オタ・ロード

かなた

オタ・ロード

 カチカチカチカチ!

 ガチャガチャガチャガチャ!


 パッドを叩き合う音が響き、画面に映し出されたキャラクター同士が激しい戦闘を繰り広げる。


「K.O.」


 レフェリーの声と共に表示されるその無情な二文字に、俺はガックリと肩を落とした。


「くそぉ、またかよ……!!」


「ふっふーん! 私に勝とうなんて100年早いぞ!! 出直してまいれ!!」


 敢えておかしな言葉使いをするこの女は、朱里あかり。俺のオタク仲間の紅一点である。


「まだ懲りてなかったのか、直哉氏。朱里氏には逆立ちしたって勝てねえよ…⋯」


 諦めモードで諭してくるのは、同じくオタク仲間の敏雄だ。


 そう、朱里はゲームが上手い。


 格闘ゲームに限らず、RPG、アクション、パズルなどなど、どれをやらせても勝てた試しがないのだ。


 セクハラだと言われても、女にゲームで負けるのはめちゃくちゃ悔しい俺である。


 せめてコイツが男だったら、スッパリ諦めがつくんだが――


 そんなことを思いながら恨めしそうにパッドを見つめる。


「パッドのせいにする気?単純に実力の差ってそろそろ認めよ?」


 またも朱里は小憎らしい台詞を吐いた。


「くっそー!! 覚えてろ!! いつかぜってー勝つ!!」


 どこからどう見ても負け犬の遠吠えにしか聞こえないと気付いてさらに落ち込む俺。


「直哉氏、どんまい」


「同情するなら、金をくれ!!」


 心底哀れみの目を向けてくる敏雄に対する苛立ちを、一昔前に流行ったセリフでギャグめかす。


「じゃあこれあげる」


 朱里が渡してきたのは一円玉だ。


「嫌がらせかっ!!」


 明らかに嫌がらせ以外のなにものでもない。


「しょーがないなー、じゃあこっちにする。釣りは要らねー」


 そう言って俺の手に紙らしき手触りのする何かを押し付けた。


 まさか?!


 期待半分で開けた掌には、1万円札が――子供銀行発行の。


「おめー、俺を舐めてんのか!!」


 キャッキャと逃げ回る朱里を追いまわす。



 敏雄と朱里は高専のクラスメイトだ。

 何の因果か同じゲームや漫画やラノベの趣味が合うのでよくつるんでいる。


 高専――高等専門学校。

 一般にあまり馴染みはないが、高校から5年間通う専門性の高い学校で、卒業すれば準学士、つまり短大卒の資格が貰えるのだ。


 察しが良ければ気づくだろうが、高専には女子が少ない。


 故に女子は女子と言うだけでモテる。


 中でも朱里は可愛い方だ。


 俺達は変な嫉妬のとばっちりを食うこともしばしばだが、当の朱里は何処吹く風。

 正直キモオタの部類の俺達と一緒に行動するのをやめようとしない。


 しばらく前に、どうしても気になって本人に直接聞いてみたところ。


「えーだって直哉と敏雄、一緒にいて楽だから。趣味も合うし」


 との事。


 まあ可愛い女子と遊べるのはこちらとしてもありがたくはあるのだが、やっぱりとても釣り合ってるとは思えない。




 TVゲームを終えて、集合場所の敏雄の自宅から朱里を送るのが毎度のお約束だ。


「くそー、今度こそかーつ!!」


 帰り道、石ころを蹴飛ばしながら叫ぶ俺に、


「無理無理!! 100万年早い!!」


 なんかさっきより年数が増えてる気がするが…


「じゃあ100万年かけてでも勝つ!」


「はぁ?なんでそこまでこだわんの?」


「お前に勝てたら…したいこと、あんだ」


「へぇー、なになに?」


「…俺が勝ったら教えてやんよ」


「じゃあ一生分からんじゃん」


 くそお、こいつめ!!


「あーあ、お前が男だったら良かったのに!」


 つい口が滑ってそんなことを言ってしまう。


 慌てた俺に朱里は、


「そうだよねー、私も時々思う。けどさ」


「うん?」


「最近は、思えるんだよね。女でよかった、って」


 突然そんな事を言い出す。


「なんで??」


「…それ聞いちゃう?」


「????」


 意味がわからない。


「だって…」


 そこで一旦言葉を切る朱里。


「だって?」


 復唱する俺に聞こえるか聞こえないかの小さい声で朱里は言った。


「…⋯アンタと異性でいられるから…⋯」


 へ?


「ちょっと待て、聞き取れんかったんでもう1回頼む」


「ばか、もう言わなーい!!」


 コノヤロウ、俺が先にちゃんと言いたかったのに!!


 なんだかゲームの勝ち負けに拘ってたのが虚しくなってきたぞ!!


 気づけばもう朱里の家の前だ。


「じゃーね!」


 そう言って家に入ろうとする朱里の手を取り引き寄せて、抱き締める。


 正直俺の心臓は今にもパンク寸前だ。


「…⋯直哉?」


 いつもと違うノリに戸惑ってはいるが、嫌がってるようではないのを確認すると、


「また明日、な」


 おでこに軽くキスをした。


「…⋯口じゃないからやり直し!!」


「はい」


 初めてのキスの味がどうとか聞くが、正直んなもん緊張で覚えてねーよ!!


 軽く唇が重なるだけのキスなのに、全身の血が逆流するかと思ったぜ!!



 その日から少し関係性が変わったけど、敏雄は変わらずで、3人の日々は変わらない。


 相変わらずゲームでは負け続けだが、なんだか楽しくなってきた。


 この幸せな日々がいつまでも続いてくれ、と願いつつ。

 今日もまたゲームでフルボッコにされに行くのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オタ・ロード かなた @kanata-fanks

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ