馬車にて…




「おはようございます、お父様」


よそ行きだけど華美じゃないワンピースを着て、玄関ホールで待っていると、家令のジョージと執事のマックスを連れたお父様がやってきた。


「おはよう、準備はどうだ?」

「はい、騎士団の資料整理と偽るなら、動きやすい服と靴、それと最低限の筆記用具は必要かと思いまして…。後はとっさの時に顔を隠す帽子と扇子ですわ」

「そんなものでいいだろう。念のため後で騎士団の紋章入りの筆記具を用意しよう。あの家庭教師殿にも、お前の口から報告が必要だろうからな。証拠は多い方がいい」


そうなのよ。反乱軍の任務をするにあたり、例の家庭教師を欺く必要があるので辞めていただきたかったのだけれど「結婚するまでは教団の教えを説く、これは王命だ」と言って譲らなかった。


でも家庭教師が来る日は任務に行けなくなるので、正直に「社会勉強の一環で、騎士団の資料整理の手伝いをする。来る日を大幅に減らして欲しい」とお願いし、これはしぶしぶ聞き入れてもらえた。

今まで私が敬遠な教団信者を演じたおかげだ…と、思っている。多分。


「あ!お父様、リリアの役はどうしましょう?そのまま私の侍女という形でよろしいのでしょうか?」

「そうだな…とりあえずお前がシルフィーナとして動く時は侍女で統一しろ。リリアもシルフィーナの側を離れるな。隠密として動く時は…そのうちリリアにも別任務に当たってもらう予定がある、同胞とだけ説明するがいい。それで伝わる」

「はい!」

「かしこまりました」


お父様との話が終わると、家に残る家令のジョージが近付いて来た。


「お嬢様、反乱軍はお嬢様が参加される日を心待にしておりました。皇太子の婚約者、今後一番の被害者になったであろう貴女様が5年前に立ち上がられた事で、私達も勇気づけられました。私は家を守るために残りますが、今日の晴れ舞台、胸を張って堂々と行ってらっしゃいませ」


父より年上で白髪混じりの好好爺といった感じのジョージが、涙ぐみながら熱いメッセージをくれた。

前にキースからも「会議が待ってる」的な事を言われたけれど、もしかして、知らないうちに象徴とかにされていない…よね…?

肯定的な返事をして変に期待されても困るし、どう返したものか…と悩んでしまった。


「ジョージさん!重いですよ!」


と、助け船を出してくれたのは、まだ若い執事のマックス。

家令のジョージは父が不在の時に家を守るので、変わりにマックスが父と一緒に行動し、補佐と護衛を務めている。

2人ともパッと見は細身で礼服を着ているので戦闘派に見えないが、反乱軍の暗殺部隊と同じ力量はあるらしい。

そういえば先日も任務に着いていて、家にいなかったもんなぁ。

この分だとメイド長とか料理長とか庭師とか…いや、もしかすると使用人も全員反乱軍仕込みの技が使えたりして…?


「重いとは失礼な!私達の念願だぞ!?お前はあの頃を知らないから、そんな事が言えるのだ!」

「だからですよ!お嬢様が知ってると思いますか?」


ハッとした顔でジョージがこちらを見て、深々と頭を下げた。


「…お嬢様…。出過ぎた真似を…失礼致しました…」

「いいのよ、気にしないで?私も…ザックリとだけれどお父様から話は聞いているので、横で見てきたジョージの怒りは最もだわ」


お優しい…と目をハンカチで拭っているジョージに家を託し、私達は馬車に乗り込んだ。








箱馬車は、父とマックスが乗る家紋入りの華美な物と、私とリリアが乗る家紋なしのシンプルな物と、2台用意されていた。

父は常に居場所を晒し、裏などないように装っている。

が、私達は最悪そのまま任務に移る可能性もあるので、念のため他の馬車に紛れられるようにしておく。


「ねぇリリア。貴女は昔の話を知っているの?反乱軍でどれくらい認知されているものかしら?」


ガタガタと石畳の上で揺れる車内で、先ほどふと頭を過った疑問をぶつけてみる。

今まで技を磨いて認められる事だけを目指していたので、反乱軍そのものの知識が無さすぎた。

屋敷の者が全員同士なので、存在が当たり前になっていたのも疑問を抱かなかった原因でしょうね。


「…そうですね、まず反乱軍の起こった経緯から説明しましょうか」


リリアの語った話は、130年前まで遡った。




---





いつから存在するのか、歴史書にも載っていない魔物の国。

便宜上国と呼んでいるが、誰が治めているのか、それとも魔物が自生しているだけなのか、調査に入って帰って来た者はいないので現在も何も分かっていない。


ただ、普段は国境の森から魔物が時々現れるだけで、それを騎士団が討伐すれば問題ない事から、本格的な調査は行われていない。


ところが今から約50年前、魔物の大量発生、所謂スタンピードが起こってしまった。

歴史を振り返ると、数十年に1度同じことが起こっているが、その度に書かれているのが「強大な魔術で魔物を殲滅した」のみ。具体的な対処法は不明。


騎士団は約130年前、スタンピードの前兆を察知した王が作ったとされている。

それなら騎士団内に詳しい資料があるだろう…と思いきや、130年前は識字率が高くなく、後年に口伝を書き写した物があるだけで、詳しい情報は書かれていない。


ならば50年前は?

この頃には王都やそれに準ずる都市では最低限の読み書きと計算の学校が普及していたので、地方出身者や、子供も稼ぎに行かなければならない程の困窮者でなければ、報告書や記録として残っているはずだ。


ところが。これが団内の資料室に一つもない。

…原因は王家と教団にあった。



130年前の王は聡明で華美を好まず平等を良しとし、良政の元、誰でも無料で利用出来る学校や治療院を作り、神頼みの教団に入れ込まず、騎士団を作った。


その結果、今までのスタンピードでは国境近くの村に来た魔物をその場で討伐しており、村に被害が出ていたが、この時は国境で騎士達が待ち構え先制攻撃を行った事で、団員の被害は少なくなかったものの、村に被害は一つも出なかった。


王と騎士団は国民に支持され、寄付金だけ巻き上げ神頼みで何も行わなかった教団は教徒を減らしていった。


ところが王が倒れ、息子に政権が移った頃から教団の力が振り返す。

支持率の高い偉大な父と比べられ失望されてきた新王は、教団の教えに傾倒し、教団の傀儡となってしまった。

噂では食べる物すら神に尋ね、自分の意思では何一つ決めなかったそうだ。


その息子もまた然り。

悪い流れは続いていく。




そして決定的になったのが50年前。


魔物が増え予兆を感じ取った騎士団は、前回のスタンピードの時と同じように、ほぼ全ての勢力を国境に配備した。


その間に教団が行ったのが、なんと異界からの「勇者召喚」。

しかも歴史書にある「強大な魔術」とは勇者にしか扱えぬ術の事で、いつも秘密裏に行っていたと発表した。

国民も初めは信じていなかったものの「黒髪」というこの国ではあり得ない髪色と、6属性全ての魔術を使う事から、教団の喚んだ救世主を信じ、期待した。


しかし召喚直後の勇者は、魔力・能力共にとてつもなく高いものの、魔術を使うすべを知らず、訓練に時間が必要だった。


日々増える魔物を狩り続ける騎士団。

勇者は喚んだものの、直接的な対処をしない教団。


人々の関心はまた騎士団に戻り、この国を護ってくれるのは騎士団だと思い始めた頃。

スタンピードが起こり、騎士団が全滅したとの噂が流れた。

人々は絶望し、避難の準備をしている最中、国境で大規模な魔術が発動された。

それにより魔物は殲滅された。

そしてその術と言うのが、歴史書に書かれた「強大な魔術」の事で、発動したのは勇者だった。

…と、教団が発表した。


人々は真実は分からないものの、スタンピードが終わった事、また討伐に行った騎士団が戻らなかった事から、教団に感謝した。


しかし教団の思惑と異なったのは、騎士団が人々の支持を失わなかった事。

戦える騎士達が皆揃って帰らなかったので、そのまま解体されると思った騎士団だったが、実戦に出ていなかった訓練生や、既に引退していた年配の指導騎士が舵を取り、希望者を束ね、新たな騎士団を作り上げてしまった。

そもそも騎士団は王家から運営費用が出ている訳ではなく、倒した魔物の素材や肉を売った金で運営しているので、国や教団が介入する術はなかった。


…実はこの新たな騎士団こそが、反乱軍の始まりだった。


多くの帰って来なかった騎士の家族が疑念を抱き、何か手がかりはないかと国境の戦場跡へ行った。

遺体はまとめて焼かれた後で、遺品なども判別出来るものは少なかったが、焼け残った防具が背中側に大きな損傷のある物ばかりだった。


また、かろうじて逃げ延びた者や、負傷して戦線離脱していた目撃者からの話で「教団が騎士団の後ろから襲った」という説が濃厚になってきた。

魔の森から出てくる魔物を相手にしている状態で、自国である背中側を誰が注意しただろうか。

前は魔物、後ろは教団。

ろくに抵抗も出来ぬまま、殺されたに違いない。


この話を知った騎士団の家族は、結託して教団や王に訴えたものの「証拠がない」「僻みだ」と取り合われず、さらに目撃したと申告した者が続けて暗殺されたので、この件は表に出しても負けるだけだと悟った。


この結託した家族が、表向きは騎士団に所属し、裏で反乱軍となったのだ。


教団の手柄の為に殺された、家族の無念のために。





---





「50年前…ですので、ジョージさんは当時10歳程だと思われます。おそらく戦場で殺された騎士の子供でしょうね。家族が教団に殺され、また公爵様の大切な方が人質に取られた時もすぐ側でご覧になっているはずです。教団への恨みは人一倍かと」


…あまりの出来事に、私は声が出なかった。


騎士団と教団が昔からいがみ合っているのは知っていたけれど、まさか平気で殺人までしていたとは…。


「…この話は、反乱軍の人は皆知っているの?」

「ええ。そもそも50年前に殺された騎士の親族が、真実を知って自らの意思で加入する場合がほとんどです」

「じゃあ親族の紹介で…って事になるのかしら?」

「そうですね。ただ例外もあって、騎士団に所属している者で反乱軍に欲しい能力の持ち主には、こちらから誘いをかける事もあります。もちろん出身や身辺を探って、安全だと判断してからですが」


安全じゃない?騎士団に所属する時点で身辺調査は行われるはずだけど?

私の疑問が顔に出たのでしょう、リリアが説明してくれた。


「騎士団に所属するには、騎士学校を卒業する方法と、入団試験で合格する方法の2種類ございます。騎士学校は在籍するのに莫大なお金がかかると言う事を前提に、入団試験は主にお金のない地方都市の貴族や、家庭教師をつけられる裕福な商家、能力や魔術の優秀な平民となります。この方法で入団する方は徹底的に身辺調査され、教団と繋がりのない者だけが入団出来ます」


うんうん、ここまでは分かるわよ。


「そして…問題なのが騎士学校から入団する者です。これは騎士団創立当初から変わっていない方針なのですが、騎士学校に入学するにはテストがあり、逆にそのテストで一定の成績を修めた者は必ず入学出来てしまうのです」

「…それが何か問題かしら?」

「身辺調査が行われない…としても、ですか?」


まさか!上位貴族が大勢在学しているのに、身辺調査が行われないなんて!


「曲者とか暗殺者とか、入り込み放題じゃない!」

「もちろん、高額な入学金と1年間の学費を一括で納められる者しか入学出来ませんので、それが払えるのは上位貴族だけという事になります。もちろんお金さえあればいいので、時たま豪商の子供が入学し、話題になっていますが」

「…?じゃあ何が問題なの?」


リリアはふぅと溜め息をつき、残念な子を見る目で私を見た。


「…キース様の事をお忘れですか?」

「あっ…!」


そうだった!お金と学力と能力と魔力さえあれば、騎士団でも教団でも、どっちでも入学出来るのよ!


「騎士団学校に、教団の親族が入学していると言うことね!?」

「そうです。更に問題なのが、騎士学校を卒業すれば、自動的に騎士団に所属するという点です。身辺調査する機会もなければ、教団関係者と分かっていても入団を拒否する事が出来ないのです」

「そんな制度、変えてしまえないのかしら?」

「学校は国の制度なので、それを変更しようとすれば教団側も同じように変更されます。つまりこちらの安全性は増すものの、教団にスパイを送り込む事が難しくなります。なのでお互い静観…と言ったところでしょうか」


そんな制度なんて変えてしまえば…と思うけれど、色々思惑があるのでょうね…。

揺れる馬車の車内なので、冷ましてポットに入れてきたお茶を飲みながら、考えすぎて痛んできた頭を軽く揉む。


「お嬢様、ですので騎士団=反乱軍ではございません。わたくしは以前、騎士団に所属していましたが、大半の者は一度も所属しません。また騎士団内部に教団のスパイもいると思われますので、騎士団本部でも密室でしか反乱軍の話はされませぬよう…」

「…分かってるわよ!」


…気を抜くとうっかり話してしまいそうだわ…!


「あ!そういえば私、反乱軍の組織の大きさ?とか知らないのだけど…!今から会うのに不味いわよね…?」

「お嬢様…それは不味いです。と言うより、公爵様からお聞きにならなかったのですか?」

「いや、すっかり忘れてました…」


またまた残念そうな目で見られたけど、今更ですもの!

気にならないわ!…嘘です。間抜けな自分に涙がこぼれそうです…。


「まず…反乱軍に基地はございません。強いて言うなら騎士団の反乱軍に属している方の政務室がそうですわね。公爵様はもちろん、他の上層部の方の大半がそうですわ。でもこれは確認の仕様がありませんので、公爵様が紹介して下さる方だけを信用して下さい」

「…もし誰かから「同士だ」と声をかけられても?」

「カマを掛けられている場合もありますし、そもそも政務室で顔合わせをしていない相手は信じるに値しません。特に今回のお嬢様の任務は特殊です。反乱軍内でも議題に上がるのは会議の時のみ、しかもメンバーは明かしておりませんので、政務室以外では知らぬ存ぜぬを通して下さい」


気さくに話しかけてくれる人を無下にするのは気が進まないけれど、反乱軍の存在がバレると皆に迷惑がかかる。と言うか死刑だ。

…そうならないように、鉄の意思で接しよう。


「それと、騎士団に所属していない反乱軍の取りまとめは、騎士団に食品を納入する商家が行っています。毎朝団員の食料を持って来るので、受け取り騎士を反乱軍に担当させ、そこで指示書を渡したり報告を受け取ったりします」


なるほど、反乱軍の外のボスって感じね?

騎士団は父が纏めて、外は商家って事か。


「それなら騎士団に所属していない人は、どうやって技を磨くの?」


ジョージとマックスも表向きは政務手伝いで、戦えない事になっている。…実際は暗殺部隊並みだというのに。


「商家の販売店の裏庭で行っています。なので見せかけはその店で働いている事にしておき、実際は技を学んでいます」

「なるほど…。それなら毎日通って当たり前だわ。考えたわね…」

「街の実働部隊は人数が多くないので出来る事ですわ。ほとんどの者が情報収集に動くので、諜報や隠密の技だけ教えればいいですし」

「じゃあ他のメンバーは何をしているの?」

「主に反乱軍の貴族の使用人達や、商家の使用人ですね。家の中を同士で固めておかないと、万が一話を聞かれると死刑ですからね。他は街で普通に仕事や生活をして、噂等の情報収集をしています。街民の噂と言えど、時々核心をつく内容もあるので重宝しています」


なるほど…!家の中の全員が、暗殺技術を持っているわけではなかったのね。


「良かった!料理長やメイド長、庭師のお兄さんとか、今御者をしている馬丁は暗殺技術は持っていないのね…!」

「何を言っているのですか?屋敷の警備に当たっている庭師や、護衛も兼ねている御者は、わたくしよりも強いですよ…?」


…そんな事実、知りたくありませんでした…。

え?もしかして屋敷の中は暗殺者だらけなの?


「あと、反乱軍の実働人数についてですが、そこは「屋敷丸々数戸分+騎士団半分」くらいと思って下さい。まぁそこそこ多いですね。何も知らない街人も、教団には良い思いを抱いていないようで、潜在意識的に味方は多いです」


屋敷の規模によっても違うけれど、平均で使用人20人とすれば掛ける戸数。5とすれば100人ぐらいかしら?

騎士団は5つの部隊に分かれており、各部隊約100人の計500人、訓練中の新人が約100人、事務などの非戦闘員や引退後の指導騎士が約100人ぐらい?

じゃあ合計…700の半分で350人の、450人?


「450人!?実働でこれって、かなり多いわね?」

「実際日々動いているのは、街に住む隠密部隊ばかりですけれど。騎士団本部の出入り口はおそらく教団側も見張っており、異なる方法で出入りしない限り、顔を覚えられてしまいますので」

「それって何人ぐらいなの?リリアも含まれるよね?」

「そうです。情報を掴んで直ぐに指示を出されますので、他の家の使用人や町民に指示を飛ばしているとタイムラグが発生しますし、それに誰かに見咎められる可能性も高いです。なので貴族の騎士団員が持ち帰り、屋敷で働いている隠密部隊を出動させるのです。随時…になりますので、何人と言うのは難しいですね」

「じゃあ騎士は?何をするの?」

「日々の街の見廻りがありますので、それを利用してあやしい場所に踏み込んでみるのが主ですね。後はゴロツキの指示書が見つかれば、それを止めに行くのは騎士団です「町民から情報があった」とか「見廻り中だった」と言えば通用してしまうのが騎士の良いところですね」


街の隠密部隊が情報を取得し、動くのは騎士団って事ね。

私も今日からその隠密部隊の一員…!

怖いような気もするけど、でも長年訓練してきた技で役に立てると思うとワクワクしてきた…!


「お嬢様、もうすぐ着きますわ。味方は多いですが敵もいます。気を引き締めて下さいね」


…リリアの聖属性魔術って、心の中が読めるのかしら…?



馬車のスピードが落ちてきた。


さて、頑張りましょう!




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公爵令嬢は夜に駆る~婚約なんてお断り!私が国を救ってみせます!~ 誘真 @yuma_write

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