第2話 りんご?リンゴ!

 私たちにテーブルにつくように促して、東雲さんはぶどうジュースを出してくれた。少年が好きなジュースだと言ったからだ。あまりカフェでは見ないと思うんだけど、よく置いてあったなと思う。

 まあ、彼のことだから、無ければ無いで二番目に好きなジュースを聞いたのだろうけど。


 この、カフェの店員にしてはいささか小汚い(あ、服装はちゃんとしてる。シャツもエプロンも綺麗)おじさんは、出会った時に詐欺師だと名乗ったのだ。ご丁寧に名刺まで用意して。

 胡散臭いったらありゃしない。

 再会したのは最近なんだけど、彼が巷で話題の……その、なんだ。私もファンだったミステリ作家だったらしく……

 というのは、まだ何か騙されているような気分なワケで。

 彼はまだ私の質問にちゃんと答えていない。小説家の『西雲にしぐも そら』なのかという質問に、彼はただにやけただけだった。

 著者近影やインタビュー記事に彼の写真が載ったことはないので、まるまる信じろと言うのは無理というものだ。


 そうは言っても、彼の担当の編集さんは従姉妹だというし、同じ場にやはり従兄弟の刑事さんがいた。彼らが否定しなかったのだから、それは限りなくなワケで。

 手持ちの彼の小説全てにサインをもらうことを条件に、私は今日、アップルパイを焼いてきたのだ。一緒に食べながら、あれやこれやの質問をしようと思って。

 しかし、この状況だ。パイはカウンターに乗せられたまま。

 東雲さんは両腕をテーブルに乗せたまましゃがんで、少年と仮面ライダーの話で盛り上がっている。

 子供番組まで網羅してるのだろうか。実は子供がいたり?

 いてもおかしくない年齢では、ありそうだけど。


「っだよなー? 気が合うな! ボウズ。名前、なんて言うんだ?」


 親指を立て合って、笑ってる二人。少年は目をキラキラさせながら、大きな声で返事した。


「コウキ! オヤマダ、コウキ!」

「おっ。偶然だな。おじさんはコージっつーんだ。コージとコーキ、コンビでも組むかぁ?」

「こんび?」

「ライダーたちみたいに助け合う相棒のことさ」


 少年は一丁前にうーんと腕組みをして考える。


「オレはいいけど、いちおうママにきいてみる!」

「そうか。いい返事を期待してるぞ」


 うん、と大きく頷いた彼は、目の前のジュースを喉を鳴らして飲み干した。


「よっこいせっと。こんな格好してたらうんこしたくなっちまった。ちょっくらうんこしてくるわ」

「うんこー?」


 立ち上がった東雲さんを見上げながら、ケタケタと楽しそうに少年は笑った。


「コウキ、アップルパイ食ったことあるか?」

「あるよ! ママがすきなんだ」

「そうか。じゃあ、ママには内緒かな? テリちゃん、あれ切って出してやりなよ」

「え? あ、うん」


 カウンターを指差して、後ろのポケットからスマホを取り出しながら、東雲さんはレストルームへと消えて行った。

 ちょっと待っててね、とカウンターの向こうを覗いてみれば、すでにまな板と包丁が用意されている。私が箱をカウンター台の上に乗せると、気付いた少年が駆け寄ってきた。カウンターを回り込んでるうちに椅子によじ登って覗き込んでくる。


「なあ、なんでリンゴのシールはってんの?」


 横に避けた箱を目で追って、コウキ君は聞いた。


「え? アップルパイだから。前に買ったシールが余ってて」

「……アップルパイにはいってるのって、リンゴ?」

「へ!? あ、そう、そうだよ。りんごを煮て作るの……シナモンとか入っちゃうと、確かに別物にも思えるかな……えっと、今日はシナモン入れなかったから、だいぶりんごの味だと思うけど……」


 包丁を入れたアップルパイは、まだかろうじてサクッと音を立ててくれた。お皿に乗せて差し出せば、少年は「へぇ」って言いながら、しばらくそれを見つめている。

 ようやくフォークを持ったかと思うと、勢いのままぶっ刺して、口から迎えに行った。ぽろぽろぼたぼたと崩れるパイに垂れるフィリング。口の周りもかなりの惨状だけど、少年はお日様のような笑顔を見せた。


「ほんとだ! リンゴだ!」



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