新たな物語に向けて。

 里帰りを終えたレンの心には、いくつもの思いが宿っていた。

 喜びは当然として、里帰り前にはなかった強い責任感を覚えるとともに、今後の課題を知った彼は気が引き締まる思いだった。



 そのレンがクラウゼルへ帰って、同じ日の夜のことだ。



「ご当主様、確認して参りました」



 レンがレザードと話をしていた執務室へ、ヴァイスが神妙な表情を浮かべてやってきた。



「少年の報告とすべて合致しております。あの角は間違いなく、アスヴァルのものでありましょう」



 ヴァイスはその目でアスヴァルを見たことがない。

 だが、この屋敷に運ばれた角を見て確信した。

 星瑪瑙然り、レンの報告然り、疑いようのない事実だと悟ったのだ。



「はっはっはっはっ!」



 話を聞いたレザードが、ソファに座ったまま高笑い。



「もう驚かん! レンがしたことなら笑い飛ばせるとも!」


「レ、レザード様……すみません……」


「なに、気にすることはない。むしろ、アシュトン家の村に流れ着いたことを喜ばしく思うべきだろう。余計な目撃者もいないだろうしな」


「それなんですが、どうして俺の村に流れ着いてたんでしょうか」


「これを見てみなさい。恐らく、地底河川、、、、を下ったのだろう」



 レザードはソファ手前のテーブルに地図を広げた。そこに描かれた領内の地形には、いくつもの青い線が描かれていた。



「バルドル山脈に降り積もった雪が解け、その水が流れる川が周囲にあるだろう?」



 話を聞くレンは「はい」と頷く。

 その川こそ、レンがフィオナと逃げる際に目指していた、バルドル山脈にある隠しステージから行ける抜け道だ。



「その周辺にある地底河川は、我が領内にあるいくつかの川に繋がっているのだ」


「なるほど。確かにあの角がそこに流れたと思えば……けど、都合よく俺の村に流れてくるでしょうか」


「私もそう思う。正直、都合が良すぎて作為的なものを感じてしまうな。――――だが、実際にそうなってしまったのだ。現にアシュトン家の村に流れ着いてしまったことは事実だろう」



 レザードは肩をすくめた。

 となれば、アスヴァルとアシュトン家の先祖の関係か。

 この世界でそれを冠がるのはどうかと思ったが、レンはどうにもファンタジーなことを考えさせられる。



(アシュトン家と縁があったみたいだし、引き寄せられた……とか)



 それもそれで現実味がなかったものの、アスヴァルの力を鑑みれば一蹴できなかった。

 むしろ引き寄せられたというよりも、アスヴァルからあの村へ向かった説の方が有力に思えてしまう。



「やれやれ……少年、私も驚いたぞ。少年の村での思い出話を楽しんでいたら、まさかあのような角が出てくるとは思わなんだ」



 それらの話は夕食の席で、レンとリシアの思い出話を交互に話していた際に共有された。

 レンが村の壁や街道整備を手伝った話に皆が和やかさを覚えた後で、いきなり放り込まれた爆弾が如く話題だったのだ。



「はは……ところで、リシア様はどうしてますか?」


「お嬢様なら、角を興味津々な様子で見ておられる」


「ああ、リシア様らしいですね」



 問題となるのは、その角をどうするべきかだ。



「ご当主様。アスヴァルの角はアンデッド化のせいで、本来の状態と違い不完全な素材に違いありません。しかし、それでも計り知れない価値がございましょう」



 だが、市場に流せるかと言うと難しい。

 素材が素材だし、イグナート侯爵とフィオナの件を思い返せば、市場に流すことで余計な諍いを生んでもおかしくない。

 そのため、少し悩ましい貴重品となっている。



(どうしたもんか)



 悩んだレンはふと、思いだしたように手を叩いた。



「レザード様、イグナート侯爵に相談する……っていうのはどうでしょう?」


「実は私も同じことを考えていた。イグナート侯爵はレンに大きな恩があるから、相談に乗ってくれると思う」


「では、俺がいただいていた招待状の出番ですね」



 招待状と言うのは、イグナート侯爵の傍仕えであるエドガーが置いていったもののことだ。



(背に腹は代えられないしなぁ……)

 ゲーム時代の思い出が脳裏を掠めるため、イグナート侯爵にはまだ苦手意識がある。

 しかしレンは、アスヴァルの騒動の後でクラウゼル家を通じて何度か連絡をとっていたこともあって、以前ほどの忌避感を抱くことはなかった。

 今回の素材を思えば、その決断をすることに悩みはない。



「いや、あれは取っておきなさい」


「……え?」


「レンが受け取った招待状はそのままにしておいた方がいい。あの招待状はイグナート侯爵がレンを客人を認めた証……いざレンが困ったとき、別のことでレンが助力を仰げるからな」


「ですな。ご当主様が仰ったように、少年がそのように動く必要はないでしょう」



 レザードにつづいてヴァイスが言い、レンは瞬きを繰り返してきょとんとする。



「あ、そうですね……冬の件でまだ連絡は取りあってますし、俺がいただいた招待状を使うまでもなかったんでした」



 が、レザードとヴァイスが言いたかったのは、それではない。

 二人は別の理由があって、先ほどのような言葉を口にしていた。

 


 それは――――



「夏になったら、帝都でパーティが開かれるのだ」



 レザードがそう言い、懐から一通の招待状を取り出した。

 それは純金の封蝋が押された、豪奢なものだった。



「なんてことのない、よくあるパーティだ。貴族たちが派閥を問わず招待され、主催者の屋敷で歓談に勤しむ……という名目の下で、腹芸に勤しむそれさ」


「もしかして、そこにイグナート侯爵がいらっしゃるんですか?」



 問いかけられたレザードが首肯する。



「イグナート侯爵が私と一度、顔を合わせて話をしたいと仰っていてな。しかもそのパーティは、イグナート侯爵が懇意の貴族に頼んで設けられることになった場とのことだ」


「まさか、レザード様と話すためのパーティなのですか?」


「ああ、どうやらそのようだ」



 近年はあまり帝都に出向くことのなかったレザードが参加するパーティ、その意図がレンにも理解できた。

 これでは、断ることは誰の頭にも浮かぶまい。



「つまりイグナート侯爵は、派閥が違うレザード様を気遣ってその場を設けられたと……」


「うむ。それも間違いないだろう」



 レンもイグナート侯爵とかかわりを持ってから知ったのだが、かの大貴族は想像していた以上に義理堅く、男爵のレザード相手でも敬意を欠くことがない。

 腹に宿した強かさも窺えるというものだが、こちらを立てた振る舞いは紳士的だった。



 話が落ち着いたところで、



「そういえば、お二人にお聞きしたいことがあったんです」



 レンは先ほど会話に出たアスヴァルの角に関連して、アシュトン家の先祖の件について尋ねようと思っていたのだ。



「もしご存じだったら、アシュトン家の先祖について教えていただきたくて」


「急じゃないか。どうしたのだ?」



 レザードが急にと思うのはもっともだ。

 レンはロイから聞いた話をレザードに告げる。その際に、この二人ならと思ってアスヴァルが口にしていた言葉も告げた。



「――――というわけなんですが」


「アシュトン家の先祖だった冒険家……残念だが、私は聞いたことがない。ヴァイスはどうだ?」


「私も同じく。しかしながら、アスヴァルの言葉とロイ殿の話は関連があるように思えてなりません。そんなアシュトン家の先祖の情報を知らぬことこそ、不思議でならないと思うばかりです」


「ああ。本来であれば、歴史に名を刻んでいて当然だろう」



 二人は屋敷の書庫でそれらしい本を読んだ記憶もないそうだ。



「だが私は、ギヴェン子爵の騒動後にレンの村を調べ直したことがある」


「わざわざあの辺境を狙った理由が気になった、とかでしょうか?」


「そうだ。だが、気になる情報は見当たらなかった。辺境の村々ともなれば、その歴史が残っていないことの方が多いのだが、あの村もその例にもれず記録がなかったのだ」


「はは……そうなりますよね……」


「村の薬師は何か知らなかったか? こうなってしまうと、村で一番の年寄りが知る情報を頼りにするのも重要だぞ」


「一応、それとなく聞いてみたんですが知らなかったようです」


「……では、調べようがないかもしれないな」



 口伝による情報もロイが語った話だけ。領主の屋敷にも資料が残されていないのであれば、諦めざるを得ない。

 だが、ふぅ、とため息を吐いたレンとレザードに対し、ヴァイスが思い出したように言う。



「少年が言ったように、何らかの事情があって歴史に名を刻めなかったとすれば」



 彼は腕を組み、口元に手を当てながら考えていた。



「アスヴァルに勝る人物を歴史から消せる存在は、このレオメルにおいても皇帝や七英雄くらいでしょう」


「ヴァイス様、それって――――」


「うむ。私の考えが確かなら、中々に複雑な事情なのかもしれん」



 すると、ヴァイスは肩をすくめた。

 話の内容が徐々に簡単なそれではなくなって、皇帝や七英雄のことまで話題に上がってきしまった。

 こうなってしまえば、ここにいる三人で歓談後に軽い気持ちで話せる内容ではない。

 同じく肩をすくめたレザードが「それならば」と、息を吐いた。



「帝立図書館になら、情報があるかもしれないな」

 


 彼はレンも知る言葉を口にして、テーブルに置いていたティーカップに手を伸ばした。



(禁書庫か)



 七英雄の伝説にて足を運べた帝立図書館には、禁書庫と呼ばれる区画がある――――らしい。

 らしい、というのはプレイヤーが足を運べる場所ではないから。禁書庫という名にふさわしく厳重な管理下にあるため、あくまでも情報としてしか知りえない場所なのだ。



「だが――――ふふっ、なるほどな」


「当主様? なぜ笑みを浮かべていらっしゃるのです?」


「ようやく少しわかったからさ。ヴァイスも知っているはずだ。禁書庫に足を運べる者はどのような立場にある者か、をな」


「……まさか、ギヴェン子爵が法務大臣補佐を務めていた頃、ということですか」


「そうとも。禁書庫に足を運べるのは、その管理人の他には数人しかいない。皇帝陛下に、まだ決まっていない皇太子……他には法務大臣とその補佐官だけだ」



 聞いたことのない情報に耳を傾けていたレンも、多くを理解した。



(ギヴェン子爵は禁書庫でアシュトン家の何かを知ったから、わざわざあんな辺境に手を出してきた……そういうことか)



 その何かがわからない。

 これが歯がゆくてたまらなかった。



「しかし興味深い。ギヴェン子爵あの男が何を思ってアシュトン家に手を出したのか……そのきっかけは、禁書庫に眠っていそうじゃないか」


「ですな。それにしても、奴がアシュトン家に手を出した理由も少しわかりました」


「うむ。アスヴァルを圧倒するほどの先祖がいるのだ。そのアシュトン家に生まれたレンを狙うのも理解できる。それこそ、勇者・ルインの血を継いでいると考えてもおかしくない」


(それはないんだよなぁー……)



 心の中で言い切ったレンは、七英雄の伝説における主人公こと、ヴェインのことを考える。勇者の傍系の可能性はゼロと断定できないが、限りなくゼロに近いことは想像できた。



「けど……」



 レンが咳払いの後に苦笑してみせた。



「情報が残されている可能性があっても、禁書庫ならどうしようもありませんね」



 手が出せない場所のため、調べに行く機会が訪れることはないだろう。

 ……それこそ、レンかその知人が禁書庫に足を運べる存在になれたら話は別だが。



 ――――――――――


 ※勇者ローレンの名前を、この話から書籍版準拠でルインへと調整しました。

  何卒ご容赦いただけますと幸いです。


 ※今週末頃に、「物語の黒幕に転生して~進化する魔剣とゲーム知識ですべてをねじ伏せる~(web版)」こちらのサブタイトルへ変更いたします。

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