クラウゼルでの暮らしにも慣れてきた。

 少しすればヴァイスが戻った。

 彼は工具が入っていると思しき麻袋を担いでいたのだが、その隣にはレザードの姿もある。



 そのレザードも、ヴァイスと同じように屋根を見上げて呑気に「ほー」と口にした。



「お父様、私もレンと一緒に屋根に上ってみてもいいですか?」


「言うまでもないが、駄目だぞ」


「もうっ! お父様もレンみたいなことを言うんだからっ!」


「心配していなかったが、レンはまっとうな判断をしてくれていたようだな」


「お褒めに預かり光栄です」


「二人ともっ! いきなり意気投合しないでよっ!」


「ははっ、だがそうだな……危なくない距離を保つと約束できるなら、旧館の下から見ていても構わないぞ」



 あくまでも折衷案だけど、リシアはそれでも喜んだ。

 レンからしてみれば寒さ厳しい冬の中、わざわざ見学するほどのことでもないだろうと思わないわけでもなかったが、無粋なことは口にすまい。



 リシアが願い、レザードが許可したのなら口を挟む必要はないのだから。



 ――――ヴァイス様、これで足りるでしょうか?

 ――――持ってきましたよ!



 やがて、幾人かの騎士たちが旧館の手前に訪れた。

 彼らは一様に木材や金具を手にしていた。

 屋根の応急処置に使う資材を、ヴァイスに指示されて運んだようだ。



「ではこれより、旧館内部の点検口から屋根に向かう。少年も無理をしない程度に――――と思ったが、この者らより少年の方が膂力に富んでおったな」



 心配はいらないと知り、ヴァイスは気後れすることなくレンにも指示をした。

 ある騎士は必要な資材を切るべく穴の大きさを測り、また別の者は大工工事の邪魔にならぬように、屋根上の雪を降ろしにかかる。



 レンはひたすら資材の運搬に精を出し、いつしか寒さも忘れた。

 屋根の上で寒風を浴びながら休憩していると、下からリシアの声が届く。



「レンーっ!」



 彼女は手を振っていた。

 何を言うわけでもなく、レンが応えるのだけを待っていた。

 手を振り返せば満足した様子で頬を緩めるしで、微笑ましい。



「……やるか」 



 騎士たちが切りそろえられた資材を屋根に運んできたのを見て、レンも彼らに倣って工具を手に取った。

 運ばれた資材の中でも、木材に注目する。

 金具を打ち込む場所は既に印が付けられていた。



「騎士の方たちって、こういう仕事をする機会も多いんですか?」



 レンは手慣れた仕事を前に驚き、屋根の上に現れて間もないヴァイスに尋ねた。



「大工ほどではないが、我らも野営のために木を使うことがある。主に現地調達となるが、その影響で少しくらいなら扱えるのだ」


「おぉー……勉強になります」


「せっかくだ。少年も気にあることがあったら聞いてくれ。以前教えた野営の知識然り、いずれ役立つ日がくるかもしれんからぞ」


「リシア様と逃げてたときみたいに、ですか?」


「そうだ。――――もっとも、あれは私のせいで起こったことだから、偉そうに教えるなどと言えんか」



 ヴァイスはそう言って、屋根に空いた穴に木材を置いていく。

 彼は丁寧に作業内容を説明して、レンに問いかけられた際はレンが納得するまで説明をつづけた。



 そうしていると、あっという間に屋根に空いた穴に新たな垂木が並べられ、その上を覆うための板が置かれていく。



 時間もあっという間に過ぎていき、開始してから数時間が経つ。

 昼を過ぎた頃には、屋根の穴が完全にふさがれた。

 新たに設けられた木枠の上に板を乗せた簡単な修理だが、あるのとないのとでは天と地の差があろう。



 しかし、これで終わりではなかった。



「仕上げはこれだ」



 ヴァイスは屋根に上がるために設けられた正規の点検口から何かを持ってくる。

 薄っすら蒼く透明な何かだった。



「これを板の上に張るぞ」



 彼が言うには、魔物の素材だ。

 海に生息する魔物の鱗を加工したものらしく、水分を弾くため仕上げにかぶせるようだ。



「溶けた雪が浸透することもなく、暖かさも増すからな」


「つまり、魔物の素材を建材にするってことですね」


「うむ。簡単だし見てくれは悪いが、効果は馬鹿にできん」



 ヴァイスはそう教え、持ってきた巨大な鱗で木の板を覆った。

 大工仕事はこれで終わりだ。

 レンの腹から鳴った音に、ヴァイスは「私も腹が減った」と笑った。




 ◇ ◇ ◇ ◇  




 汗を流し終えたレンが着替えを終えると、彼の下に本邸で仕事をする使用人が訪れた。

 是非、今日の昼食は一緒にとレザードが言っていたのだ。



 断る理由はなく、むしろ断ることこそ無礼と思ったレンはすぐに応じ、身だしなみを整えてから本邸へ足を進めた。用意されていた食事の席に向かうと、レザードに加え、リシアもレンのことを待っていた。



「すまないな。レンには面倒を掛けた」


「いえ。あれが俺の仕事ですし、ヴァイス様たちにも手伝っていただきましたので」



 それにしても久しぶりにあんな仕事をした。

 前は確か、イェルククゥが村を襲撃する直前だし、その前になれば、父のロイと大工仕事をしていた幼い頃にまで遡る。



 そう言った話をレザードに尋ねられ、彼とリシアは興味津々に話を聞いた。

 昼食に舌鼓を打ち、簡単も楽しみながら腹を満たしていく。

 やがて、リシアが遠慮がちに言う。



「……やっぱり、村に帰りたい?」



 思わず口にしてしまったのは、村での思い出を語るレンが楽しそうに見えたからだ。いまのレンは自分の意思でクラウゼルに居るけど、そのきっかけを作ったのが自分だと思えば気が重い。

 しかし、レンはその重さを拭うべく笑いかける。



「帰りたくないと言ったら嘘になりますが、俺自身が成長しないと、また村に迷惑をかけるかもしれませんから」


「でも――――っ」


「それに、これでよかったんだって思う自分もいるんです。出稼ぎって言うべきなのかわかりませんが、俺がこっちの冒険者ギルドで稼いだお金で、村のための魔道具を買えますからね」



 これで村が豊かになるなら、その生き方も間違いではない。

 やがて村を継ぐ騎士の倅として、確かに村の力になれているはずなのだ。



「私の下にも度々、レンの村から報告が届いているぞ」



 曰く、レンのおかげで冬の寒さ例年ほど厳しくないそうだ。

 やはり魔道具の恩恵は大きく、村人は口々にレンへの感謝を告げているという。

 特に最近は、鋼食いのガーゴイルで得た報酬のほとんども、村の施設のために使っていることもあった。



「道はしっかり整備され、村人の家も見違えるらしい。村の周囲を囲む壁も建築するめどが立ったそうだ」


「お、お父様っ! でもレンは……っ!」


「リシア様、気にしないでください。すべては俺が決めて、レザード様に相談したことですから」



 だから後悔はないし、間違った判断をしたと思っていない。

 両親に加え、村人たちが幸せに暮らしてくれるのなら、それ以上の喜びはなかった。

 けれど、



「だが、一度村に帰るというのは私も賛成だ」



 不意にレザードが言い、レンを驚かせた。



「勘違いしないでくれよ。私はレンの考えを知っているし、尊重している。だが、それとは別に一度村に帰ってもいいのではないか、と思うことがあっただけだ」


「……村で何かあったんですか?」



 不安に身体を支配されたレンの脳裏には、今年の厳しい冬のことがちらついた。

 バルドル山脈周辺は予想通り、これまでにないくらいの積雪であるそう。レンとしては同じように、生まれ故郷に何かあったのかと思った。

 だが、レザードの顔からは危機感が見えてこない。



「さっき、村を囲む壁の話をしただろう? その作業の一つが春に行われるのだが、人手が足りず二週間ほど騎士を派遣する予定がある」



 レザードが派遣する騎士の中にレンも混ざればどうか、と。



 ただ、先ほども言ったがレンの考えもわかるのだ。

 彼が村に居ることで目を付ける者がいないとも限らず、それをレンが心配するなら姿は隠したほうがいい。

 あくまでも、可能性がある限り。

 だから村人に正体は明かせないが、せめて両親にだけでも……との提案である。



「すまないが、形だけでも騎士として行ってもらうことになる」


「そんなことまでしていただいて、いいんですか?」


「ああ。レンにはギヴェン子爵の件以外でも世話になっている。鋼食いのガーゴイルの件然り、冒険者ギルドでの活躍により、この町も賑わっているからな」



 ここまでお膳立てしてくれるのであれば、正直、短い間でも村に里帰りしたい。

 やがて食事を終えたレザードは一足先に立ち上がり、「考えておいてくれ」と言いこの場を後にした。



(里帰りしてクラウゼルに帰る感じだと、一か月くらい旧館を空けるってことか)



 もし里帰りするなら、こちらでの仕事を片付けてからの方がいい。

 いまから予定を考えてもいいくらいだ。

 ……それにしても、久しぶりの生まれ故郷は楽しみである。村の皆はどうしているだろう?

 村に想いを馳せていたレンは、不意に自分の言葉に小さな違和感を覚えた。

 


 でもそれは、決して悪い違和感ではない。

 ほんの数か月前までと全然違う考えに、頬が緩んだ。



(……クラウゼルに帰る、、、ね)



 自分で出稼ぎと言ったのに、クラウゼルに帰ると言ったのが面白かった。

 どうやら、自分で思う以上にここでの暮らしを気に入っていたようだ。

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