見知らぬ少女。

 ◇ ◇ ◇ ◇




 屋敷に戻ったレンはまず自室に向かい、ベッドに座り一息ついた。

 腕輪を人目を気にせず召喚しておけるようになったこともあり、上機嫌だった。



「それにしても――――」



 だが、少し不満そうな声色で呟く。

 それは、腕輪の水晶に映るステータスを見て。



 ――――――


 レン・アシュトン


[ジョブ]       アシュトン家・長男


[スキル]      ・魔剣召喚(レベル1:0/0)


          ・魔剣召喚術(レベル2:256/1000)

          レベル1:魔剣を【一本】召喚することができる。

          レベル2:魔剣召喚中に【身体能力UP(小)】の効果を得る。

          レベル3:魔剣を【二本】召喚することができる。

          レベル4:*********************。


[習得済み魔剣]   ・木の魔剣   (レベル2:100/1000)

           自然魔法(小)程度の攻撃を可能とする。

           レベルの上昇に伴って攻撃効果範囲が拡大する。


          ・鉄の魔剣   (レベル1:100/1000)

           レベルの上昇に応じて切れ味が増す。


          ・盗賊の魔剣  (レベル1:0/3) 

           攻撃対象から一定確立でアイテムをランダムに強奪する。     


 ――――――



 まとめると現在はこのような状況だ。

 今日までも何度か確認していたのだが、まずは前の方から触れていく。



「……まぁ、こんなもんか」



 まずは諸々の熟練度から。

 レンは昨日、そして一昨日でリトルボアを合計二十匹狩った。

 ということは魔剣召喚術や魔剣が得た熟練度からその数だけ引いて、更に元の数字と計算することでシーフウルウェンから得た熟練度がわかる。



 ――――つまり“80”だ。



 魔剣召喚術も魔剣も、等しくそれだけの熟練度を得たということになる。



「やっぱり魔物と戦って得られる熟練度と、魔石から吸収できる熟練度は同じなのかな」



 だが、両者が同じ数字になることはないだろう。

 なぜならロイと訓練していた時は魔剣召喚術だけが“2”の熟練度を得て、ヴァイスと訓練した際には“10”の熟練度を得ていたのだ。



 だから魔物を相手にしない訓練をしたり、事情があって魔石を吸収できなければ差は広がる。



「またコツコツやるしかないな」



 そう呟いて、最後の欄へ目を向けた。



「……『盗賊の魔剣』」



 名前とこの魔剣が追加された時期から察するに、シーフウルウェンの魔石から得られた魔剣だ。七英雄の伝説時代にこの力があれば、間違いなく多くの魔物に何度も試したことだろう。

 人間相手に使えば、道徳的な問題が勃発することは必定である。



 ――――特殊条件を達成することで魔剣の種類が増える。これは魔剣召喚の基本的な情報の一つだ。

 つまり、今回はそれが達成されたということ。



「ユニークモンスターの魔石だったからなのかな」



 今後も、ユニークモンスターの魔石から新たな魔剣が得られるのだろうか?

 さすがに一度きりの戦果で判断はできないが、有益な情報に違いはない。



 ……などと考えつつ、レンは腰に携えていた木の魔剣を消して、盗賊の魔剣を召喚した。



「何というか……指だけを覆う鎧というか……」



 実は今日まで何度も召喚していており、毎回、同じ感想を口にしている。

 盗賊の魔剣は剣身があるわけでも持ち手があるわけでもない。それはレンの人差し指を覆い、先端が僅かに尖っただけの指輪だ。



 装備すると、人差し指だけが手甲に覆われたような外観である。

 鋼色なこともあり、まさにその印象だった。



「あと気になることと言えば――――」



 盗賊の魔剣だけ、レベルの欄が他と違うことか。

 今までと違いほんの少しの熟練度でレベルを上げられるのだが、リトルボアの魔石では増える気配がない。



 そのため、レンは二つの予想をしていた。



 一つ目はそれなりに強い魔物の魔石でないとレベルが上がらない。

 二つ目は同じシーフウルウェンの魔石でないとレベルが上がらない。



 この二つだ。

 レンは特に二つ目の説を推している。

 次レベルに必要な熟練度が極端に少ないから、シーフウルウェンとの遭遇率を思えばこのくらいでも不思議じゃない、と考えていたのだ。 



 そう、推測に勤しんでいると、不意に、



『レンー? どこにいるのー?』



 レンの耳へと、部屋の外からミレイユの声が聞こえてきた。

 するとレンは立ち上がり、部屋を出て声がした場所へ向かっていく。ミレイユとは廊下で合流して、二人はロイが療養する部屋の前へ足を運んだ。



「お父さんの部屋でご飯にしましょう。運んでくるから、先にお父さんのところで待っててね」


「俺も手伝いましょうか?」


「いいのよ。レンは今日も森で頑張って来たんだから」



 ミレイユは柔らかく微笑み、こうしてレンの元を立ち去った。

 残されたレンは一人で両親の部屋の前まで向かい、扉をノックした。

 すぐにロイの返事が届いたことで、その中へ入っていく。



「聞いたぞ、レン! お手柄だってな!」



 そこにいたロイはまだベッドに横になり、上半身だけ起こして療養している。

 今となっては生命の危機もなく、傷が治っていないこと以外は健康な体を取り戻していた。



 そのロイが口にした言葉に対して、レンは小首を傾げて尋ねる。



「えっと、何の話です?」


「シーフウルウェンの財宝のことだ! 男爵様のご厚意もあって税も掛からないんだって?」


「らしいですね。おかげで屋敷も直せそうで助かります」


「お、お前は相変わらずだな……もっとこう豪華な装備が欲しい! とか、それこそスキル鑑定に行きたい! とか思わないのか?」



 どれもこれもまったく思わなかった。

 むしろ勝手にそれを計画されたら、数日は口を聞かなくなるだろうくらい不満だった。



「とりあえず、薬草は勝手に注文させてもらいますね」


「ん? ロンド草がまだ残ってるだろ?」


「……不測の事態に備えましょうって話です。この前みたく、急に強い魔物が現れたら危険じゃないですか」



 ぐうの音もでない正論に対し、ロイは自嘲気味に頷いた。



「何度も言ったが、今回は本当に迷惑をかけたな」


「いいですよ。俺も父さんも死んでないから上々です」


「――――本当に大人びてるな、レンは」




 ◇ ◇ ◇ ◇




 昼食後、庭に出たレンは訓練用の木剣を片手に、その手の指に盗賊の魔剣を装着して身体を動かしていた。



「こればかりは欠点だなー」



 一応、魔剣を召喚してさえいれば身体能力UP(小)の恩恵が得られる。

 だがいまは一本しか召喚できないから、盗賊の魔剣の効果を生かすには、木の魔剣を使うことを諦めなければならない。

 つまり、自然魔法(小)も諦める必要がある。



 魔剣召喚術のレベルを上げれば二本同時召喚が可能となるが、それはまだ先の話だ。



(……まぁ、リトルボアならどうとでもなるか)



 たとえ木の魔剣がなくても問題ない。

 アシュトン家には普通の金属で作られた剣もあるから、その中から小さいものを手にして森に入ればいいだけだ。



 そう考えていたら、不意に。

 芳しい花の香りと共に、鈴を転がしたような声が聞こえてきたのだ。




「――――あなたがレン・アシュトン?」




 それはレンの背後から。

 屋敷を取り囲む、まだ修理が終わっていない柵の傍から声が届いた。

 ……その声に振り向いたレンは目を疑った。



(あの女の子は――――)



 綺麗だった。可憐だった。

 妖精や女神を思わせる目を引く少女が立っていた。

 レンはその少女に目を奪われながら二つのことを思う。あんな女の子は村にいない。それと、何処かで見たことがあるような……。



「あ、ああ……俺がレン・アシュトンだけど」



 気持ちの整理がつかぬまま、でもレンは名乗って返す。

 すると少女は絹を想起させる艶やかな髪を秋風に靡かせながら、優雅にこちらへ歩いてくる。



 歩く姿は百合の花という言葉がレンの脳裏を掠める。

 少女の身を包んだドレスも相まって、息をのむ優美さだった。



「良かった。私、貴方に会いたかったの」


「俺に……?」


「ええ。ここ最近、ずっと貴方のことだけを考えていたわ」



 情熱的な言葉を聞かされ、更にレンは困惑した。

 一歩、そしてまた一歩と近づく彼女から目を離さず。いや、目を離すことは許されていないと言わんばかりの魅力を前に、レンはじっと佇んでいた。



「――――怪我は治った?」


「ああ。つい最近完治したよ」



 その言葉を聞き、少女は目を細めて微笑んだ。

 すると彼女は背中に手をまわしたと思いきや、一本の短剣をレンの目の前に投げてよこす。



 不思議に思ったレンが少女を見ると、少女はまったく同じ短剣を手にしていた。

 その短剣はまだ幼いレンにはちょうどいい。少女の身長はレンより僅かに低いから、彼女にとってもちょうど良かった。



『待つのだ少年――――ッ! その――――を、取っては――――ッ!』



 不意に遠くから聞き覚えのある声が届く。

 見れば、ヴァイスが馬に乗りこちらに近づいてくる最中だった。



(なんであの人が?)



 遠すぎて声があまり聞こえない。

 そもそも、何故あの男がこの村に居るんだ? 



(とりあえず待ってるか)



 レンはそう考えてその場でしゃがむと、足元に投げられていた短剣を手に取った。

 見れば刃はなく、潰されている短剣だった。



「雄々しいのね。止められたのに剣を手に取るなんて、自信の表れかしら?」


「……ん?」


「開始の合図は私からでもいい?」



 何を言ってるんだと思いつつ、



「えっと――――はい?」



 疑問をこめての「はい?」を口にした。だが少女には肯定を意味する「はい」に聞こえてしまっていた。

 それを受けて少女は、



「――――じゃあ、はじめましょう」



 心の底からの喜びを頬に浮かべ、手にした短剣を構えたのである。

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