調理その十五 暗い男子生徒

家庭科室に突然現れた男子生徒。

彼の名は村上宗太むらかみそうた


俺とクラスは同じだが、接点は全くと言っていいほど無い。

クラス1の根暗な男子で、自己紹介も名前だけしか言ってなかった。

名前しか言わなかったのは瑠唯人るいとも同じだったが、あいつの場合は例外。


正直、何を考えているのか分からない男。

それが、村上宗太君の第一印象だった。


よし! これはまたとない機会。

クラスの相談役である俺が買って出て、彼の出るくいを伸ばしてみよう!


結城ゆうき君、紹介は、必要?」

「いや、要らない」

俺はそう即答した。

「本当にしなくてもいいのね? あなた、自分の興味持ってるのしか覚えない傾向があるけど、本当に要らないのね?」

「だ、大丈夫だって。分かってるからって」

この部長、いちいち俺に対して辛辣しんらつになってきてるな。

「じゃあユーキ言ってみて、彼の名前。ほら、さん、に、いちっ」

恋奈れなも、藤島ふじしまさんの俺に対する扱いに段々見慣れてきたのか、俺への無茶ぶりが多くなってきている。

俺は恋奈のカウントに合わせて、

「村上君でしょ」

と、素直に答えた。

「あら、ちゃんと答えられたのは意外ね。めてあげるわ」

「部長の中での俺、どんだけグレード低いんだよ」

藤島さんからの俺に対する評価に、苦笑しながらも肩を落とした。

こんなんで褒められても嬉しくねえわ。

「出席するの久しぶりね、村上君。いつ以来だったかしら。忙しい中来てくれてありがとうね」

「ううん。藤島さんには、いつもお世話になってるから」

「そうね。ところで村上君、千歳ちとせさんとは顔見知りだったよね?」

「うん、知ってる。千歳さんも、ただでさえ水泳部の方で大忙しなのに、うちにも足を運んでくれてありがとう」

「え、いいやそれほどでもぉ」

「お前何照れてんだよ」

「だって、あんま面識少ない男の子に、そうお礼されちゃうとねえ」

そう言って恋奈は、顔を突き出しながら、ぺこりと会釈えしゃくを何度かした。

「それと隣の男子生徒。彼、最近入部したんだけど、名前は知ってる?」

藤島さんが、俺の名前について知ってるかどうかを、村上君に聞いてくる。

ま、当然知ってるよな。

初日の授業。俺は出来る限り受けの良い、且つ印象に残る自己紹介をしたつもりだ。

俺と村上君はクラスメイト。間違いなく教室にいた全ての生徒が、俺の名前を覚えてくれたはずだ。


だが村上君は、

「知らない」

と、かぶりを振りながら即答してきたのだった。


「え…俺の名前、知らない?」

思わず俺は、そう聞き返してしまった。


「うん、知らない」村上君はそう頷きながら答え、更に言葉を重ねた。「けどお前が調なのは知ってる」


……。

…ん?

聞き違いだよな?

俺の耳がおかしくなければ、今とんでもなく毒舌な呼び名をくらった気がする。

念のため、俺は聞き返してみる。

「え、今、君何て言った?」

「お調子クソ野郎」

はい。確かに毒舌を受けてますね、自分。


「ええと村上君。初めて話す相手にいきなりそんな風にののしるのは、きっときつい冗談を込めた挨拶あいさつなんだよね。本当は俺の名前、知ってるんだよな? て、そこの二人、笑わないでくれる?」

藤島さんと恋奈は、俺の方に背を向けて笑いをこらえていた。


「お前がお調子クソ野郎であること以外、僕は何も知らない」

相変わらずの即答だった。


よっし。ちょっと急所狙って、分からせてあげちゃおっかな。

他人を見た目で判断し、簡単に見下してはいけないってことを。

俺はごほんと軽く咳払せきばらいした後、バキボキと手の関節かんせつを鳴らした。

「待ってユーキ! 早まっちゃダメっ。流石さすがにそれをやっちゃダメだってっ」

恋奈があせった様子で、俺の両腕りょううでに必死にしがみついた。

「放してくれ。これはもう、暴力という名の指導で分からせてあげないといけない」

「駄目駄目っ! 絶対にダメーっ! そんなのあたしが許さない―っ!」

恋奈がかたくなに、俺の両腕りょううでを放さない。

その勢いにハッと我に返った俺は、徐々じょじょに意識をクールダウンさせた。

「ふー…落ち着いた。助かったぜ、恋奈」

と、俺は恋奈からの鎮静ちんせいにより、何とか校内での俺の悪いうわさ蔓延まんえんする一歩手前で押し留めることができた。


「ごめん村上君、ちぃと取り乱しちまった。もう大丈夫だ」

そんな俺に対する村上君の反応はというと、「あ、はあ…」と、随分ずいぶん曖昧あいまいな返事をするのみだった。

「とりあえず俺の名前を教えてあげるから、今度こそは覚えてくれよな。俺の名前は結城征一郎ゆうきせいいちろうだ。ちょうど1週間前に料理部に入部したばかりの新人だ。これから男同士、よろしく頼む」

俺は改めて自己紹介をした。内容は当たり触りの無い言葉を選んだつもりだ。


「…ああ、よろしく」

だが当人は、俺に一切目を合わすことなく、全く抑揚よくようのない声で返してきたのだった。


こんなに露骨ろこつに嫌っている反応をされたのなんて、正直初めてだった。

またもや、前途多難ぜんとたなんな日々を送らないといけないことに、俺はもうため息をつくことしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る