魔法使いは、王に申し立てた通り、龍の体へ恐ろしい呪いをかけました。その呪いが発動する鍵は、お姫様自身。


 お姫様と時を共に過ごせば過ごすほど、龍の体を異なった物質へ変容させる呪いでした。


 一日目。呪いは、光沢を帯びた美しい泉色の龍の鱗を、無機質な石へ変えました。


 二日目。呪いは、力強く空を羽ばたく龍の翼を、脆く薄い硝子へ変えました。


 三日目。呪いは、お姫様の姿を鏡のように映す龍の目を、宝石へ変えました。


 四日目。お姫様は、いつもの待ち合わせの場所へやってきませんでした。


 五日目。それでも龍は、お姫様へ会いに行きました。飛べなくなっても、目が見えなくなっても、それがお姫様に会いに行かない理由にはならないからです。


 お姫様は、気づいていました。呪いのことまで分からずとも、自分を見る父の目が、いつもと少し違っていることには気づいていました。ええ、気づいていましたとも。龍と遊び転げている自分を、父がよく思っていないことも、父が、自分が寝ている間に龍の住む森へ兵隊を差し向けたことも。


 だから、龍の体をあんな風にしてしまっている原因が、父にあるのだと。大切な友達を助けるには、きっと、もう会わないほうが一番の方法なのだと。


 それなのに、お姫様が自分の部屋でうずくまっていると、窓の外から寂しそうに鼻を鳴らす龍の声が聞こえてくるのです。お姫様は思わず窓へ駆け寄りました。


「お前はもう、私と会ってはいけないのよ」


 お姫様は、龍に向かって叫びました。


「私と一緒にいたら、お前は死んでしまう。だから、もう二度と、ここへ来てはいけないのよ」


 龍は、悲しそうに、長い、長い、遠吠えをあげました。それでも、そこを動ことはしないのでした。


 すると、その龍へ、何本もの矢が射掛けられました。お城の近くに龍がやってきたものですから、お城を警護する兵隊が追い返そうとしたのです。


 本当なら、龍は矢なんてちっとも怖くありません。自分の体を傷つけることはできませんから。


 けれど、今の龍の鱗は罅の入った石ころ。たくさん矢を射掛けられてはボロボロに崩れてしまいます。さらに悪いことに、お城の魔法使いが魔法をかけたのでしょうか。龍の足元の地面から、木の根っこのようなのが生えてきて、龍の足を絡め取ろうとしているではありませんか。それなのに、龍はちっとも逃げようとしないのです。


 それを見たお姫様は、部屋から飛び出します。  


 そのまま風のようにお城の廊下を走り抜けたお姫様は城の外へ飛び出して、兵隊さんの腰から剣を一本盗みます。


 仰天した兵隊長は、慌てて矢を射掛けるのをやめさせます。


 お姫様は、身の丈に合わない大きな剣を持って、龍の元へ駆け寄ります。いえ、その動きは、まるで龍に襲い掛かる者の動きでした。


 それでも、龍は逃げません。子犬のように首をかしげて、お姫様を待っています。


 お姫様は、泣きました。そして、龍の体へ、剣を突き立てたのです。お姫様の非力な力では、龍の体を傷つけることはできません。けれど龍は、びっくりして体を捩りました。


「お前なんて嫌い。大嫌い。早く何処へでも行っておしまい」


 そう言ってお姫様は、龍の足を絡め取っている木の根へ、何度も何度も剣を打ち付けるのでした。 

 

 龍は、誰もが聞いたことがないほど、物悲しい声をあげます。


 やがて龍の体が大きく動きました。足に絡み付いていた木の根を引きちぎります。その逞しき四肢は大地を蹴り、お城のあるのとは反対の方角へ走り始めました。


 緑の野を、駆け抜けます。お姫様と、何度も何度も遊んだ緑の野を。


 向かい風を受けて大きく広がった硝子の翼が砕け散るような音を立てて、空へ無数の破片を投げかけました。


 夜空の星のような煌めきが、青い空を無数の流れ星となって駆け抜けます。


 グンと、風をつかんだその翼は本来の姿を取り戻し、龍の体を持ち上げます。


 いつの間にか石の鱗は、森にひっそりと沸き続ける泉の色を映し、宝石の目は龍の瞳を取り戻し、青い空を捉えます。


 そのまま龍は、遠くへ、遠くへ、ずっと遠くへ、この世界の彼方へ続くといわれる山脈を越えて、飛んで行ってしまいました。


 お姫様と龍は、その後二度とは、会うことはありませんでした。会うことは、なかったのです。

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