軽率な振る舞いに後悔して。
リシアとヴァイスの二人を屋敷に案内すると、ロイとミレイユは大層驚いた。
その二人は慌てて歓迎の支度をすると言った。
けれどロイは動けないから、自身が療養する部屋でヴァイスに最近の状況を報告するに留められた。
……しかし、リシアはその部屋に留まることをしなかった。
彼女は遠慮なしにレンに声を掛け、彼の部屋で話がしたいと言ったのだ。
(普段から客間を掃除しておいて良かった)
レンは令嬢相手に自分の部屋はまずいだろと固辞し、屋敷で数少ない客間にリシアを案内した。
「ねぇ、私はどうしてこの村に来たと思う?」
古びたソファに座って早々、リシアが対面に座ったレンを見つめて尋ねた。
そのソファは彼女が座るだけでも名工の逸品に見えてくる。
「男爵様からの手紙を持ってきたと仰っていたと思いますが」
レンは口調を初対面のときと違い、寄り親の令嬢と話すために改めた。
「残念、それは言い訳よ」
そう口にして、面前の少女は勝気に笑む。
――――白の聖女、リシア・クラウゼル。
七英雄の伝説では主人公たちのパーティに加わらないものの、イベント戦に限って力を貸す彼女の実力は相当で、レベルを上げた主人公でなくば太刀打ちできない。
(……道理で目立つ容姿だったわけだ)
リシアはその抜群の容姿と人となりで、多くの男性プレイヤーを魅了したキャラクターだ。その人気は全キャラクターの中でもトップクラスだったことを覚えている。
だが恋仲になることはできず、『攻略できないヒロイン』として有名だった。
七英雄の伝説IIで彼女が死んだときは、レンも大きな衝撃を覚えたくらいである。
「言い訳ということは、他に目的があったんですね」
「ええ。もちろん」
頷いたリシアが嬉々とした声でつづける。
「自分の目で確かめたかったの。あのヴァイスが強さを讃えた貴方を、私と同い年なのに、一人でシーフウルフェンを倒した貴方の実力をね」
「……ヴァイス様は過分に評価なさってくださったみたいですね。それにシーフウルフェンだって、父さんが怪我を負わせていました。だから全部が俺の……私の実力とはならないかと」
「そうかしら?」
「はい。後は運もよかったんだと思います」
レンは抱かれた興味を失ってもらうよう、リシアに気に入られないように言葉を選んだ。
本当のところは嫌いになられてもいいくらいだ。
でも、相手が相手だからあまり不躾な真似をすることもできない。
「……ふふっ、変なの」
挑発的な笑みを浮かべたリシアは上半身を僅かに乗り出した。
「いまの言い方、まるで私に気に入られるのがイヤって言ってるみたい」
(その通りだよ)
レンは声に出さず、苦笑いを浮かべた。
だが、レンがこう振舞うのは無理もない。
レンは転生してすぐに平和な暮らしを求め、七英雄の伝説と同じ未来を避けるべく行動をつづけてきた。
中でもリシアとの出会いを回避するのは至上の案件だったのだから、ここで気に居られるわけにはいかない。
でも、互いの関係は貴族と騎士の関係で断ち切れない。
それならせめて、懇意にはならないようにと願った。
「でも、イヤだとしても関係ないわ」
「――――え?」
「貴方、
彼女はそう言い放つと、その真意を語る。
「さっきの立ち合いで確信したわ。貴方は強いだけじゃなくて勇気もある。急に立ち合いを申し込まれたのに、臆することなく剣を取ったのがその証拠よ」
リシアはレンの強さに限らず、彼の人格も讃えた。
(あれって立ち合いの申し込みだったのか……)
投げられた剣を取ることで受託したとなされるのだろう。
だが何も知らずに剣を取ってしまったから、勇気があるかは別の話だ。
とんでもない勘違いである。
「私はあれが立ち合いって知らなかったんです」
「謙遜しないでいいわよ」
「いや、そういうのではなく……ッ」
「わかってるわ。貴方は口だけが立派な貴族の男たちとは違うものね」
勘違いで株が上がる中、もはや何を言っても無駄であるとレンは悟った。
「――――だからこそ、是が非でもクラウゼルに来てほしい」
実際、レンは謙虚に努力をつづけてきた。
同年代より戦う力に富んでいる自覚があれば、勉学に関しても努力を怠らずに励んできた自信もる。
だが、ひけらかすことは好まなかった。
今回は誤解もあるが、リシアはそうしたレンの人となりを理解していたのだろう。
(この娘はすごい努力家なんだろうな)
リシアはわざわざ時間をかけてこんな辺境まで足を運んだのだ。
たとえその影に強引さが見え隠れしようと、根源に向上心があるのは間違いなかった。
「それに私は負けず嫌いなの。貴方に負けっぱなしでは帰れないわ」
「あれ、負けは認めてないのでは?」
「言葉の綾よ」
「は、はぁ……いずれにせよ、私といつでも立ち会えるように町に来てくれということですね」
「よかった。私の考えを理解してくれたみたいね」
……リシアの動機の根源には確かに向上心があるだろう。
だが、それ以上に対抗心が勝っているようだ。
「ただ申し訳ないんですが、私はこの村を離れる気がありません」
リシアは一瞬目を見開き驚くも、すぐに凛とした態度を取り戻す。
「……ふぅん。やっぱり私のことがイヤなんだ?」
関係を持ちたくないのは事実。
だが、嫌悪感があるわけではない。
「そうではないのです。私がこの村を離れると、戦える人が父さんだけになってしまいます。そこでまたシーフウルフェンみたいな魔物が現れたら、今度こそ村が崩壊しかねません」
「事情はわかったわ。でも貴方個人の考えはどうなの?」
「それは、村の事情を抜かしたらということですか?」
「ええ」
「……だとしても村を離れる気はありません。俺はこの村での生活を気に入ってますし、わざわざ都会で暮らしたいと思ったこともないのです」
この返事を聞いたリシアは黙りこくった。
すると、腕を組んで指先を口元に押し当てて考え込む。
「――――絶対に諦めないんだから」
「あの、いま何か――――」
「気にしないで。独り言だから」
「絶対に諦めないとかどうとか……」
「いいえ、気のせいよ」
レンの指摘が正しいことは明らかなのに、リシアは絶対に語ろうとしなかった。
頑なに否定した彼女は不意に立ち上がると、
「ごめんなさい。さっきの立ち合いで汗をかいてしまったから、お風呂を借りたいの。薪代はちゃんと払うわ」
何事もなかったかのように話題を変えた。
「薪はお気になさらず。湯はもう沸かしてあるので」
「あら、普段から沸かしてあるの? もしかして魔道具でもあるのかしら」
(魔道具……そっか。この世界にはそんなものもあったんだっけ)
魔道具というのは魔力を使って動く便利なアイテムだ。
その形態は持ち運びできる小さなものから、巨大な設置型に至るまで様々である。
基本的には魔石を燃料に加工するか、使用者の魔力を用いて動作する。七英雄の伝説時代に魔石が換金アイテムの側面があったのも、これが理由だ。
だが、魔道具は基本的に高価だ。
それは作れる職人が限られているからに他ならない。
「魔道具は高くてうちじゃ買えませんよ。お湯を沸かしてあるのは、私が狩りに出るから、汗とか魔物の血を流すために早めに沸かしてるんです」
レンは会話をしつつ案内した。
この屋敷にある古びた手洗い場や浴室は、ミレイユが毎日丁寧に掃除をしているから古臭くとも清潔だ。
案内を終えたレンはリシアが不満そうにしなかったことに安堵し、彼女に背を向ける。
「今度、私の屋敷からちょうどいい魔道具を持ってくるわね」
「それはありがた――――んんッ!? 今度!?」
「…………あの、ね? 案内してもらってこんなことを言うのは憚られるのだけど、その、ずっとそこに居られると服を脱げないわ」
至極まっとうなことを言う前に言葉の意味を教えてほしかったものだが、妙な勘違いをされてはまずいと思い、レンは仕方なくその場を後にする。
今度とはいったい?
疑問符を浮かべていたレンの耳に、リシアが驚く声が届く。
『っ……な、なんで私の下着が……っ!?』
だが、扉越しのせいで上手く聞き取れなかった。
しかもその声は反響しており、リシアが驚いていることしかレンには伝わらなかったのだ。
「ど、どうかましたか?」
『う、ううん! なんでもないからっ! 気にしないでっ!』
何やら離れてほしそうな声色だったため、「何かあったら呼んでください」とだけ言葉を残してレンはその場を後にする。
――――また、急な展開になったものだ。
何度目か分からない溜息を漏らしながら自室に戻ったレンは、ポケットに
「……どうやって返そう」
正直、リシアを案内した帰りに客間に寄ってもよかった。
強引だけど、そのまま彼女の荷物に紛れ込ませてしまうことも考えたのだ。
だがそれをしなかったのは、客間の前にはリシアの騎士が立っていて、実行に移せなかったから。
脱衣所に落とすことも考えたが、万が一にも見つかることを危惧してやめた。
残る手段を考えたレンは自室の暖炉を見て、いっそのこと燃やすべきなのかとも思った。
あるいは森に捨てるか、川に流すことも考えた。
(それかごみ箱に――――いや、見つかったらまずい)
村のゴミはまとめて燃やされるのだが、そこで露見してもまずい。というか、その燃やすまでに見つかる可能性も危惧したいところだ。
やはり、暖炉で燃やすしかない。
盗賊の魔剣を使ってしまったことに申し訳なさと後悔の念を抱きつつ、だがモノがモノなため、今回は倫理観に抗うことに決めた。
『レン―! ちょっと入るわよー!』
だが、扉の外から届いた母の声に驚き、レンはどうしたものかと辺りを見渡す。
いまは暖炉にくべる時間がないとなれば、一度隠さなければ。ミレイユに見られたらたまったもんじゃない。
「なんて情けないことをしてるんだ……俺は……」
レンは机に置いていた木製の小物入れを開き、盗んでしまった例のブツをその中に隠し入れた。
その次の瞬間、ミレイユがレンの部屋に足を踏み入れたのである。
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