予定外の戦利品と。

 すると、その少女が不意に鋭利な踏み込みを見せた。

 彼女はレンとの距離を瞬く間に詰めてくる。



(ッ!?)



 まるで風のように早く、洗練された足裁きをレンは見た。

 もちろん、唐突に戦いがはじまったことにレンは困惑する。

 が、対する少女はレンの困惑をよそに、自身が手にした短剣でレンの肩口を狙った。



(――――疾いけど)



 ロイほどではない。威力も恐らくそうだろう。

 だが剣筋はレンが見たことのない鋭利さと流麗さで、これにはヴァイスとの訓練を思い出す。

 これらを刹那に読み取ったレンは、



「模擬戦なら、木剣の方が安全だと思うんだけどね――――ッ!」



 後手に回りながらも、いとも容易く少女の剣を弾いたのだ。



「ッ…………嘘!?」



 少女は数歩距離を取り、端麗な顔立ちを驚嘆に染め上げる。

 その少女へ、レンは毅然とした態度で言い放つ。



「立ち合いをするのは構わない。でもこの木剣じゃないと危ないから、つづけるつもりならその後だ」


「いいえ! 刃は潰してあるから平気よっ!」



 それでも当たれば金属なら痛いだろうに。

 この言葉を飲み込んだレンは仕方なそうに溜息をいた。

 少女はこの間にもレンに迫り、見事な剣さばきを以て立ち向かった。しかし、いずれも難なくいなされ、徐々に呼吸が乱れはじめる。



「ふふ……っ! すごい! こんなに楽しいのは生まれてはじめてっ!」



 それでも少女は不敵で、諦めの言葉を口にしない。

 少女はレンから距離を取り、身を覆うドレスに手を伸ばす。



 様子を伺っていたレンはすぐに目を疑う。少女がドレスを脱ぎ捨てたのだ。

 しかし下着姿になったわけではない。その下には白を基調とした軍服を思わせる、動きやすそうな服を纏っていた。



(あの服、なんか見覚えがあるような)



 手がかりを思い出そうとしていたところへ、少女が容赦なく迫りくる。

 動きやすくなったからなのか、それとも意識の変化か、さっきよりも疾さと鋭さが増していた。



「これならどうッ!」



 剣筋が剣閃に変わってレンを襲う。

 幼い少女が見せる剣には到底見えない、洗練された剣だった。

 しかし、それでもレンには及ばず。



「いや、どうってことないッ!」



 そろそろ勝負を決めようと思ったレンは更に膂力を込め、これまでと違い、少女の体勢を崩すような立ち回りを見せる。



「嘘……っ!?」



 剣を支点に身体を押された少女は片一方の足に大きく重心が寄った。



 彼女の身体は情けなく背中から倒れていき、レンの剣に猶も圧されとうとう尻から地面に腰をつく。

 やがて、押し寄せるレンの膂力に負け、背中まで大地に重なった。



「――――俺の勝ちだ」



 少女の首の真横に、レンが手にした短剣が突き立てられた。

 上半身はレンに跨られ、腕にも力が入らない。自分を見下ろすレンの力強い瞳と、有無を言わさぬ強さを前に、少女はじっと黙りこくった。



 しかし、数秒過ぎると少女の頬が僅かに上気しだす。



「…………い、わ」


「ん?」


「だ、だから……っ! 近いわって言ったのっ!」



 レンは慌てて立ち上がり、少女から距離を取る。



「ご、ごめんッ! 状況が状況だったし、君に負けを認めさせようと思って、つい!」



 他に理由なんてない。

 少女もそれはわかっていたようだが、照れくささはどうすることができなかったらしい。

 真っ赤に染まった彼女の頬には、レンが思わず目を奪われる。



「~~っ! わ、私に恥ずかしい思いをさせたこと、後悔させてあげるんだからっ!」



 すると少女は勢いよく立ち上がり、羞恥に瞳を潤ませながら剣を振った。

 洗練された動作は依然として変わらなかったが、その実、どこか焦りがあって雑さがないわけでもない。



「え、まだやるの!?」


「当たり前でしょっ! 私に負けを認めさせてないじゃないっ!」


「――――な、なんて暴論だ」



 ともあれ、このまま戦うつもりもない。

 レンは少女に怪我をさせることを恐れていた。

 だから早めに終わらせたかったのに……。



(どうすればいい? ……あ、そうだ)



 少女が諦めないのなら、強引に戦いを終わらせればいい。

 たとえば、剣を弾き飛ばすとか奪うとか。

 弾き飛ばすのはまた力を込めるから危ない可能性があるものの、後者の奪うに関して、あるいは――――という期待がある。



(コレで何とか)



 レンは指に嵌めていた盗賊の魔剣を一瞥する。

 これで少女が手にした剣を奪えないかと考えたのだ。

 それからレンは、木の魔剣に念じるように盗賊の魔剣に念じた。あくまでも特殊効果はランダムに奪うものだが、試す価値はあると信じて。



 すると――――。



「…………え?」



 レンが剣を振ると同時に盗賊の魔剣が効果を発し、少女の身体を不思議な風が通り抜けた。

 ふわっと髪を浮かべた彼女は、端正な顔立ちに驚きを浮かべる。



「……スキルを持ってるらしいとは聞いていたけど、風魔法のようね」


(何を言ってるんだ、この娘は)



 勘違いはさておき、レンには何かを奪えたという確信があった。

 それを証明するかのように、空いていた手に何か握っている感触がある。その感触から、布であることは想像がついた。



 また、盗賊の魔剣が思いのほか魔力を消費することを学んだ。

 木の魔剣などを使った際に比べ、負担が大きいことが今の一瞬でわかったのだ。



「お嬢様、そこまでですッ! 少年もそこまでにしてくれ!」



 そこへやってきたヴァイスに気を取られ、レンは何を盗んだのか確認することをやめた。スキルを使ったといえ盗みを働いた事実について、どう言い繕うべきか迷ったから隠すことにしたのだ。



(何はともあれ、これで終わりだ)



 やっとのことヴァイスが到着したことに安堵したレンが息を吐く。

 そのレンは急いで駆け寄ってきたヴァイスの顔を見上げ、首を傾げながら尋ねる。



「ヴァイス様、どうしてここに?」



 このまま短剣を持ったままなのもなんだ。

 レンは返事を待つ間、短剣を地面に置いた。



「ああ……急な訪問ですまなかった。実はだな」


「ヴァイス。説明は私がするわ」


「……かしこまりました」



 少女は歩きだすと、レンの数歩手前で立ち止った。

 そしてカーテシーを披露する。

 脱ぎ捨てたドレスと違い軍服を思わせる服装でありながら、隠し切れない気品と高潔さを漂わせたカーテシーであった。

 


 その振る舞いは、少女の周りだけパーティ会場のように煌びやかだ。

 抜群の容貌に浮かべた微笑みに対し、レンは無意識に見惚れそうになってしまう。



「私はお父様の名代として、アシュトン家に手紙を持ってきたの」



 耳を傾けていたレンの首筋に冷たい汗が伝う。

 少女の言葉から、まさか――――と嫌な予感を募らせていた。



「お父様はシーフウルウェンの討伐について、アシュトン家を讃えるとともに、レン・アシュトンに対しても将来を強く期待する、と仰っていたわ」


「あ、はい……ありがとうございます……」



 はっきりしない態度にレンに、少女が若干むっとした様子で繰り返す。



「何よその反応。嬉しくないの?」


「お嬢様。少年は戸惑っておられるのでしょう。それにお嬢様は、まだ名乗られてもおりませんから」


「あら、言われてみればそうね」



 少女はこほん、と咳払いをして居住まいを正す。

 優雅な笑みを浮かべ、その名を口にするために。




「私はリシア・クラウゼル。『白の聖女』よ」




 私のことは知っていたのよね? と。

 彼女は呆然としたレンに追い打ちを仕掛けるように問いかけた。

 問いかけられたレンは頬を引き攣らせながら頷き返すと、リシアが満足したのを確認してから空を見上げる。

 その瞳は、力なく遠くを眺めていた。 



「お嬢様、お召し物を」



 遠目をしたレンの近くで、ヴァイスはリシアが脱いだドレスを手に取って言った。



「汗をかいたから後にするわ」


「なるほど、承知いたしました」



 二人は驚くレンと違い、落ち着いたやり取りを交わしていた。

 その近くで、レンは唖然としたまま考える。



(意味がわからない……なんでこんなことに)



 まさか急にリシアが来るとは思いもしなかった。

 最近も、どうにかして顔見せの機会を無しにできないか考えていたのに、怒涛の勢いには驚くほかできることがない。



「それにしてもお嬢様。私が席を外した隙を狙うのは容認できませんな」


「ヴァイスたちの休憩が長すぎるんじゃない? だから私は一人で馬に乗って来たのよ」



 レンは二人の近くで唖然としながら、ハッと思い出して二人に背を向けた。

 盗賊の魔剣で奪ってしまったモノを確認しなければと思い、更にそれをどうやって返却すればよいのか迷いながら手のひらを見た。



 できればハンカチとか、戦いの最中で落としたと言い張れる物がいい。手にした感触は布だったから、他に盗める物なんて逆に想像できない。

 しかし、手のひらを確認したレンが目の当たりにしたのは、



(……下着パンツだ)



 上質な絹で作られたであろう、大人びた赤い下着であった。

 これは冗談にならないと思ったレンは慌ててその下着をポケットにしまい、頭を両手で抱えて苦悩したのである。



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