第9話 副葬書

「棺の中へ、葬る?」


 メルは、半分は確認、半分は具体的な説明を求めて、再度シルヴィアへ問いかけた。しかし、シルヴィアが答えるよりも前に口を開いたのは、ヴェスターだった。シルヴィアが図書迷宮を知っていることを踏まえ、ただの猫のふりをする必要がないと判断したのだろう。


「副葬品の一種ということだね」


「ええ、そうよ。さすがは図書迷宮。それくらいのことは、知っているわよね」


 シルヴィアはまた挑発的な笑みを浮かべた。


「副葬品は、故人を慕う人々の想いや、その土地の習俗や宗教観から、死者と共に棺へ入れられる様々な品の事。花や衣類、装飾品や武具なんかがよく副葬品として一緒に入れられるけれど、昔、私の一族が仕えていた国では、書物が一般的だった。なんていう国かはもちろんご存知?」


 シルヴィアに流し目を寄越されたヴェスターは、「レシーニス地方に栄えていた、ラゴモンス王朝だろう」と的確に答える。シルヴィアは満足そうにうなずいた。


「そうよ。西方から渡ってきた職人集団であった私たちの一族は、製本職人としてそのラゴモンス王朝に身を寄せていたの。そして、副葬品用の書物を作っていた。もうここまで言ったらわかるわよね?お嬢さん」

 

 メルは「はい」とうなずいて言った。


「つまりその仕掛け絵本は、昔、あなたのご先祖様が副葬品として作った書物ということなのでしょう。そして副葬品ということは、本来は墓所の、棺の中へ入れられる。けれど墓荒らしにあい、盗掘された。だからシルヴィアさんは、盗品と呼んだのですね」


「ええ、正解」


 シルヴィアはリラックスした様子で、座席へもたれた。


「先の大戦で、ラゴモンス王朝を起源としていたラゴモンス国はシュフルヴからの進軍を受けて占領地となった。その時の略奪行為の最中、王家の墓が暴かれ、多くの副葬品が、つまり書物が盗まれた。私たち一族が王家のために作った書物が、芸術品としての価値が高いことはもうご存知でしょう。盗まれた書物はシュフルヴの闇市場でコレクター達に落札されて、大陸中に散らばったわ。中には海を越えた書物もあるでしょうね。その書物を全て取り返し、再び棺の中へ葬ることが、私たち一族の悲願なのよ」


「……シルヴィアさんが、本を狙った理由は分かりました」


 メルは膝の上に揃えた手に力を込めた。


「しかし、本を再び葬るということは、その本の持つ価値を未来永劫封じるということ。あなたのご先祖さまたちが心血を注いで作り上げたその作品を、みすみす土の中に埋もれさせ、朽ち果てさせると」


「ええ、そうよ。そういう役目の本だもの」


 シルヴィアは言い切った。その口調の中にどこか諦念めいたものが含まれているように感じたのは、メルの気のせいか。


「副葬書はただの本じゃない。死者一人一人のために作る、文字通り世界でたった一冊の書。その書は死者のためだけに作られる。長い人生の中からその人の象徴的な一編を取り出して、物語として書物という形にする。それは祈りの一種。書物は死者の分身として共に葬られ、物語は口伝として語り継がれる。その人の肉体が滅んでも、書物も共に朽ち果てても、語られる限りその人は物語の中で生きているし、誰も忘れない。語ることが、かつて生者であった死者への祈りや供養となる。それが、ラゴモンス王朝の信仰よ。そしてこの信仰は、王朝が滅んでしまった現代にもまだ、生きている」


 シルヴィアの表情が不意に険しくなった。それまで彼女の浮かべていた挑発的であったり、自身たっぷりであったりした表情はどこかへ隠れてしまった。


「生きている?まるで生き物みたいな言い方だな。信仰なのに」


 アーサーが不思議そうに言うと、「言葉のあやだよ。そういう表現もあるってこと」とヴェスターが小声でたしなめた。


「ま、とにかく、途中下車はできないからね」


 先ほどまでのあけすけな態度に戻ったシルヴィアは、メルたちへ「こうとなったら、私に最後まで付き合いなさい」とまるで命令するように言った。


「そして、変な気は起こさずに見届けることね。この本の行く末を」

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