調理その十六 根暗男子の大会にかける想い

 で、だ。

 勿論もちろん気になったのは、

村上むらかみ君をここで呼んだってことは、つまり…?」

 藤島ふじしまさんが、このタイミングで彼を招いたってことだ。


「ええ、予想している通り、村上君こそ高校生レシピグランプリに出場できる数少ない生徒なの」

「ま、まじっすか…」

 あの膨大ぼうだいな企画と緻密ちみつ鍛錬たんれんを必要とする大会。即ちそれに出場できるほどの実力を、彼が持っているということ。

 やっぱり人は見た目だけではわからない。

「去年度は惜しくも準優勝の成績だったけどね。全校生徒の前で村上君、表彰されてたわよ」

「部長さん、もうし返さないでよ。また恥ずかしくなってきたじゃん…」

「あら、そうだったわね。あのときの村上君、もう体ガッチガチで製造ラインのロボットみたいだったわよね」

「だからやめてってばぁ…」

 ふふふと愉快ゆかいな笑みを浮かべながら、村上君をじっと見つめる藤島さん。

 村上君はむくっとほほを膨らませながら、ねた様子を見せてきた。

 部内だからなのか、藤島さんは俺以外にもサディスティックな裏の顔として接している。

 ただ、その毒舌加減は雲泥うんでいの差だろう。

 村上君相手では、精々せいぜいマムシくらい。傷口ができたとしても、すぐに痛みは治る程度だ。

 だが俺相手となると、最早キングコブラ。そのざっくりえぐらせてくる傷口は、中々治ることはない。

 あと数回喰らったら心療内科にレッツゴーだ。ははっ、全然笑えねえ。


「にしても村上君て、見た目によらず凄いんだな」

 そんな俺の発言を、彼は次のように一蹴いっしゅうした。

「なら君は、今まで僕をどんな風に見ていたんだ? ちなみに僕は君のことをお調子者—————」

「ああはいっ! もう分かったから! もうおなか一杯ですから、沢山ですからっ! これ以上は勘弁!」

「お、ユーキ。これから調理するかもしれないというのに、あえて満腹で来るなんて、流石さすが元運動部だね」

「ねえねえ千歳ちとせさん、これ以上話ややこしくしないでくれません? それに今日は部の説明だけなんだから、料理なんてしないはずでしょ」そう俺は手を横に振った。「そうだよね、藤島さん?」

「え…もしかして結城君。今おなか減ってないの?」

「何その反応、また今日も調理すんの?」

「いいえ…今日は部の説明だけだから料理なんてしないわ」

 俺の問いに対して、藤島さんが答えた。

「え、調理しないの?」

「何でそこちょっとがっかりなんだよ」

 落胆らくたんしたような様子の恋奈れなに、俺は突っ込まざるを得なかった。

「だって料理部といえば、料理することが活動でしょ?」

「大多数の学校はそうかもしんないけどさ、御宅の料理部は、流石に違うと思うぞ」

「珍しくこれは、結城君の言う通りね。千歳さん、うちは同好会じゃないのよ。ほんと、理解しているのかそうでないのか、よく分からない人よね」

 だが、そんな一般人と違う、どっか抜けているところがあるというのは、才能を持つ選ばれし人によくある特徴だ。

 まさしく恋奈は、水泳と共に文武において天性に恵まれた子なのだろう。

「えへへっ」

 当人は後ろ頭をいて何だかにやけているが。

 今の何処にめてるとこあったんだよ。


 聞けば村上君は母子家庭ぼしかていらしい。

 父親は出張中に見つけた愛人と不倫し、それがバレて離婚。

 当時村上君は、丁度物心がついた小学校低学年の頃。

 彼にとって、父親という存在はうらみそのものなのだ。

 今は、自分の下に3人いる弟妹ていまいのために、一日中働く母親の代わりに毎日料理しているらしい。

 その忙しさも相まってか、なかなか料理部に顔を出せない日々なのだそうだ。

 勿論、部長である藤島さんも、村上君の家庭事情については理解しており、気が向いたら出席する程度で良いと言っているみたいだ。

 裕福な家に暮らし、恵まれた生活をし続けてきた俺とは正反対に、苦労の多い過去を繰り返してきた村上君。

 そんな彼が、俺に対し良い感情を抱かないのは、自分でも容易に分かる。


「大会に出場する余裕なんて本来無いんじゃないの?」

 そこで当然の疑問を、俺は口にした。

 恋奈も思ったことが同じだったのか、うんうんと二回うなずいた。


「村上君、説明してあげなさい」

 藤島さんは、どこか優しさを思わせるような、まるで小学校のときの優しかった女の先生のような心地良い口調で、彼にそう言いかけた。


 村上君は、このハードなレシピ大会に精を出している理由を、淡々と伝えた。

「僕が、この高校生レシピグランプリで精を上げているのは、他でもない、母さんのためなんだ。毎日お仕事、育児に追われて大変そうな母さん。でも、僕がいつもご飯で作るのは、弟一人と妹二人のため。そこには、母さんに向けた料理はどこにも無かった」


 一度深呼吸した後、村上君はこう告げた。

「僕はいつしか、多忙な母さんのために料理をもてなしたい。一皿でも二皿でも作ってあげたい。 俺のつくったコースで、母さんの日々の疲れを癒してあげるんだ。そして勝手に出ていったクソ親父とは決別するよう言ってあげるんだ!」

 と、まるで弁論大会の舞台に立ったかのように熱く語った後、

「これが…僕の…高校生レシピグランプリにかける想いです…」

 祭りの後の残り火のように村上君の声は、段々と小さくなっていった。


 俺と恋奈は、彼の熱弁に心が奪われそうになっていた。

 恋奈の家庭は、両親とも水産に関わる仕事をされているせいか、父母で話のそりが合いやすく、仲の良い夫婦だ。

 自分もいずれ漁師の後を継ぐことが分かっているので、親孝行に関してはさほど考えていないと思われる。

 俺はどうだろうか。まず両親が近くにいない。

 父母共に海外に出張中であり、毎日担当の名取さんが食べ盛りの俺に料理をもてなしてくれている。

 毎日毎日悪い悪いと謝っても、仕事だからそんなに謝んないでいいよ、と適当にあしらってくれる。

 俺は、両親に出せる物なんて何もない。何も思いつかない。正直母の日や父の日ていうのが嫌いだ。

 両親に関して考えないようにして過ごせてきた恋奈と、両親に関して全く考えてこなかった俺。

 そんな二人とは真反対に、村上宗太むらかみそうた君はまるで生き急いでいるかのように、最大の親孝行を、こうして与えてきた。

 その立派さに俺達は拍手、いやスタンディングオベーションをした。いまにも「ブラボー!」と叫びたい。

 クラシックのコンサートにいれば、真っ先に立ち上がっていること間違いないだろう。


「完敗だぜ。村上宗太。俺もお前みたいに格好良く勇ましく生きてえよ」

「いやあのさ、『格好良く勇ましく生きる』って、君既に持ってるじゃん。持てない人のこと考えてから言った方が良いよ」

感動した俺と口数が減らない村上君は、別に何かを団結するわけでもないのに、こぶしを突き出して互いに触れた。


「あ、そうだ村上君。これから宗太って呼んでも良い?」

最後に突然、俺は彼を呼び止め、その回答は、

「いや、それは遠慮しとく。同情なんて要らない」

と、あっさり拒否されてしまった。


少々打ち解けたかと思ったら、相変わらず口の数減らないなあ!

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御曹司のお料理スキル養成生活 たっくす憂斗 @mori_one_mon

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