新たに届いた勧誘。
翌朝、リシアは日の出と共に村を発った。
レンはまだ小さな彼女では馬に乗れないだろうと思っていたら、やはり、女性騎士と同乗することで移動しているようだった。
では昨日はどうやってレンの傍に来たのかというと、森につづく橋の近くで休憩がてら皆で状況を確認して居た際、ヴァイスたちの目を盗み自力で走って来たそうだ。
(俺と立ち合うのが我慢できなかったからって、根性があり過ぎる)
と、レンはリシアが暴走した橋の傍で考えていた。
リシアを見送ってからすでに半日近く経ち、空はすっかり茜色。
この日に狩ったリトルボアだが、村に駐留する騎士たちにリトルボアを預けて運んでもらっている。
そのため、レンは一人で帰宅の途についていたのだが、
「…………ん?」
離れたところから、蹄鉄が大地を踏みしめる音が聞こえてきた。
「なんだろ」
レンが知る限りでは、蹄鉄の音を響かせてこの村にやって来たのはクラウゼル家の騎士たちだけだ。
その影響あって、朝にこの村を発った一団の姿が脳裏を掠めた。
「ま、まさか、あのお転婆聖女が――――ッ!?」
レンが思わず立ち止り、身構えた。
(なんで戻って……もしかして、盗賊の魔剣のことがバレたとか……ッ!?)
あり得ないことだが、そう予想して焦りを募らせた。
そうしていると、遂にレンの近くに馬に乗った一団が訪れる。
しかし、訪れた者たちはレンが知る者たちではなかった。身を包む甲冑はクラウゼル家の紋章がなく、代わりに別の家紋が刻まれた甲冑を着ていた。
「――――え、えっと?」
驚くレンは瞬く間にその一団に囲まれ、馬上から見下ろされる異様な光景を醸し出す。
まだ少年のレンに対し、一人の騎士が威圧的な声色で尋ねる。
「その方はアシュトン家が統治する村の者であるか?」
一段を率いていると
「答えよ」
このまま答えなければすぐにでも剣を抜かれそうなくらい、威圧的で強引な口調だった。
いきなりなんだ、こいつら。
警戒しつつあったレンが仕方なく答える。
「そうですが……貴方たちはいったい?」
「ふむ、なればちょうどいい」
男は猶も尊大な態度で繰り返す。
「我らは
レンは当たり前のように戸惑った。
相手は想像通りクラウゼル家の者ではなかったが、更に爵位が上となる子爵の使いと聞き疑問符を浮かべていた。
(ギヴェン子爵は確か――――)
書庫に足しげく通って居た頃に確認した子爵のことだ。
クラウゼルへは東に向かうが、ギヴェン子爵が住まう領地は北東にある。どちらも同じくらいこの村から離れているが、都市の規模はまったく違う。やはり子爵というだけあり、クラウゼルより広い都市を統べているという話だ。
「何をしている。早く案内しないか」
このままでは相手の傲慢さが増す一方だ。
レンは仕方なく案内することに決めた。
「すみません。すぐに当家の屋敷へ案内しますので――――」
「む? 当家だと?」
「はい。申し遅れましたが、私はレン・アシュトンと申します。現当主ロイ・アシュトンの一人息子です」
すると、ギヴェン子爵が送った一団が顔を見合わせた。
彼らは互いに頷き合うと、先ほどの男が今一度レンに語り掛ける。
「喜びたまえ。子爵は君にもお言葉をくださったぞ」
先ほどから言葉を交わしていた騎士の口調が穏やかになる。心なしか、周囲の騎士たちからも棘が抜けたような感じがした。
しかし、寄り親でもない子爵が一体何の用で……。
レンは冷静に、失礼に思われないように尋ねる。
「私にお言葉を……ですか?」
「ああ。是非とも君を従僕に取り立てたいと仰っていたほどだ。詳しくは、君の屋敷で話すとしよう」
彼を囲んでいた騎士たちが、その声に応じて馬を歩かせはじめる。
一方でレンは、間もなく皆に見えないように表情を歪ませた。
(もう、意味がわからない)
昨日から色々なことが起こりすぎではなかろうか。
重い足取りで屋敷を目指すレンが畑道に差し掛かると、村の民は皆一様に、小首をかしげてその様子を眺めていた。
◇ ◇ ◇ ◇
屋敷に戻ると、この村に駐留している、クラウゼル家の騎士たちが驚きの表情を浮かべてレンたちを迎えた。
同じく、ロイとミレイユも昨日と同じように驚いた。
しかし二人は平静を装い、一段から代表の一人だけをロイが療養中の部屋に招き入れた。
レンは同席せず、クラウゼル家の騎士たちの傍に居た。
その場所は屋敷の庭なのだが、彼らの様子がどこか剣呑だったため、レンはその理由を尋ねることに決める。
「あの」
「これはレン殿。どうされました?」
「……皆さんはどうして怒ってるんですか?」
「そ、それはですね……」
問いかけられた騎士が返答に詰まると、他の騎士が助け舟を出す。
「おい、話してもいいんじゃないか?」
「しかし……」
「場合によっては、レン殿も他人事では居られないだろう? ヴァイス様とて、我らがレン殿に伝えたところで叱責しないさ」
他人事では居られない、その言葉にはギヴェン子爵の使いが口にしていたことが思い出される。
なんでも、レンを従僕にしたいとのこと。
(それにしては、みんな怒りすぎだ)
疑問に対する答えはすぐ、あっという間に屋敷を出てきたギヴェン子爵の使いたちが口にする。
「レン・アシュトン、ここに居たのか」
そう言ったのは、森と村を繋ぐ橋でレンに案内を命じた騎士だ。
彼がレンに近づいて来ると、クラウゼル家の騎士たちが思わず身構えた。
すると、それを見たギヴェン子爵の騎士が鼻で笑いつつ口を開く。
「ふっ。……さて、ロイ殿にはすでに話したが、君にも伝えたいことがあってな」
「はい、どのようなご用件でしょうか?」
「森で話した通り、子爵は君の実力を高く評価している。是非、当家で取り立てたいと仰せだ」
レンは答えに迷った。
答え自体は「いいえ」で決まってるのだが、それを田舎騎士の倅が口にして良いものか迷ったのだ。
「……その、」
「まさか、断るつもりではあるまいな?」
レンは男の強い口調に対し僅かに眉をひそめた。
子爵からすれば一介の騎士なんて、拭けば飛ぶ弱小にすぎない。
その事実を叩きつけられると同時に、明らかに強権をちらつかせられたことが不満だった。
逆に、なぜこちらだけ気を使わなければならないのかと思ったくらいだ。
「どう考えておるのだ? 答えよ」
これはもう誤魔化せないと思ったレンが言葉を選ぶ。
「……私は田舎騎士の倅にすぎません。子爵様にお仕えできるような身分でなければ、実力もございません」
この返答は逆にクラウゼル男爵を下に見るようにも思えたけど、幸い、クラウゼル家に仕える騎士たちは眉一つ動かさずに見守っていた。
片やギヴェン子爵の言葉を告げた騎士は、得意げに話をつづける。
「安心したまえ。子爵は出自により判断する方ではない。それに、君がシーフウルフェンを討伐したという話を聞き、是非にと仰っておいでなのだ」
それを聞いて、クラウゼル家の騎士たちがずいっと前に出た。
「申し訳ない。レン殿はすでに当家のご当主様がお誘いしている」
正確には誘ってきたのは娘のリシアである。
しかし、ここで訂正するほどの違いではなかった。
「そなたらはクラウゼル家の者であったな。しかし、誘っているだけで返答はまだなのだろう? であれば我らが声を掛けても問題はないはずだが」
「それ以前の問題のはずだ。この村はクラウゼル家の統治下にあるのだぞ」
「おや? もしやクラウゼル家の方々は、偉大なる皇帝陛下に仕えようと思う者たちにも同じことを申されるのか? 帝都に仕える騎士たちには、帝都生まれでない者も多く存在するのだが」
「そのような問題ではない。そもそもレン殿をお誘いしたいのであれば、先に我らに話を通すべきだ」
白熱する話の横で、レンはじっと耳を傾けた。
「たとえ爵位の違いがあろうと。派閥の違いがあろうと。それが礼儀というもののはずでは? 高名なギヴェン子爵に仕える者なら、ご理解いただけると思うが」
「ふぅ……あいわかった。出直そう」
どこ吹く風といった感じで奴が歩き出す。その後ろを、遅れて屋敷を出た仲間の使いたちが追った。
彼らはそのまま馬に乗り、最後にレンに「また来る」と言い立ち去ってしまう。
去り際は意外にもあっさりしたものだったのだ。
(な、なんて強引なんだ……)
それが貴族と言われたら何も言い返せない。
なんて理不尽なんだと思うレンに対し、
「レン殿、先ほどの件についてお話します。詳しくはそうですね……屋敷にて、ロイ殿にも同席いただいた場所でご説明いたしましょう」
「というと、皆さんが怒ってた件でしょうか?」
「はい。……どうやら、アシュトン家の皆様にもお伝えした方がよい状況のようですので」
と、村に駐留している騎士が言う。
屋敷に戻るよう促されたレンは、それに従い足を進めた。
「それにしても、何やら剣呑な感じですね」
「ええ……この件に関しては、派閥争いも大きく関係してくる可能性が高いものですから」
(――――え)
派閥争いだって?
何やら剣呑と言ったレンは、自分が思っていた以上に剣呑そうな気配を感じて頬を引き攣らせる。
ロイの部屋に向かう足取りは、焦りのせいで心なしかいつもより早かった。
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