第37話
木の中は洞窟のようだった。僕は先へと歩いている。歩いている意識は無いのだが、歩みは止まらない。目につく明かりのようなものは無いけれど、足元は照らされている。先に続く道は、どうやら急な坂道になっているのだが、坂を登っている感覚はなく、ずっと平坦な道を歩いているようだった。まるで回る車輪の中を歩いているみたいだった。不思議だった。暫くすると大きく開けた場所に着いた。
あたりは暗闇のような、海のような、空のような、後ろを見ると歩いてきた道はなく、下を見ると、何もなく、落下しているような、あるいは上昇しているような不思議な感覚だった。
「ここまで来たのね」
伸びやかな少し甲高い、懐かしい声がした。
「ツクモ?」
「うん、私」
声はするがツクモの姿は見えない。
「久しぶりの君の声だ。姿を見せてよ」
「私の体はもう無いの。だから誰かの体を借りるか、夢を使うしかできないの。でもどちらの方法もその人の精神に大きく影響されるから、凄く難しい」
「ねえ、君はもう死んでいるの?」
「うん」
「そうか・・・、寂しいよ」
「私も。そしてもうここにも留まる事が出来なくなった。行かなくちゃいけない」
「どこに行くんだい?」
「また違うどこか」
「その前に俺に会いに来てくれたんだね」
「うん。だって友達でしょ」
「ああ」
「志村も会いに来てくれた」
「うん、世界で唯一の大切な友達だからね」
「うれしい。そしてあなたにも友達とは違う大切な人ができたんでしょ」
「そうだよ。でもこの世界にはいなかった。僕は彼女さえいればよかったのに、怒りにまかせて違う事を望んでしまった」
「それは、因果のもたらす結果なの。私は物事を叶える事はできない。私は幾重にも重なる運命の一つに木の力を使い、あたをいざなっただけ、その運命に百瀬という子にあなたは出会わないのよ」
「ツクモが生きている運命には行けないの」
「勿論その運命もある。けれど私にその運命を選ぶ事はできない」
「もし、僕が、元の運命に戻して欲しいと言ったらできるの?」
「その運命がどういった結果になるか、あなたは知っているはず。それでもいいの?」
「ああ、僕が選んで来た運命だ」
「うん、わかった。最後にやってみる。これからもあなたは選択する。それがあなたに与えられた尊い、権利」
「ありがとう。また百瀬には会えるそれは強く感じるんだ」
「ええ、あの子は持っている。あなたの望む未来は過去に干渉する。そのサインを見逃さないで」
「ツクモ、君とはまた会えるのかい?」
「ええ、いつかきっとどこかでめぐり合うよ。私達は円環の中で干渉し合っているのだから」
「ツクモ、ありがとう」
「うん、またね。今度はちゃんとベーコンエッグを作ってあげる」
ツクモの声は消えた。
僕は何もない所から歩きだした。僕が歩くから道ができていく。僕が見るからあたりはもとの風景へと戻っていく。洞窟は、ゆっくりと登りになっていき、やがて、行き止まりになった。壁は柔らかく湿った土だ。触れると、血管のように、遠くで水脈を感じれる。僕は掘った。掘りながら上っていく。手が空気に触れた。冷たく僕の手に絡み付いてくる。
僕は最後の力を振り絞り、頭を出した。肺の空気が一気に入れ替えられ、僕は呼吸をした。随分久しぶりの呼吸のようだ。ここは、僕の街?木の根元?
それとも・・・。
いや・・・、どうでもいい。
僕は冷夏を探さなくちゃいけない。
冷夏を探して 北乃イチロク @6range
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