男子高校生の一人語り
倉成 義乃
戯言
僕の名前は……いや、止めておこう。今から恥を語ろうというのに自己紹介はよろしくない。
強いて言うなら、『平凡な男子高校生』と言うことだけだろう。皆と違う事と言えば少しだけ、本当に少しだけ背が小さい事だ。
思えば、僕が悪かったのだと思う。中学校で偏差値60をキープしていた僕は、難関高校に行くには少し学力が足りず、近くの馬鹿こ…否、頭の中がファンタスティックな高校に行くのは嫌、そんな我儘な奴だった。だけど、こんなのはあんまりでは無いだろうか。
確かに僕は比較的頭の良い私立の男子校に推薦入試で受かった。受験当時、少しの違和感を覚えなかった訳でもない。しかし、それは気のせいだろうと、緊張が産んだ幻覚なのだろうと思い込んだ。僕が元いた中学は共学だったので気にならなかったのだ。だが、僕が受けた高校はほとんどがスポーツ推薦で来た人達で固められたクラスだった。
1+1=2。この数式は誰もが認める簡単な数式。小学1年生でも出来る、もしかしたら、幼稚園児でも解けるかもしれない。まぁ、僕は1+1=10と言う2進数で計算する、生意気な時代が有ったのだが。そんな事は置いておくとしよう。簡単な数式というのは見たら分かる。原理や仕組みを知らなくても、脊髄反射の様に解が出せる。世の中の常識と言うやつだ。もし仮にテストの紙の色が白から赤に変わったとしよう。そのせいで一桁の足し算を間違える事があるだろうか。いや、無い。そう無いのだ。どんな場所、どんな時、どんな人であろうと間違えない。気づいてしまう。分かってしまう。僕とクラスメートとの身長の差が如何程の物かなんて。
僕は鏡が嫌いだ。僕の寝室の目の前には化粧台があるのだが、その鏡が廊下の奥まで映るような配置になっているのだ。深夜に水を飲もうとリビングに移動しようとすると必ず目に入る。鏡は卑弥呼が呪術に使用したように、彼岸と此岸を繋げる役割を持つと考えられているのだ。そんな事を知ってしまったがゆえにとリビングに行くのが嫌になってしまった。昨日も水を飲みに行ったのだが、やっぱり気になる。通り過ぎるちょっとの時間、一秒にも満たない少しの間、顔を反らせばなんの問題も無い、悩む時間の勿体無いような事。なのに、なのにだ、どうしてか分からないが見てしまうのだ。ちらっと。勿論そこに心霊現象などない。少し怯えた自分の顔が映るだけである。僕としては、見てしまえば怖さは吹き飛ぶ。「なんだ、居ないのか」大概こんな事を思っている。出ないお化け程怖くないものは無いだろう。
しかし僕が一番怖いのはこの状況では無い。先程語ったのは夜、一人で、鏡と対面、という怪談でよく耳にする在り来たりな物だ。僕が最も恐怖心を抱いているのは昼、友達と、ショッピングモールで、だ。
僕はあの日、クラスメート三人と大型ショッピングモールに遊びに来ていた。午前十時に駅で待ちあわせて、市内まで行く流れになっていた。田舎に住んでいる僕はファションを気にしたことが無かった。一年中とは言わないが、ジャージで過ごすような男子高校生だったのである。今回はそれが仇となった。
店内をウロウロして、一時間弱が経った頃一人の友達が爆弾発言をした。
「お前の服…面白くなくね」
「………」
一瞬何を言っているのか分からなかった。
「いやさ、ジーンズに黒いTシャツってお洒落としてどうよ」
「あぁ、これしか無いんだよね」
ここで、僕は話を盛り上げる為に冗談を挟んだ。しかし、この後僕は後悔する事になる。
「じゃあ、俺が選んであげよう」
自分にはセンスが無い。そんな僕に取ってこの提案はとても魅力的に見えたのだ。
そんな会話から二十分後、僕は試着室で半ズボンにパーカーを羽織り、首からチェーンをぶら下げるやばい人に成り代わっていた。ふと、試着室の鏡を見てしまった僕は唖然とした。「な…何だこの、ちょっとイキってヤンキーの、格好をしてみたちょっと痛い中学生みたいな人は」と。結局、鏡のトラウマを植え付けただけでこの場は終わった。だが、僕を襲う悲劇はまだ終わっていなかったのだ。服屋を後にして友達と歩いていると、ガラスに映る三人を目撃した。そこに映っていたのは二人の男子高校生に挟まれた、まるで中学生のような自分だった。
その日から僕はクラス写真と鏡が嫌いになってしまった。僕は今クラスのマスコットキャラクターのような存在になりつつあった。休憩時間になると僕を膝の上に乗せてくる奴がいる。歳は変らないのにも関わらずだ。僕をなんだと思っているのか、もしかしたら本当に歳下だとでも思っているのか。相談したとき親はこう言った。
「高校生でも成長する人沢山いるよ、これからに期待だね」
これを期待していた時期もあった。だが、健康診断の結果成長したのは0.1センチ。もう僕に希望など無い。
ここに書いてあった事は、一人の男子高校生の戯言と取ってくれて構わない。ただ願う事ならこういう思いの人がいることを、心の隅に置いといて欲しい。
男子高校生の一人語り 倉成 義乃 @KuranariGino
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