したいこと

黒心

したいこと

 したいことがあった。なぜ過去形かというと、達成できないと分かってしまったからだ。


 ここにいい彼が書いた手記がある。冒頭にそう書かれている──恐らく後から付け足した。決して怪文書ではなく、普通の日常をつづった和やかなものだ。


 例えば……


『一輪の花が咲いた、赤い液を吸わせると本当に赤くなるらしい』


 写真も同封されている。真っ赤な花だ。どんな種類なのかわからないが、肌色の地面にさしているようだ。


 赤い線で強調されたお気に入りであっただろう文がある。


『親の写真を部屋に飾った。酷くしわがれているけど次はない。反省の第一歩として、次は薬品できれいにしてみよう』


 彼の部屋にはいくつもの写真があったはずだ。似たような記述がいくつもある。自室の光景については記載がないため予測もできないが、クレームがあったと書いてある。近所付き合いが上手くいっていなかったのか。


『一か月ほど家を空けて久しぶりに帰ってきたら早速隣人がクレーム入れやがった。臭いらしい。ああ、生ものを入れていた冷蔵庫が壊れてたわ。くそが。なんか漏れてる。隣人には消臭剤のお金をやって帰らした』


 冷蔵庫の処理について苦悩する姿が目に浮かぶ。きっと虫もはびこっていただろうから相当な手間だろう。

 ちなみに、一か月どこへ行っていたかも書かれている。


『いい立地を探し始めて三週間。重い荷物をもって歩き疲れたが価値のある場所を見つけた』


 具体的な場所は明記されていない。警官は気にしてなかったらしく、誰も来ない一人になれる場所を見つけたみたいだ。場所探しを始める前にクーラーボックスが部屋に入りきらなかくなりそうだと書いてあったから、おそらくキャンプや釣り場所ではないだろうか、彼の住んでいた部屋はせまっかたようだからさらに狭くなったのだろう。


『俺一人暮らすのが精いっぱいだったのにクーラーボックスを何個も買ってしまったせいで寝る場所がなくなってしまったよ。後悔はしてない。まだまだ増えるだろうから置き場所でも探すとする』


 アルコールをたくさん購入していたらしく、酔っぱらって書いた記述などもみられた。かなりの酒豪であったらしくて、部屋が汚物で染まったこと、そのせいでしたいことが遠のいてしまったと嘆いている。廃棄しなければならないと書いてある。


『せっかく綺麗にしものが汚れちまって捨てるこのにした。まだまだだな』


 また薬品できれいがどうとか、アルコールを買いまくって怪しまれたとか、隣人がうざくなったから黙らせたとか、満足のいく生活ではなかったことが窺い知れる。幸せではないがしたいことに向かって努力するさまが手記をとおしても感じてれる。

 最後のページのみ今までとは趣向が違う文章となっている。


『したいことがついに達成されるはずだった。人間を分解すれば、きっと人体と感情の二つが浮かび上がるはずだ。でも、にんげんとはそれが混じり合ったものであって、綺麗に分解できるものではないだろう。挑戦に挑戦を重ねていくと、驚くことがわかったりもしたものだ。腕と足は似て非なるものである、胸から分解するのは止めたほうがいい、様々な事実がまざまざと目の前に飛び出した。特に素晴らしいのは、人体は芸術的であると心で感じと手たことだろう。内臓も分解すれば機能的でありながら人工物らしくない芸術性を秘めている。ただ最後に脳には手を出せなっかった。感情と最も密接にかかわっているであろうものだったからだ。ほかのやつは分解しても感情は見えなかった。つまりだ、つまり。俺のしたいことは達成されなかったということだけだ。人体と感情の二元化は複雑であるらしい。さて、窓を開けよう』

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したいこと 黒心 @seishei

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