秋になってから。

 とある日の昼間。



 レンが住む村から遠く離れた都市クラウゼルへと、いくつかの村から何人かの騎士たちが帰還した。

 彼らはそのまま男爵の屋敷にやってくると、出迎えたヴァイスの前で整列する。



「どうしたのだ。報告せよ」



 ただ、一様に口を開かぬ部下たちを見て、ヴァイスが小首を傾げた。



「なぜ黙るのだ。それにどうしてお主たちが帰還したのか、私に説明しろ」


「で、では私から」


「ああ。……む? お前はアシュトン家の援護に向かった者であったな」


「はっ!」



 その男は一歩前に進み、言葉に詰まった様子を見せる。

 しかし彼は、まだ整理しきれていないまま口を開く。



「ほ、報告致します。シーフウルフェンの討伐を確認致しました!」


「おお! それは吉報だ! む? それならなぜ言い淀む。逆算するに、お主たちが到着し間もなく討伐したのでは……いや、待て。いまお主は確認したと言ったな?」


「――――はっ」


「では、誰が討伐した? ロイ殿か?」


「い、いえ……」


「であれば、偶然足を運んだ冒険者か?」



 部下の男はまた首を横に振った。

 それならシーフウルフェンに勝る魔物の存在を疑ってしまう。

 ただそうなると、部下たちが帰ってくるはずがないと思い、ヴァイスは更に困惑した。



「まさか」



 そのため、次の言葉は決して期待しての言葉ではなかった。

 言うなれば、念のための確認でしかない。



あの少年、、、、が討伐したというわけではあるまいな?」



 が、部下の男が首を縦に振った。

 道理で皆が困惑していたのだと気が付いたヴァイスが天を仰ぐ。



「詳細は中で聞こう。ただ先に確認しておくが、他の者たちは各担当地域に残っておるのだな?」


「はっ! 我らは連絡すべく、一人ずつ帰還した次第でございます!」


「うむ。ならば良し」



 屋敷に向かって歩きはじめたヴァイスを追って、部下たちがつづけて歩き出す。



 一行は屋敷の中に入ると真っすぐ男爵の下へ向かい、執務室に居た男爵へとシーフウルフェン討伐の報告をした。窓を背に置かれた机で執務に励んでいた男爵はその報告を聞き、ヴァイスと同じく一瞬言葉を失った。



「にわかには信じがたい。たとえヴァイスが気にしていた少年だとしてもだ」


「しかしご当主様」


「わかっている。討伐を確認し、傍で倒れていた少年を思えば、誰が倒したのかは明白だ。少年の手柄を騎士のものにする気はないさ」



 ただ、常識はずれの行いであったから戸惑っただけ。

 皆が皆、同じ感覚に浸っていた。



「それにしても、まずは報告を聞かねばならない。――――つづきを」


「――――はっ!」



 帰還した男はレンの下に到着してからというもの、何が起こったのかをつぶさに報告した。

 それは十数分に渡ってつづけられた。

 男爵はその報告が終わったところで口を開き、ヴァイス以外の者たちを退室させた。



「アシュトン家への褒美を用意せねばな」


「今年の分の税を免除としてもよいのではないかと。また時期を見計らい、ご当主様自ら激励しに行くのもよろしいでしょう」


「では褒美はそれにしよう。――――やれやれ。それにしても、引きつづき他の貴族どもを探らねばならん。どうにも疑問が残る」


「……ですな。シーフウルフェンほどの魔物は本来、あの一帯に現れることのない魔物ですから」



 首肯したヴァイスを見た男爵が机を叩く。



「ふんっ! 英雄派、、、皇族派、、、の仕業に決まってる!」



 男爵はそう言って立ち上がると、窓を乱暴に開けて町を見下ろす。

 英雄派、そして皇族派。

 この二つの言葉が何を意味するのか、彼は多くを語らず、同じくヴァイスも多くを語らず険しい表情を浮かべていた。



「……ヴァイス。近いうちに今一度アシュトン家の村へ行ってもらうぞ」


「はっ! ロイ殿らに、村で気になる異変がなかったか尋ねればよろしいのですね?」


「ああ。この仕事を誰よりも信用できるお前に託したい」


「――――心得ました」



 ……返事をしたヴァイスは間もなく退室した。

 執務室を出てからはやはり驚きと、先ほど男爵と交わした会話に出た内容に危惧を覚え複雑な心境だった。



「おや?」



 そんなヴァイスが廊下を進み、少し過ぎた場所の壁に背を預けていたリシアを見かける。

 彼女は聖女の呼び声に恥じぬ、雅やかな佇まいでそこに居た。

 その彼女は、近づいたヴァイスを見上げて口を開く。



「ほんとなの?」


「と、申されますと?」


「わかるでしょ。私と同じ年齢の子がDランクの――――それも、シーフウルフェンを討伐したって話よ」



 恐らくリシアは先に退室した者たちから話を聞いたのだ。

 それで興味を抱いたと言ったところか。



「事実です。あの少年ならあり得る、私にこう考えさせるほどの逸材でしたから」


「じゃあ、ほんとに私より強いの?」



 ヴァイスは即答する。



「間違いなく」


「なら、立ち会わせて」



 同じく間髪置かず言ったリシアが一歩前に出た。



「私は『白の聖女』を持つ者として、同じ年の子に負けたくない」


「……ふぅ。お嬢様、ご自分が無理を言っていることはおわかりのはずですが」


「ええ。無理なことを承知で言ってるわ」


「承知の上でしたら私もお答えしましょう。それは不可能です。アシュトン家の屋敷までは相当の時間を要することに加え、今はシーフウルフェンのこともあって油断が出来ない状況ですので」


「…………」


「無論、お嬢様がご存じのように、我らが護衛をすれば問題はございません。しかしながら、立ち会いたいというだけでお嬢様をお連れすることはできません」


「ふぅん……そう」



 ヴァイスは一瞬、これでリシアが諦めてくれたと思った。

 その証拠にリシアは俯き、両手を祈るように重ねてか弱さを醸し出す。

 けれど、彼女はすぐに顔を上げた。ヴァイスに見せた表情は可憐に勝ち誇り、密かにほくそ笑んでいた。



「だったら、理由があればいいのね?」


「…………お嬢様?」


「――――お父様とヴァイスのことだわ。アシュトン家への褒美は税の免除とか、お父様の激励なんでしょ? でもお父様は多忙だから、私が代わりに行ったほうがいいと思わない?」



 まさか褒美の内容まで看破されるとは……ヴァイスは驚きを隠しきれなかった。

 このとき、彼は自らの言葉選びを呪った。

 そしてリシアが天性の剣の腕に限らず、勉学においても物覚えの良さとたゆまぬ努力を重ねる秀才であることを思い出し、ため息を吐きながら額に手を当てた。



「ふふっ。お父様のところに行かなくっちゃ」



 そう言ったリシアは壁から離れ、ヴァイスに背を向けて歩き出す。

 もちろんヴァイスはその後を追った。



「今日はご当主様を言い負かしたりしないよう、お願い致しますぞ」


「ひどいことを言うのね。私、お父様を言い負かしたりなんてしてないわよ。いつもご相談させていただいてるだけじゃない」



 優雅な佇まいで振り向いた彼女は、なおも可憐な微笑みを浮かべていた。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 更に幾分かの日々が過ぎた。

 シーフウルフェンの騒動からはや二か月近く過ぎ、季節は秋に差し掛かったところである。



 クラウゼル男爵領の各地では冬支度がはじまり、その類に漏れずレンの村も冬支度に勤しみはじめていた。

 そんな中、



「――――お」



 レンは久しぶりにツルギ岩まで足を運んでいた。

 彼はツルギ岩の頂上に落ちていたいくつかの宝飾品を見つけ、頬を喜びで緩める。



「やっぱりあったか――――レアドロップ」



 七英雄の伝説で出現するシーフウルフェンを倒すと、必ずレアなアイテムを手にすることができる。それは高額な換金アイテムだったり、店では買えない装備品だったりと様々だ。



「よし。これで隠すことなく腕輪を付けられる」



 レンにとっては装備より換金アイテムの方がいい。

 金は村のためになるし、魔剣召喚に付随する腕輪を偽造することもできるからだ。

 満足のいく結果に頷いたレンはツルギ岩の頂上でうんと背筋を伸ばして朝日を浴びると、木の魔剣で生み出したツタに手を伸ばして下におりる。



 木の根の上を歩いて湖を渡ると、離れたところから蹄鉄の音が聞こえてきた。



「――――っとと」



 その音を聞いたレンは慌てて木の魔剣を消した。

 それから数分と経たぬうちに、馬に乗った一人の騎士が現れる。



「レン殿! 森に入るときは、我らにお声がけをとあれほど言ったではありませんかッ!」


「あはは……ごめんなさい。もう大丈夫だと思ったもので」


「まったく……あの夜から間もないのですから、無理はなさらぬようお願いしたい」


(……確かに、あれからまだ二か月も経ってないのか)



 あの夜、シーフウルフェンに勝利するも重傷で倒れたレンは命を救われた。幸運にも予定より早く到着した男爵の増援により、一命をとりとめたのだ。



 ……傷は深く、回復に至るまで数週間を要した。

 ただ、その傷は僅かながら内臓にまで達していた。

 なのにどうしてこの短期間でここまで回復したのかと言うと、正直言って、レンにもあまり理解は追い付いていなかった。



 けれど、騎士たちが持参した傷薬に加え、この身体の生命力の賜物である――――と考えていた。



 ちなみに、森に来れるようになったのは一昨日からだ。

 しばしのリハビリを経て、以前と同じく戦えるようになったことが確認できたから、今日はこうして遠出をするに至っていた。



「して、どうしてツルギ岩まで足を運ばれたのですか?」



 また、騎士が村に残っているのは、先の騒動から間もないということが関係している。

 男爵が各村にしばらく騎士を駐留させることを決めたからだった。



「実は探し物があったんですよ」



 こう答えたレンが先ほどのレアドロップを披露する。



「お、おお! それはもしや――――ッ」


「お察しの通り、シーフウルフェンが隠していた宝物です。これらは売ってこの村のために使いたいんですが、大丈夫でしょうか? その……税金とか、色々と」


「問題ないかと。魔物を討伐したことで得られる宝物は、討伐した者に所有権が発生しますから。ただ本来ですと、レン殿はアシュトン家の責務として、村を守る一環での討伐したことになります。なので税が発生するはずですが……」



 しかし今回の場合は、シーフウルフェンを討伐した報酬として、今年はレンの村から税を徴収しないことが決まっている。

 他にも、贈り物などが届く予定になっていた。



「ですので、レン殿に売却を依頼されていたシーフウルフェンの素材も同じです。あちらはご当主様がお買い上げになりますが、市場価格から少し高めにお支払いをするとか」


「ほんとですか? 結構な金額を貰えそうな気がしますけど」


「ですな。シーフウルフェンの素材は装備には向きませんが、薬の材料、、、、になるため貴重なのです。そのため、今後十数年は不自由しない富となるでしょう」


「おー、そりゃすごい!」


「ロイ殿はもうしばらく動けないでしょうし、こうした余裕がある方がレン殿も安心できるかと」



 そう、税の免除はこのことも影響していた。



「本人はもう動けるって言ってましたけど、上半身を小突いたら悶絶してましたよ」


「ま、また随分と厳しいことを」


「これくらいでいいんですよ。でないと、うちの父は勝手に完治したって言いだしますから」



 呆れ半分のレンの言葉を聞いた騎士は笑う。



「アシュトン家の跡取りは頼もしいことです。さぁ、それでは村に戻りましょう。今日の分の狩りは我らの方で済ませてありますので、ご安心ください」


「すみません――――では、お言葉に甘えて」



 申し訳なさそうに言ったレンは騎士に促され、騎士が駆る馬に同乗した。

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