一章のエピローグ【後】:レン・アシュトンという少年。
一週間と少しの日々が過ぎ、ロイとミレイユの二人がクラウゼルにやって来た。
レンと再会を果たした二人は彼を強く抱きしめ、しばしの間涙を流して再会の喜びに浸った。
その二人は数日に渡ってレザードの屋敷に宿泊した。
おかげで、レンは町の状況を聞くことができた。
まず、レザードから聞いていたように村人の中に犠牲者は居ないという。
とはいえ、騎士が何人も犠牲になったのは変わらないから、素直に喜べなかった。
また、家屋はいくつもリトルボアをはじめとした魔物に破壊されてしまい、アシュトン家のように家を失った村民が多くいた。
しかし、クラウゼル家の全面的な協力により復興は順調。
ロイとミレイユの二人も、日々、復興に尽力する日々を送っているようだ。
だから二人も、すぐに村に帰らなければいけないと口にした。
復興の最中、村を率いる者が居ないのは問題だろう。
これはレンもわかっていたが、やはり寂しさを覚えた。
「――――一応、燃えずに残ってた荷物は何個か持ってきたから、足りない物があったら手紙を送るのよ」
二人が帰る日。
残念なことにレンはまだ上手く立てないから、二人をベッドの上から見送っていた。
「ありがとうございます。でも、荷物って何かありましたっけ?」
「色々な。レンの部屋で燃えずに残ってた物とか、無事な物は運んできた。ついでに着替えとかも何着買ってきたぞ。全部そこにある木箱に入れてあるから、元気になったら見てみるといい」
ロイが言う木箱は、レンが借りた部屋の片隅に置かれていた。
「そういや、リグ婆からは白紙の本を貰ってきたんだ」
「白紙の本ですか?」
「おう。見てみるか?」
「えっと……では、せっかくなので」
白紙の本なんて見ても意味はないけど、流されて頷いた。
すると、ロイが木箱を開けて一冊の本を持ってくる。それは漆黒一色の革表紙で、中はロイが言ったように白紙の本である。
彼はそれを、レンが寝たベッド横の机の上に置いた。
「リグ婆が薬の調合を書き記すために使ってたやつの余りらしいんだが、レンは日記として使うのはどうか、って話だったぞ」
「へぇー……いいかもしれませんね。暇なんでちょうどよかったです」
「ま、俺としては
自伝と聞いたレンがきょとんとした。
それは恐らく、自身の生涯などを記すあの自伝だろうか? この世界では七英雄の自伝なんかが評判らしく、そのことがレンの脳裏を掠めた。
「自伝を書けるような人生は送ってませんが」
「はっはっはっ! 俺からすればレンも立派な英雄だけどな!」
確かにリシアをはじめ、レザードやヴァイスもレンのことを讃えている。
されど、レン本人は恥ずかしそうに頬を掻く。
「あらあら、照れちゃって」
「胸を張るんだぞ、レン。お前は俺とミレイユの誇りなんだからな」
こうして二人はレンの頭を何度も撫でた。
だが、家族団らんの時間にもやがて終わりがやってくる。
今日は二人が村に帰る日。
日が暮れる前に出発しないと、予定に狂いが生じる。
「さて、と――――ミレイユ」
「ええ。名残惜しいけど、もう行かないと」
二人の顔が僅かに悲哀を浮かべた。
「……父さん、母さん。大変なのに来てくださって、本当にありがとうございました」
同じくレンも悲哀を漂わせたが、二人はレンの言葉を聞いて朗笑を浮かべる。
「馬鹿なことを言うな。息子のためなんだから当然だろ」
「ええ。それに、男爵様が行き帰りの馬と護衛を用意してくださったから、私たちも苦労せずに来られたのよ」
「お、俺も、身体が治ったらすぐに戻りますから!」
レンがそう告げると、二人はいま一度笑った。
「それもいいが、せっかくだし、クラウゼルで見分を広めてもいいかもしれないぞ」
最後にもう一度レンを抱きしめた二人は、瞳に薄っすらと涙を浮かべながらこの屋敷を立ち去った。
(二人とも無事で本当によかった)
レンは無理やり立ち上がり、窓から二人を乗せた馬が見えなくなるまで見送った。
やがて、ドッと押し寄せた痛みと疲れに負けてベッドに横たわる。
レンはそのままの姿勢で横目で机を見て、先ほどの黒い表紙の本を見た。
「……自伝、か」
と、彼が口にしたところへと。
『入ってもいい?』
扉がノックされ、次にリシアの声が届いた。
返事をすると、彼女はすぐに足を踏み入れる。
「ご両親とはちゃんと話せた?」
「はい。……っとと、この節は本当にありがとうございました。両親のために馬と護衛まで用意していただいたとか……」
「気にしないで。私もお父様も、貴方たちには報いても報いきれない恩があるんだから」
そう言ったリシアだが、彼女の彼女でレンの両親に謝罪と礼を告げている。
当然二人は慌てて止めたのだが、リシアはそれでも頭を下げたまま、二人を困らせてしまったのだとか。
けど、彼女もそうせずにはいられなかったのだろう。
レンのおかげで、クラウゼル家ごと救ってもらったのだから。
「それと、今日の体調はどう?」
「だいぶ良くなったと思います」
「……よかった」
すると、二人は静寂を交わす。
リシアはレンが寝るベッドに腰を下ろし、レンに背を向けて髪を風に揺らしていた。
(あの魔剣って……)
リシアが体内に魔石を宿してるという話を聞いてから、しばしばこのことを考えていた。
あの魔剣は強力だった。強力すぎた。
だからこそ、その存在を何らかの方法で知った
――――あるいは別の、
などと思っていたところで、レンの脳裏にとあるシーンが思い出される。
それはゲーム・七英雄の伝説のシーンだ。
『なっ――――レ、レン!? お前、何をしてるんだッ!』
『…………』
帝国士官学院が誇る大講堂の壇上を臨み、主人公が唖然とした一枚絵。
主人公が駆け付けたその先で、レン・アシュトンが、胸から血を流すリシア・クラウゼルの身体を抱いて立っている。
全身を脱力させた彼女の姿から、その死が明らかになるシーンである。
『見てわかるだろ? 俺はいま、彼女を殺したんだ』
レン・アシュトンの冷淡な声が主人公の耳に届く。
その表情は、辺りが暗くて窺うことができない。
(あの後すぐ、遺体を抱えてどこかへ姿をくらましたんだっけ)
レンが密かにそのことを考えていると、リシアがふと、机に置いてある黒い本を見つけた。
「これ、どうしたの?」
「村の薬師が見舞いの品としてくれたんです。中は白紙なので、俺の日記とか、父さんは自伝にどうかって」
「それなら、私も自伝がいいと思う」
リシアはレンに振り向いて、可憐な笑みを浮かべる。
「ねぇねぇ、タイトルはどうするの?」
「え、要ります?」
「当然でしょ。じゃないと日記も同然だわ」
「それならいい案はありませんか? 文才がないので、凄く迷いそうです」
「ダーメ。こういうのは自分で考えないと!」
一理ある。
かといって思いつくかどうかは別である。
「だったら自伝ではなく、日記にしようと思います」
「そ。でも日記にタイトルをつける人だっているんだから、レンもタイトルをつけたらいいじゃない」
確かにそのような話を聞くことはある。
ところで、この状況はタイトルをつけることが確定しているかのようだ。
隣で楽しそうにしているリシアを見て、レンは邪見にすることや、意地を張ることをやめた。
(とりあえず半分日記、半分自伝ってことにしよう)
そうすれば気恥ずかしさがなくなる気がしたから。
となればタイトルなのだが……。
「タイトル……タイトル……」
「自分の名前を入れることも多いわよ?」
「それは恥ずかしいんで無理です」
「じゃあ、生き様に関係することかしら。私前に、『剣王になるための生涯。聖剣技にすべてを捧げて』っていう本を読んだことがあるの」
「へぇ……生き様ですか」
それはさておき、レンはこの世界で平和に生きることを目標にしていた。
ただ、人生そう上手くいくはずがない、とレンは学んでいる。
「――――そうだ」
これは咄嗟の思い付きだった。
こちらを見るリシアと視線を交わしながら、我ながら変なタイトルを思い付いたもんだと笑う。
リシアは、レンがタイトルを決めたことに気が付いた。
「決めたの?」
「はい。我ながら変なタイトルですけどね」
……この世界にレンとして生を受け、もう八年が過ぎる。
いまでこそレンは、自分こそがレン・アシュトンで、七英雄の伝説とは違う個人であると自信を持って言うことができる。
当然、傍に居るリシアだって等しく別の個人だ。
(それに)
もう一つ。いまこの瞬間に覚えた決意を込めて。
この世界の運命……というのだろうか? シナリオと表現するのはレンの気が進まなかったから、運命としよう。
それが既に、変わっている。
この場に居るイレギュラーな存在、レン・アシュトンによって。
(だからこそなんだ)
イェルククゥとの邂逅というストーリーにない展開と、イグナート侯爵の令嬢が生き残ってることも等しくイレギュラー。
言い換えれば、七英雄の伝説Iのラスボスは消えたも同然。
同じくIの中盤で戦うボスこと、イェルククゥだって死んでいる。
これが、既に変わっているということだ。
これらすべてを考えたレンの心の中に、『黒幕』の文字が浮かんでいた。
(良くも悪くも多くの運命を変えてしまった俺は、また新しい何かに立ち向かうことになるかもしれない)
それがいつになるかわからないが、そんな気がした。
だからこそ、レンが抱いた決意がここにかかわってくる。
(同じ黒幕と呼ばれる存在でも、俺は自分と、自分の周りを守るための黒幕になればいい。正史の物語に対抗するための、新たな個人として)
もちろん、七英雄の伝説を
この世界のことを尊重して、同時に戒める。
更にレンが考えた自分の在り方を、同じ文に内包できるタイトルは、これしか思いつかなかった。
(――――『物語の黒幕に転生して』、とか)
でも、レンはその言葉を口にしようとしなかった。
タイトルの意味は、自分だけが知っていればそれでいい。
だからリシアには誤魔化すことにして、
「すみません。やっぱり、もっと考えてみます」
軽やかに笑んで言ったレン。
そのレンを見て、きょとんとしたリシア。
「もう、なーにそれ?」
昼下がりの陽光に照らされた彼女は、端麗な横顔に微笑を浮かべた。
そして、不意に訪れた温かな風に、レンの前髪が撫でられる。
一つの困難を乗り越えた二人のその顔は、以前と違いどこか大人びていたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
――――ある日、名門・帝国士官学院が学院長室にて。
穏やかな春風が誘い込まれる窓の傍に、一人の傾城が佇んでいた。
どこか幻想的にすら見える抜群の容貌は、外を歩く生徒たちより若干大人びている。
白磁の肌。人形のように整った顔立ち。凹凸に富んだ身体つきは白いシャツで覆われて、嫌みのない色気は清楚さを忘れていない。
その彼女が金糸の髪を春風に靡かせ、上機嫌に鼻歌を口ずさむ。
そうしていたら、
『学院長、失礼いたします』
ふと、部屋の扉がノックされて一人の女性が足を運んだ。
女性は窓際の彼女に
「うん? どうかした?」
「予定に一つ、問題が」
「ええー、なにそれ。ボク、最近の仕事はちゃんとしてたと思うんだけど」
学院長、そう呼ばれた金髪の女性が窓の傍を離れる。
この部屋を訪れた女性の傍に近づいて、その女性が手にしていた書類を受け取った。
「うわっ、これほんと?」
「はい。間違いありません」
「う、うーん……それなら代替地を用意しないといけないかな……」
「仰る通りです。いかがなさいましょうか」
学院長は迷いに迷った。
腕を組み、情けない声を上げる姿ですら絵になる。
すると、数分経ってから口を開き直す。
「ボク、いい場所を思い付いたよ」
彼女はそう口にして、壁一面の本棚に近づく。
すぐに目星の本を取り出すと、近くの本が崩れ落ちた。
「わわっ!? ご、ごめん! 手伝ってっ!」
彼女を訪ねた者は軽いため息を吐き、それでも頼みを断らず本を戻していく。
「それで、何をお探しだったのですか?」
「地図だよ! ほらこことか、代替地にちょうどいいと思わない?」
「……バルドル山脈ですか? 魔物の強さはE程度なので問題ありませんが、あそこは地下に眠る魔力の流れにより、魔物が活性化した過去がありますよ?」
「さ、さすがのボクも下見はするってばっ!」
この言葉には部屋を訪れた女性も頷き、それならば――――と口にした。
また、床に落ちた本もようやく最後の一冊になった。
それを本棚に戻し終えると、部屋を訪れた女性はこほん、と咳払い。
「理事会や貴族にも相談して参ります」
「うん、ありがと!」
一人残った学院長は机に向かう。
どうせ自分の署名がある書類が必要になる。
そう思い、彼女は仕方なくペンを握った。
「よし、っと。これでいいかな」
軽快にペンを滑らせ、行末に署名する。
――――クロノア・ハイランド。
種族は人とエルフの血を受け継ぐ混血。
また、世界最高の魔法使いと称される美玉にして、ここ帝国士官学院が学院長。
ゲーム・七英雄の伝説IIでは、聖女・リシアと同じく、レン・アシュトンに命を奪われた存在である。
そのクロノアが、窓の外に広がる紺碧の空を見上げて呟く。
「……この世界のどこかに、ボクの退屈を消してくれる人がいればいいのに」
と。
◇ ◇ ◇ ◇
【 一章のあとがき 】
本日までの毎日更新、お付き合いくださりありがとうございました。
早速ですが、次回更新についてや、いただいた質問(DM,コメントなど)にいくつかお答えして、一章の締めくくりとさせていただきます。
◆次回更新予定
早くても十二月付近となり、その際は一章のように毎日更新で進行する予定です。
(まとめ書きで統一感を出すためです。特に書籍化などではありません!)
◆ゲームとの違いについて
二章開始前に、いくつかSSのような形で少し投稿する予定です。
◆一章でIとIIのボスが終わったのか
過去話にあるように、イェルククゥはIにおける中盤のボスで、イグナートはIのラスボスです。どこかで記載ミスやミスリードをまねく箇所がありましたら、恐れ入りますが、コメントに残していただけますと幸いです。
といったところで、今回はこの辺で失礼いたします。
また二章も楽しんでいただけるよう努めて参りますので、その際は是非、またお付き合いいただけますと幸いです!
結城 涼
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