英雄派と皇族派。それに中立派。

 ロイの部屋を訪ねたレンと騎士たちを見て、ロイは「待ってたぜ」と口にした。

 その傍にはミレイユも居り、二人の表情はどこか険しい。



「なぁ、俺たちが知らないところで、何か面倒なことになってなかったか?」



 ロイが尋ねると、レンと同行したクラウゼル家の騎士たちが申し訳なさそうに口を開く。



「申し訳ありません。あまり公にできることではなかったため、ロイ殿たちにお伝えすることができなかったのです」


「だと思ったぜ。それで、その話にはギヴェン子爵が関係してるんだろ?」


「――――その通りでございます」



 レンや騎士たちは部屋に置かれたソファに腰を下ろした。

 ベッドに横になったロイとは若干距離はあるが、声は届くから差し支えない。

 ……返事を聞いたロイががミレイユに目配せをした。



「レン。先にあいつらがどんな手紙を置いていったか見せてやるよ。皆から話を聞くのはそれからだ」



 すると、ミレイユがその手紙をレンに手渡した。

 レンは開封済みの封筒を開き、中に収められていた羊皮紙を取り出して広げた。

 文章自体はあまり多くない。

 だがその内容は濃く、読みはじめたレンに強い興味を抱かせる。



(…………へぇ)



 そこにはこのような内容が記されている。



 ギヴェン子爵は此度の騒動に加え、日ごろからこの村が貧しい状況に心を痛めている。

 しかしギヴェン子爵も多くの領民を抱えているため、援助の手を伸ばせなかった。

 このことを謝罪すると同時に、二つのことを提案したいそうだ。



 1・村をギヴェン子爵領に編入させ、戦力不足を補うために騎士を常に数名配置する。

 2・レン・アシュトンをギヴェン子爵家の従僕として取り立て、十分な報酬を約束する。



 纏めるとこのような内容だ。

 何とも強引な手段であったものの、この国では辺境の村が別の貴族の領地に編入することは偶にあるそうで、特別、珍しい話ではないのだとか。



 レンが手紙を読み終えたことを察したロイは深い溜息を漏らす。



「ったく……シーフウルフェンの件は異変と言ってもいい。その異変を抜かすと、この村はアシュトン家で戦力が足りなかったという記録はないけどな」


「つまり、男爵様の采配が過ちではなかったということですよね」


「そういうことだ。ついでに言うと、レンが生まれる前にDランクの魔物が一度だけ現れたことはあるが……」



 その言葉を聞き、騎士が思い出したように言う。



「我らも存じ上げております。その際はロイ殿が討伐なさったとか」


「おう。言ってしまうと、あの時はシーフウルフェンに比べて楽だったぞ。いくらランクが高かろうと、シーフウルフェンのように特殊な魔物じゃなかったし、速度もなかったからな。ということで、やっぱり戦力が足りなかったということはない」



 ロイはクラウゼル男爵に間違いはなかったと重ねて添えた。



「ってわけだから、本題を聞きたい」



 彼は騎士に対し刃のように鋭い目線を向ける。

 声により一層強みが混じり、迫力があった。



「遂にこの辺りにまで、派閥闘争の波が押し寄、、、、、、、、、、せた、、、ってとこか?」


「……仰る通りです」


「ああ、やっぱりな。道理であの子爵が手を伸ばしてきたわけだ」


「……ご存じの通り、兼ねてよりクラウゼル家を抱き込みたいと言う者たちは多くおりました。ですがご当主様はいずれかの派閥に属さず、皇族も、そして七大英爵家、、、、、も尊重して参りました。そのため、我らとしても現状は遺憾です」



 傍で聞くレンは一人頷く。

 騎士の言葉に思うところがあったのだ。



(レオメル帝国の派閥争いは確か……)



 派閥は三つ。すべての貴族がいずれかに属する。

 レンはそれらの情報を声に出すことなく整理しはじめた。



 まず、一つ目の派閥。皇族派だ。

 彼らは皇族、ひいては興国の祖たる獅子王に強い畏敬の念を抱いている。これからのレオメルを導くのは、変わらず皇族であると考える一派である。



 そして、もう一つは英雄派だ。

 英雄派の貴族たちは、七英雄を輩出した七大英爵家を筆頭とした一派となる。

 この一派こそ、七英雄の伝説における主人公側の勢力だ。

 彼らは皇位の簒奪を考えているわけではない。あくまでも、レオメル帝国をもっと自由に、民主的にするべきだと主張している。



 その背景には、大国ゆえの問題が見え隠れする。

 レオメル帝国ではレンの村のように貧しい村が増える一方で、たった一人でその貧しい村々を何十も救える富豪も存在する。

 英雄派はそれらの格差も解消すべく、皇族の強権を抑えるべきと主張する者も少なくない。



 そして、最後の一つが中立派だ。

 二大派閥のいずれにも属さない中立派の多くは、皇族と七大英爵家の考えをいずれも尊重する者たちで構成される。



 ……あるいは、革新的な変化を望まぬ者たち。

 ……あるいは、貴族が派閥に分かれることを望まぬ平和主義たち。

 思想の違いで争わず団結すべき。

 それこそ魔王が現れたときのように。



 彼ら中立派は、皆がそうした考えを共有している。



 ――――といったところで、貴族はこれらの三大勢力のいずれかに属することになる。



(で、クラウゼル男爵は中立派だ)



 また、ギヴェン子爵家は英雄派だ。

 そのため、派閥争いの話が関係してくる。



「言い辛いのも仕方ない。こうした話はあまり公にするもんじゃないからな。それが辺境の小さな村の騎士が相手ときちゃ猶更だ」


「あなた。言い方」


「ッ――――っとと、すまない。当てつけのように言いたかったわけじゃないんだ! あくまでも常識的なあれとして……っ!」



 ばつの悪そうな顔をしたロイを叱責したミレイユは騎士に「ごめんなさいね」と言い、夫の頬を軽く抓った。

 場の雰囲気は幾分か和らいだようだった。



「で、どうしてこんな村にも派閥争いの波が押し寄せたんだ?」


「……ロイ殿もご存じかと思いますが、レン殿がお生まれになられた年とその前後で、偶然にも七大英爵家が同じく嫡子を儲けられたのです。――――それも、すべての家系で」


「…………」


「父さん? なんで黙ってるんですか?」


「そりゃ、聞いたことないからだ。こんな辺境の村にそんな情報が届くわけないだろ? こちとらパーティの誘いも来ない木っ端騎士で、村を出たことも先代の男爵様にご挨拶に行った一度しかないんだぞ」


(なんて説得力に富んだ言葉なんだ)


「ま、さすがに、派閥争いがあることくらいは知ってたけどな」



 情報の数と鮮度は人の出入りに比例する。

 この村ではそれが極端に低いこともあって、都市部や町に比べて情報が遅れていた。

 騎士はロイの言葉に苦笑するも、若干申し訳なさそうにつづきを語る。



「七大英爵家がほぼ同時に嫡子を得たことで、英雄派がこれまで以上に団結しました。彼らは嫡子の方々を七英雄の生まれ変わりだ、と謳っているのです」


「はっ! 馬鹿げた話をするじゃないか!」



 一蹴したロイと違い、レンは天井を見上げて目を伏せた。



 いまの話は実のところ、決して馬鹿げた話ではない。

 七英雄の伝説における主人公たちはまさに、魔王を倒した英雄たちの再来と謳われてる。それは物語が進むにつれ、彼らの活躍が国内外に広まるにつれて声高々に呼ばれるようになるのだ。



「だいたい、今はもう六大だ。勇者・ローレン、、、、、、、の血を引く家系が潰えてから、既に百年以上経ってるんだぞ? それなのに再臨だなんて、勇者に失礼だと思わないのかよ」



 ロイの口から出た勇者・ローレンという存在は、魔王に留めの一撃を与えた男である。

 その実力は、七英雄の中でも一番だ。



 だが、その血を引く者は潰えたと言われている。

 何故かと言うと、彼の血を引く者たちは子宝に恵まれなかった。

 それは代を経るごとに顕著になり、とうとう、一人も嫡子を儲けられぬまま滅びたのだ。



 ……これは現代において、魔王の呪いだったのだと語られている。



「でも父さん、密かにその血勇者の血が受け継がれていた、ってことかもしれませんよ」


「……レン?」


「――――ほぼ同時に生まれた六人の嫡子。その方々を七英雄の生まれ変わりとするのなら、勇者・ローレンの血を引く者も現れるはずだ! これは偶然ではない! すべては主神エルフェンの思し召しだ! ――――なんて考えて動く英雄派の貴族が居ても、不思議じゃないって話です」



 実際、そうだからね。

 レンは心の内で最後にこの言葉を添えた。

 この話は七英雄の伝説におけるメインストーリーだ。

 今頃、勇者・ローレンの血を引く少年は、七英雄の伝説の主人公が田舎の村で暮らしているだろうから。



「驚きました。ロイ殿、此度の英雄派の活発な動きはレン殿の予想通りです。彼らの中には、レン殿の言葉通りのことを考える者が少なからず存在するのです」


「さすがレンだ。頭が良いな」


「ええそうね。本当に将来が楽しみだわ」


「父さん、母さん。俺を褒めてる場合じゃありませんから」



 褒められることへの気恥ずかしさと、実際に生じはじめている面倒な事態を危惧したレンがため息交じりに言う。

 そのレンは密かに眉をひそめた。



(うーん……立場が変わると、こうも面倒だとは)



 七英雄の伝説にて、主人公たちはレオメル帝国内でも多くの困難に立ち向かう。

 その際は皇族派や中立派との小競り合いもあった。

 正直、その二勢力の貴族には腹に据えかねる発言をされたことや、目に余る振る舞いをされたこともある。



(ギヴェン子爵……ちょっと面倒だな)


 だが、いまは違う。

 ゲーム時代と違って今度は逆に、英雄派の貴族へと嫌な気持ちを覚えるとは思わなかった。



「――――それにしても」



 ふと、レンが小さな声で呟いた。



「お? どうしたんだ、レン」


「いえ……ちょっと気になって……。さっきの話はあくまでも、英爵家に嫡子ができた時期の話ですし、いまになって騒ぎになるのが不思議で……」



 レンが考えはじめた姿を見て、騎士たちは今一度黙りこくった。

 このとき、彼らはレンの様子を伺いながら、もしや――――という期待を孕んだ視線を向けていた。



 そして、数分後。

 部屋に訪れた静寂を、それを訪れさせたレンが払いのける。



「父さん」



 次に、目を向けたレンの力強い双眸に、ロイは僅かに気圧された。



「前にDランクの魔物を討伐したのって、何年くらい前のことか覚えてます?」


「お、おう! 確かレンが生まれる一年くらい前だから……今から八年くらい前だな!」


「……ってことは、派閥争いの影響はその頃からあったのかもしれませんね」



 騎士は一瞬驚き、すぐにレンを讃えるような表情を浮かべて言う。



「レン殿は本当に理知的ですね。ご当主様も同じ予想をなさっておいででした。もしかすると、ギヴェン子爵はその頃からこの辺りを狙っていたのかもしれない、と」


「ということは、今回のシーフウルフェンも関係があるとお考えなのでしょうか?」



 こう考えるのは簡単だった。

 ロイも言ったように、シーフウルフェンは普通じゃない事態だったから。



「そのように伺っております。どうやら――――」


「今回の件は、クラウゼル男爵家が帝都近郊に領地をいただいたことへの焦り、って感じですかね」


「ッ――――!?」



 騎士が驚き、そしてロイやミレイユもまた驚く横で、レンは一人冷静だった。



(ヴァイス様の話によれば、クラウゼル家が新しい領地を手にしたのは去年だ)



 それにより、英雄派がクラウゼル家を警戒した。

 聖女リシアがいるクラウゼル家が皇帝に領地を授かったことで、そのクラウゼル家が中立派から皇族派に鞍替えをする可能性を危惧したのだろう。



 クラウゼル男爵も優秀な貴族であるから、皇族派が力を付けることを許容できなかったのかもしれない。



(もう一度整理しよう。一度目の騒動が起きた八年前は――――)



 七大英爵家に生まれた嫡子の影響で英雄派が活気立ち、派閥争いに火が付いた時期と重なっている。



(そして、今回の二度目は――――)



 クラウゼル家が帝都近郊に領地を得た時期と重なっている。



 更に言えば、聖女リシアの影響力が関係するのは必定だ。

 ただでさえクラウゼル男爵も有能な貴族だというから、クラウゼル家ごと一派に引き入れることができたら最良だろう。



 そしてギヴェン子爵のこともやはり無視できない。

 彼が何かした、という証拠はいまのところ一つもない。

 けど、シーフウルフェンから間もなく、あんな強烈な振る舞いをしてきたことを鑑みれば、無関係とも思えなかった。



(かと言って、俺たちの村を標的にしてどうするんだって話だけど……あ、ヴァイス様が言ってたな。領内を守るのは領主の務めなんだっけ)



 領内に派遣する戦力は領主のさじ加減となる。

 が、その判断を何度も誤ったりすれば、罰せられることもあると聞いたことがある。

 この話を前提にすれば、レンの村や近隣の村々が大きな被害を被ったことで、クラウゼル家が罰せられる可能性はゼロじゃない。



(で、ギヴェン子爵……か、英雄派がクラウゼル男爵にその罰を被らせるとして……その後はやっぱり、クラウゼル家を英雄派に引き入れるつもりなのかな)



 たとえば、ギヴェン子爵が弾劾されそうになったクラウゼル男爵を庇い、恩を売ることで英雄派に引き入れる、とか。

 それはきっと、半ば脅迫まがいのやりとりで。

 はたまた、クラウゼル家を潰して、領主不在の領地を派閥で得ることも考えられよう。



(あくまでもギヴェン子爵が二つの騒動と関係ある、って前提だけど)



 証拠がないからあくまでも予想でしかない。

 いずれにせよ、強く警戒して然るべきことに変わりはなかった。




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