第8話 古い者

 コンパートメント席で、メルたちは偽物のアナスタジア・パルマと向かい合って座っていた。彼女の隣には、鳥籠に入れられたクロブチフクロウが、瞑想でもしているかのように目を閉じて羽を休めている。


「どの質問から答えれば良いのかしら」


 偽物のパルマは、窓枠に肘をついて微笑んだ。先ほどから彼女の見せるその笑みは挑発的だ。メルは気圧されそうな気持ちをぐっとこらえて言った。


「まず、あなたの本当の名前を教えてください」


「あら、それなら簡単ね」


 車窓の方へ傾けていた頭をまっすぐにすると、彼女は答えた。


「私の本当の名前は、シルヴィア・ヴィブリフェクス。シルヴィアで良いわ」


「それでは、シルヴィアさん。あなたはどうして、アナスタジア・パルマという別人の名を騙り、私の前に現れたのですか」


「興味本位よ」


 偽物のパルマ改めシルヴィアは、メルの頭のてっぺんからつま先までを不躾に眺めてきた。


「図書迷宮の管理人がどんな子なのか、じかに見てみたかったの。……でも、想像と違ってた」


 メルが眉をひそめると、シルヴィアは「誤解しないで」と手を振る。


「別に失望したわけじゃないの。ただ、驚いただけ。本当に普通の女の子だったから」


「そこは別に気にしていません。図書迷宮のこと、そして、私がその管理人であること、なぜそれをあなたが知っているのかが不審なだけです」


「ああ、そういうこと。あのねえ、お嬢さん、私のように古い者は独自の情報網を持ってるの。古い者というのは、例えば」


 コルキアとかね、とシルヴィアは呪われた魔女の名を口にした。


「あなたも、魔女ということですか」


「違う違う。魔女じゃないわよ。もっと他に例をあげましょうか?例えば魔力猫マギーシャとかドラゴンとか、氷雪の乙女グラネヴィーとか。要は、魔法や魔法のあった古い時代に近い者のこと」


「まどろっこしい言い方はよせ。田舎者の俺にも分かるように言ってくれないか?」


 しびれを切らしたアーサーが苛立った声を上げると、シルヴィアは肩をすくめた。


「人に説明するのって、私苦手なのよ。本当に簡単に言ってしまえば、私は古い一族の出ってこと。その辺の普通の人より、魔法や古い時代について詳しいの。私の一族は、昔とさほど変わらない暮らしをしているからね。そういった存在のことを、人間や人外問わずに古い者と、私たちは呼んでる。そしてその古い者たちは独自の情報網を持ってる。その情報網に、図書迷宮のことが引っかかった。だから私は、あなたのことを知ってるのよ」


 でもね、とシルヴィアは続ける。


「コルキアみたいに、私は図書迷宮そのものに興味がない。私が興味あるのは、こっちの方」


 シルヴィアは、鳥籠の下に置いたトランクの上へ手を置く。


「この本をソルヴィ家の屋敷から盗み出すために、私はあなたたちが来るより数月前に図書館司書として、コレス・ヴェルト図書館へ潜入した。そこでずっと、盗み出す機会を伺っていたの。そしてその絶好の機会を与えてくれたのが、ソルヴィ氏の死と、あなた、つまり王立図書館の司書の登場」 


 トランクから手を離し、シルヴィアは行儀よく両手を膝の上へ置いた。


「あなたとあなたの上司には、とっても感謝しているのよ。本をあの屋敷から運び出してくれて」


 そこでシルヴィアが話すのを止めたので、メルは未だに多くの謎を持っているこの女性へ再び質問をした。


「本物のパルマさんは、大切にしていたブローチがなくなったと言っていました。そのせいで気が動転し、私たちを出迎えに行けなかったと。あの時、モンティース館長に同室の司書を聞かれた時、パルマさんはあなたと同じ名前を答えいていました。何か関係が、ありますよね」


「そんなことまで知りたいの?知りたがりね」


 シルヴィアは面倒くさそうに足を組む。


「アナスタジア・パルマには目をつけていたの。死んだソルヴィ氏の愛妾の子だったから。ところで、例の仕掛け絵本が施錠できることはご存知?」


「ええ。知っています」


 メルは頷いた。鍵のかかっていない錠前がぶら下がっていたのを、この目で確認している。


「今は鍵がかかっていなかったでしょう?でも、私はこの本に鍵をかけたいの。そしてその鍵は、昔、ソルヴィ氏が愛妾へ愛の証として送ったの。でも愛妾は子を産んでから数年後に死んだ。彼女は死の間際、自分の娘、つまり、アナスタジアへ鍵を引き継がせた。アナスタジアはその鍵を母の形見として、手持ちのブローチの中へずっとしまっていた。本を奪う機会が来たら盗むつもりで、無理矢理相部屋にしてもらってたんだけど、まさかアナスタジアが王立図書館からの客人の案内に指名されるとは思わなかったわ。ある意味いい機会だったから、これに乗じさせてもらったわけ」


 コートの内ポケットから今話したものらしきブローチを取り出しながら、シルヴィアは「さあ、他に質問はある?」と自ら問いかけてきた。メルは深呼吸をして、一番知りたいことを質問した。


「あなたはその本を、どうするつもりなのですか」


 すっかり日が落ちた窓の外は、何も見えないほどに真っ暗だった。時折ちらつく白い影は、雪だろうか。国境を越えるこの山岳鉄道は、標高の高い場所を走行する。この季節、そしてこの場所、雪が降っていてもおかしくはない。室内に備え付けられた灯りのみが、コンパートメント内を寒々と照らす。


「葬るのよ」


 しばしの静寂を置いて、シルヴィアが答えた。

 意外な言葉に、メル、アーサー、ヴェスターは、揃って表情を強張らせた。


「この本の持ち主と共に、棺の中で永劫の眠りについてもらう。それが、この本の役目。私たち一族の、役目」


 彼女の静かな声が雪のようにしんしんと、部屋の中へ降りおちた。

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