第4話

 街灯に照らされた夜道を歩く。手元でがさりとコンビニの袋が揺れた。休日にスーパーなどへ行く時は適当に袋を持っていくけれど、普段の出勤時は持ち歩くのが面倒でいつも数円払ってビニール袋をもらっている。塵も積もれば、なんて言う人もいるけれど、毎回袋を持ち歩く億劫さより数円払うほうが幾分楽だった。

「遅くなっちゃったなぁ」

 最寄り駅から十数分歩けば、濃い暗がりが広がりだす。見慣れた道とはいえ、光源の少ない道を見ると、心臓の奥が少しだけざわついてビニール袋を握る手に汗が滲んだ。生まれ育った故郷を思えばきっちりと街灯があるだけで十分明るいはずなのに、その明るさと暗闇の境界線が余計な恐怖感を掻き立てる。

「早く帰ろう」

 片耳だけつけたイヤホンから音楽を垂れ流しながら、私は気持ち早足になって家路を急いだ。がさがさとビニール袋の擦れる音が、曲をところどころ遮っている。日中や夕方なら両耳にイヤホンをつけてそれなりの音量で音楽を聴くのだけれど、この時間帯にそれをするのは憚られた。それならいっそ聴かなければいいのに、無音の中を歩くには一人きりの夜は寂しいのだ。

「……食べるかな」

 ちらりと見下ろしたビニール袋の中には、晩御飯のお弁当が一つと、うっかり手に取ってしまったコンビニスイーツが二種類入っている。神様は食事を必要としない。でもそれは、食事が出来ないと同義ではないのだ。今までも私が何かを作っていたらつまむように一つ盗んで行くことがあったし、私が自分へのご褒美にと買っておいたチョコレートを一粒勝手に食べていたこともあった。外見が外見だから、流石にお酒を飲ませたことやアルコールの入ったものを食べさせたことはないが、多分、それらを口にしたところでなにも変わらないのだろう。ただ無意味に消費されて、消えていくだけだ。そんなこと、理解しているのに。

「一緒に食べたいって思っちゃうの、よくないよね。ちゃんとわかってるんだけどな……」

 新商品とポップの貼られたスイーツを見た瞬間、神様がそれを頬張る姿が浮かんでしまって、気が付いた時には会計を終えていた。別にコンビニスイーツ一つで貧窮するような生活は送っていないし、仮に神様が食べなければ今日明日で自分が二つ食べればいいだけの話だ。そうやって自分の気持ちを納得させようとしたところで、無意味なことをしているという冷静な声は消えてくれない。神様に食べさせるものを買うことだけではなく、そもそも神様を気にすることが無意味なのだと吼える自分は確かに私の中に存在していた。これはおかしいことなのだと声高に叫ぶ私を心の隅へ押し込めているのだって私だ。

 だってもう、神様のいない生活は考えられなくなってしまった。

 エレベーターが音を鳴らして目的の階についたことを私に伝える。玄関へ向かいながら、鞄の中にしまっていた鍵を取り出した。ちりんちりん、と鍵に取り付けた鈴が控えめな音を鳴らす。百均で適当に買った紛失防止の鈴の音は、それなりに気に入っていた。鍵を差し込みながら、一度、深呼吸をする。ガチャリ、と音を立てて鍵があいた。

「おかえり、水原」

「……ただいま、私の初恋」

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私と神様 胡桃 @asagi_666

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