か、普段よりも雲が近いような気がした。



(ファンタジーって感じがする)



 周りに留まった魔導船は、その見た目も様々だ。

 弾丸状の形をしたもの、巨大な水上艇のようなもの、はたまた、魚のヒレに似た翼を何層も重ねた巨躯を誇るものもあった。



「来たか」



 歩きながら外の様子に気を取られていたレンの耳へ、一足先に出入り口近くに足を運んでいたレザードの声届く。

 彼の隣には、当然のようにヴァイスが立っていた。



「はじめて見たエレンディルの感想を聞こうと思ったのだが……聞くまでもなさそうだな」


「はい……正直、圧倒されてました」


「それはよかった。では、外に出てもっと圧倒されてもらうとしよう」



 合流した四人は下船する客で賑わう様子を傍目に、彼らが泊まった客室の者向けである道へ向かって、外の建物へ通じるタラップへ出た。

 刹那、外の涼しい風が一行の頬や髪を撫でた。



 レンはタラップの手すりから、遥か下に広がる地面を見下ろす。

 建物の下にはいくつもの馬車が停まり、そして多くの出店が立ち並ぶ。平民や冒険者、それに貴族で賑わっていた。



 また、レンが向かう建物の地面から伸びた、幾本もの線路だって目を引いてやまない。知識でしか知らなかった景色をこうして自分の目で見ると、その感動はひとしおだった。



「あのね、魔導船から降りて向かう建物は――――」


空中庭園、、、、、でしたっけ」


「――――つまんない。知ってたのね」



 レンは得意げに説明しようとしたリシアに対し、悪いことをしてしまった気がした。

 彼女の機嫌を取るために……と躍起になるわけではないが、



「知ってるのは名前だけですよ。実際、どういう建物かはよくわかってないんです」



 よければ説明をお願いします……という願いを込めてそう口にした。

 するとリシアは仕方なそうに、でも嬉しそうに口を開いた。

 タラップを抜けたところで、数歩先を進んでいた彼女はレンに振り向く。



「いま私たちがいる空中庭園は、エレンディルの象徴の一つなの」



 リシア曰く、空中庭園は魔導船乗り場だけに限らず、魔導列車の駅としての役割を持つ。

 空中庭園から魔導列車に乗れば、一時間半ほどで帝都へ到着する。そして帝都周辺で空中庭園ほどの規模を誇った駅は存在しない。

 故に多くの貴族や大商人が空中庭園に通う、商業的にも重要な複合施設なのだとか。



「おおー……勉強になります」



 リシアをおだてるわけではないが、レンが感嘆の声を上げれば彼女は「ふふっ」と嬉しそうに笑っていた。



「ふふっ、男爵が預かるにしては立派過ぎる町だって思った?」


「い、いえそのようなことは……」


「ごめんなさい。別に意地悪を言いたいわけじゃないの。レンは頭が良いから、もしかしてそんなことも考えてるかなーって思って」



 正直、思わないわけでもない。

 これほどの要所を預かる貴族と聞けば、普通なら上位貴族を想像して当たり前なのだ。

 何とも言えず、茶を濁そうとしたレンにレザードが説明する。



「魔導船乗り場が各地に普及しはじめてきた頃から、この空中庭園は価値を落としはじめた。帝都近くで空に向かう要所という事実は変わらないが、運営の難易度がとてつもない。だというのに責任ばかり大きいため、ただでさえ価値を落としたこの地を欲する貴族はそういなかった」


「それにしても、エレンディルと併せれば貴族として箔が付くと思ったのですが」


「そう。レンが言うように箔が付く。とはいえ皇族や帝都貴族にしても、この地を任せる者は慎重に選ばねばならなかった。空中庭園は派閥を問わず多くの貴族が使うこともあって、重要な場所に違いはなかったからな」



 だが、レザードが先に言った運営することへの難易度や、失敗したときの影響を鑑みて、自ら進んで統治すると言う貴族は帝都にいなかった。

 


「空中庭園を運営することによる収入も言うほどではない。毎年の維持費がとてつもなくてな。エレンディルそのものの税収もあるが、町の維持費も考えれば、儲けがほしい貴族は失敗への恐れの方が強くなる」


「ああ……箔を得られても、得があまりないんですね」


「そういうことだ。しかし誰かに任せないわけにもいかん。前領主は子がおらず、隠居してすぐエレンディル領主が空席になった。ちょうど、レンとリシアが出会う二年程前だったか」



 一応、我こそはと名乗り出た貴族がいなかったわけではない。

 しかし、各派閥の貴族は互いをけん制し合ったため、同派閥から適任と思える貴族を推薦することに積極性を欠いた。

 すると、その場で中立派の貴族がレザードの名を挙げたのだとか。

 レザードは爵位の割に有能で、聖女を娘に持つため皆の覚えが良かった。



 レザードがエレンディルを任されたのは、半ば折衷案でもあった。

 中にはいずれ、クラウゼル家ごと派閥に引き入れたいと考える者がいただろうと察しが付く。



「それにより、私がエレンディルを預かることになった」


「ど……どこか、押し付けられたような気がしてしまいますね……」


「ははっ、しかし私にとっては都合がよかったのだ。貴族としての勢力拡大に野心があったわけではないが、エレンディルを中立派の貴族が納めることは悪くない。派閥争いに少しでも待ったを掛けられれば、そう期待したこともあった」



 いまとなっては、以前のレザードが抱いた願いと違う展開になっている。

 ギヴェン子爵も何らかの野望を以てクラウゼル家に、アシュトン家に手を出したこともあるからだ。



「少年、ご当主様がこの地を預かるようになって以来、税収は右肩上がりなのだぞ」


「微増がつづき、最新の数字でようやく目に見えて……といったところだがな」



 実績を誇らしく言うこともなく、さらった言い切ったレザードがレンには格好よく見えた。

 爵位そのものがもつ力は弱くとも、個人の有能さを知らしめる姿は頼もしい。

 子爵になる日も、そう遠くないかもしれない。



 それらの話が済んでから、間もなく。



(――――おお! やっぱりある!)



 レンはその顔をエレンディルの町中へ向けて、町の中央に鎮座した大時計台を見た。



 象牙色のレンガを積み重ねて造られたそれは、四方を囲むように円柱が支えられている。天高くそびえ立つその姿は、歴史的な芸術だ。

 時計の針は、ちょうど十二時を指している。

 辺りに鳴り響いた鐘の音は、讃美歌のように神秘的だった。



「レン? 急に止まってどうしたの?」


「すみません。また見惚れちゃってたみたいです」


「ふふっ、レンったら。でも早く移動しなくちゃいけないから、観光はまたにしなくちゃね」



 リシアに急かされたレンは、彼女を追うべく慌てて足を動かした。

 彼はその際、この滑走路が如く道の端に目を向けた。



(――――アレもあるのか)



 そこには、テントのように布を被せられた何かがある。布越しにわかる姿かたちは、弾丸の形をした魔導船のように見えた。それは七英雄の伝説時代も同じ場所にあって、他の魔導船と違い、動く様子のなかった不思議な何かだ。



(なんなんだろうな)



 機会があったら、レザードに尋ねてみるのもいいだろう。

 レンは空中庭園内部の光景に懐かしさを覚えつつ、地上階に設けられた駅から、帝都へ向かう魔導列車に乗り込んだ。



 ――――――――――



 ※今夜、「物語の黒幕に転生して~進化する魔剣とゲーム知識ですべてをねじ伏せる~(web版)」こちらのサブタイトルへ変更いたします。

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