リシアの強さと、その上を行く者。

 協力へ礼をしたリシアはセーラの返事を聞き、数年前――――それも、レンと出会う前のことを思い返す。



「何年ぶりかしら。あたし、、、がリシアに負けて以来だから……もう四年近く?」


「ええ。きっとね」



 その四年前というのは、リシアが帝都で開かれたパーティに参加したときのことだった。

 当時のセーラは「もしよければ――――」とリシアに立ち合いを申し込んだ。

 何故かと言うと、リシアは当時から剣の才が評判だったから。同じく剣の才に恵まれていたセーラは、聖女リシアの強さが気になってしょうがなかったのだ。



 セーラは高名な剣士だった七英雄を祖先に持つ者として、何としても勝つつもりで申し込んだ。

 ……しかし、結果はセーラの惨敗に終わった。



 パーティの翌日、二人の立ち合いは帝都にあるリオハルド家の屋敷で行われた。

 その立ち合いは何一つ惜しい部分がなく、セーラが終始リシアに圧倒された。

 セーラは息を切らせながら必死に剣を振っていたというのに、相対したリシアは呼吸をまったく乱しておらず、絶対的な力の差を見せつけた。



 それが、二人にとってはじめての出会いだった。

 以来、セーラに認められたリシアは半ば強引に砕けた態度を取るように言われ、いまにいたる。

 久方ぶりの再会でも、それは変わらなかった。



「お父様の仕事でこの町に来たら、まさかセーラに会うなんて」



 リシアはその当時を思い返しながら、思いがけない出会いに笑った。



「あたしも驚いた。ヴェイン、、、、を案内してたらひったくりに出くわすし、追いかけたらリシアがいたんだもの」


「ヴェイン?」


「ええ。一緒にエレンディルに来てたんだけど、ひったくりを追う前にはぐれちゃって」



 そう言ったセーラは可愛らしく頬を綻ばせた。



「彼はあたしの友達で、恩人なの。あたしが彼の村の近くに行ったとき、ヴェインは魔物に襲われそうになったあたしを助けてくれたのよ」


「魔物に襲われるって、護衛はどうしたのよ」


「そ、その……自分一人でも戦えるって思って森に行ったら、うまく戦えなくて……」


「……ただの馬鹿じゃない」



 リシアはため息交じりに、呆れた声で言った。

 とはいえ、呆れるだけじゃなくて、自分にも似た節があってレンに迷惑をかけたこともあるから、自分は気を付けようと戒められた。



「リオハルド嬢。もしよければ、お連れの方を騎士に探させましょう」



 ヴァイスが気遣った声に、セーラが喜ぶ。



「いいの? じゃあお願いしてもいいかしら」



 ヴァイスの提案に喜んだセーラが頷き、ヴェインという少年の特徴を口にしだす。

 年のころは彼女と同じで、背丈は彼女よりやや高くて細身。濃い茶髪で、翠色の瞳をした少年であると。

 話を聞いたヴァイスは席を外し、詰め所の前に立つ騎士の元へ向かう。



 すると、セーラが思い立った様子でハッとした。



「せっかくだから、付き合ってよ」



 彼女はそう言うと、詰め所の中へ向けて足を進めた。



「あの日から成長したあたしの強さ、見せてあげる! 詰め所にある訓練所を借りるわよ!」


「……はい? もしかして、私に立ち合えって言ってるんじゃないわよね?」


「そう言ってるに決まってるじゃない! あたしがこの四年間、どれだけ悔しい思いをして過ごしたと思う? 次はリシアに勝つために、ずっとずっと頑張ってきたんだから!」


「え、ええ……そうだったのね……」



 リシアはセーラの勢いに負けて苦笑した。



「……どうしようかしら」



 そのリシアが密かに呟く。

 彼女にセーラと立ち合う気があるかどうかというと、正直のところまったくない。そもそも貴族の派閥も違うから、以前のように両家の親がいない場所では避けたかった。



 後で面倒な文句――――はセーラのことだから言ってこないだろうが、迷わずにはいられない。

 だが、リシアはセーラを追った。

 相手が英爵家の人間だから仕方なく……立場の違いを鑑みて。



「クラウゼルに帰ったら、レンに謝らなくちゃ」



 いまの自分が抱く気分は、恐らく過去にレンが抱いたそれと似ているはず。

 そう考えたリシアは過去の振る舞いを反省し、詰め所の中に足を踏み入れた。




 ――――それから、数十分後。

 セーラと共にエレンディルを訪れた少年、ヴェインが詰め所に足を運んだ。

 彼は詰め所内の訓練所の地面にへたり込み、不貞腐れていたセーラを見て、「どうしたの!?」と驚いた。



「じゃあね、セーラ」



 去り際に歩きながら振り向いて、手を振ったリシアの可憐な姿。

 彼女は四年前と変わらない涼しげな様子で言い残し、以前以上の力の差を披露した後にこの場を後にした。


 

 ……それは、七英雄の伝説における一枚絵が描かれたシーンだった。

 メインヒロインのセーラ……そして、彼女に手を貸す少年こと、主人公、、、・ヴェインの二人がリシアを見送る一場面である。

 



 ◇ ◇ ◇ ◇




 ひと月が経ち、クラウゼルの屋敷にて。

 この日、偶然にも同じ時間にクラウゼルに帰還したレンとリシアの二人は、その屋敷の庭にいた。



 珍しくレンの誘いで剣が交わされて、すぐのことだ。

 リシアは庭にある木製のベンチに腰を下ろし、エレンディルでのことをレンに語っていた。



「――――っていうことがあったの」



 話を聞いたレンは、平静を装いながら「そうだったんですねー……」と口にする。内心ではリシアとセーラ、それにヴェインのことで胸が強く鼓動を繰り返していた。



(そうか……もうそんな時期だったんだ)



 ゲーム時代もそうだった。

 主人公・ヴェインは、村の近くを訪れたセーラ・リオハルドを守る。ヴェインはその際、身体に宿した勇者の力が覚醒の兆しをみせたことで、セーラの親の目に留まった。



 彼はその後、しばらく帝都で過ごし、帝国士官学院入学までの時間を送ることになる。

 騎士の詰め所で起こったイベントを思い返し、レンは懐かしさを覚えた。



(やっぱり、ヴェインもこの世界にいるんだな)


「ねぇ、聞いてる?」


「……っとと、すみません。都会の凄さに圧倒されてました」



 レンは咳払いをして改める。

 次にリシアを見て、彼女が立つために手を貸した。



「……ありがと」



 照れくさそうにその手を取った彼女が立ち上がったところで、レンはついさっきまでリシアが語っていた件に話を戻す。

 当たり前だが、聞かずにはいられなかった。



「それで、リオハルド嬢と立ち合ったんでしたっけ」


「ええ。三十分くらいだけど、何度かね」



 その結果は、すべてリシアの圧勝だったそう。

 リシアは決して口にしなかったものの、レンは聞いているだけで、二人の間に四年前以上の差があったことが想像できた。



 だが、わかり切っていたとも言える。

 リシアは強い。相手がたとえ英爵家の令嬢で、かの七英雄ガジル・リオハルドの末裔であろうとその優位は変わらないはず。

 日頃、彼女と剣を交わすレンはそれを誰より強く知っていた。



「それなのに、はぁ……」



 七英雄の末裔に圧倒的力の差を見せたはずのリシアが、ここにきてレンを見て不貞腐れる。

 唇を尖らせながらレンの顔を見上げたリシアは、以前以上の身長差を感じた。

 彼女は「……また、勝手にカッコよくなってる」とレンに聞こえないように呟き、次に不貞腐れた理由を口にする。



「セーラは帝都でも評判の剣士で、私はその子に圧勝できたのよ」


「はい。リシア様が頑張ってきたことの賜物でしょう。俺も嬉しいですよ」


「もう! そうじゃないんだってば!」



 すると、リシアはずいっと半歩前に出た。

 彼女は更にレンと距離を詰め、睫毛の本数が数えられそうなほど傍で言う。



「その私が、今度はレンにぼろ負けしたこと! つい数分前に、いつも通りにっ!」



 レンを見上げた彼女はやや不満げながら、苛立ちはない。そしてそれはレンも知っている。いまのリシアの様子は、どこか甘えているようにも見えた。



「レン、また強くなったでしょ」


「……えっと?」


「目をそらさないの! 誤魔化さないで、ちゃんと私を見てっ!」



 そう言われ、レンはそっぽを向きかけていたその顔をリシアに向けた。

 すると、真正面から二人の視線が重なった。リシアはここにきてようやくその近さを自覚して、頬を一瞬で上気させる。



 彼女は恥ずかしくて慌てて後ずさった。

 その様子を屋敷の窓から見ていた使用人が、窓ガラス越しに微笑んでいた。



「――――急にこっちを見るのはズルいじゃない!」


「いや……そう言われましても……」



 レンはやや不条理な言い分を流すように返し、肩をすくめた。



「でも安心しました。ギヴェン子爵の件もありましたから、派閥の関係を鑑みると何かあったかと思って」


「そのことなら、何度もセーラに謝られたわ」



 クラウゼル家とリオハルド家の立場を思えば、事情は少し複雑になる。

 だが、当然ギヴェン子爵の件はセーラにとって不本意だった。ギヴェン子爵が巧妙にあの動きを隠していたため、話の全貌を知ったのも事後だったこともあって、セーラはクラウゼル家に接触しようと何度も試みたそうだ。



 しかし――――



「やっぱり、イグナート侯爵はすごい方ね。英爵家にも圧を掛けて、身動きが取れないようにしていたみたい」


「そんなに凄い圧力だったんですか?」


「ええ。セーラのご両親はセーラを守るため必死に止めたそうよ。派閥内でもギヴェン子爵の件で色々あったから、猶更だったんでしょうね」



 話を聞くレンは何と頼もしいことだろうと思った。

 敵の頃はとんでもなく厄介だったのに、味方になるとこうも力強いとは。英爵家すら身動きが取れなくなるなんて、どれほどの剛腕ぶりを発揮したかわからない。



「リオハルド嬢はリシア様のことを強く案じていたみたいですね」


「そうね……あの子は優しいから」



 だが複雑だ。

 英雄派にいい印象を覚えていないリシアにしてみれば、セーラ個人の性格は嫌いになれなくとも、言葉にできない複雑な感情が心の中で蠢いてどうしようもない。

 更に派閥と一言に言っても一枚岩ではないため、諸々が考えるほど複雑になる。



「ねぇねぇ! 今度はレンの話を聞かせて! 村はどうだった?」



 弾む声で尋ねられたレンは、気をよくして思い出を語る。

 二人がクラウゼルに戻って最初の一日は、こうして時間が経っていった。



 ――――――――――



 ※今週末頃に、「物語の黒幕に転生して~進化する魔剣とゲーム知識ですべてをねじ伏せる~(web版)」こちらのサブタイトルへ変更いたします。

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