第四話 ヒカゲとディン

『あー・・・昨日はこっぴどく怒られてしまった・・・折角ギガさんの所まで行ってアドバイス貰って来たのに、全然直せなくて、結局大目玉だった・・・流石にもう少し文字数増やすべきだったのかな・・

 何か最近空回っている気がする。あそこにいた時は、もう少し違ったはず・・・何が違う・・・』


 考え事をしながら階段を降りていると、リビングのソファで眠るリンが目に入った。


「うわっ!」

 思わず大きな声を出してしまい、口元を押さえる。階下まで降りると、いつもと変わらない様子のレッティと目があった。

「ちょっと疲れているみたいなの。起こさないであげてね。」

 苦笑し、起こさないでと話すレッティに、珍しいこともあるもんだとヒカゲは思った。いつもなら、「いい加減に起きなさい!!」と叫んで、ベッドの横で鍋を叩くのがレッティだ。

「はい。」

 レッティから昨日の作文を手渡される。

「手直ししようとして途中で寝ちゃったみたいなの。」

 ヒカゲは目を伏せ、すまないなぁと思った。

「私も作文の事はよく分からないんだけどね。作文の事ならリンよりもディミヌエンド君に聞く方が良いと思うわ。きっと得意だと思うの。」

 真意は分からなかったが、ぺこりと軽くおじぎをすると、階段を上がりディンの部屋を訪れた。

-コンコンコン-

 ノックをするとすぐに扉が開いた。ヒカゲはなるべく失礼がない要に、にこやかな顔でお願いをする。

「作文教えてください。」

「断る。」

 即答だった。

「俺の部屋には入らないでくれ。」

 言葉と同時にドアが勢いよく閉められる。ヒカゲは絶望し、無意識に口が下に落ち、目は半開きになった。

 しばらく扉の前で脱力していたが、気を戻し泣く泣く帰ろうと思った時、再び勢いのよいドアの音が響いた。

「同じ顔をするな!!!」

 ディンが勢いよく登場し、意味の分からない言葉を放つ。

「リタルダンドそっくりの情けない顔をするんじゃない!!!」

 ヒカゲは口をぽかんと開け唖然とした。長く一緒にいるわけでもあるまいが、知らぬ間にリンの癖や表情が移っていたようだ。

「全く!兄弟でもあるまいし!!」

 ディンは顔を真っ赤にして怒り、人の事を指さし捲し立てる。

「いいか!あいつの様にはなるなよ!あいつはいざという時は頼りになるし力もあるがそれだけの男だ!!」

 いざという時に頼れるならば良いのではないかと思うがそうでは無いようだ。ディンはある事ない事、この人はこんなに饒舌だっただろうかと思うほどに喋り立てる。どうやら日頃うっぷんがかなり溜まっているらしい。

 そういえばディンとは余り話したことが無かったなと思った。言葉に出来ずに黙っていると、我に返ったディンが一つ咳払いをした。

「ゴホン。では失礼する。」

 そう言ってディンは再び自室に篭ろうとしたが、その時視界をかすめた本を、ヒカゲは見逃さなかった。

「リヒト語の本・・」

 たまたまぽつりと呟いたその言葉に、一瞬でディンの顔が固まる。

「なんの事だ」

 そう言われヒカゲはきょとんとするが、バンッと肩を掴まれ真剣な目で凄まれた。

「絶対に誰にも言うな。良いな。」

 蛇に睨まれたカエルというのはこんな気持ちだろうか。意味が分からないと混乱したヒカゲの口は、勝手にぺらぺらと動き始めた。

「夕凪の乙女ですよね。私も好きですよ。」

「何のこ」

「私も読みましたよ。2巻まででしたが。3巻も出てたんですね。わー私も読みたいなー」

 瞳がトンボの目のようにぐるぐると回る。

「??????? お前、俺の本を読んだのか??」

 一方のディンも同じ状態だった。ぐるぐるとした目で宙を見回すと、肩から手を離し、混乱している顔で聞いてきた。

「?? え?」

「あーゴホン・・」

 先払いをして仕切り直す。

「夕凪の乙女のエクリス語の翻訳本は一冊しかないはずだ。それもワゾー経由で取り寄せる事でしか読めないある意味では禁書だ・・・冗談は言わない事だ」

「いやあの原文で・・・読ん・・・」

 ディンの余りの圧に口を滑らせてから気が付いた。

「禁書?!」

「原文!?」

 お互いに白黒と目を合わせる。

 やばい。多分きっとこれはまずいことを言った。自分にとって普通の事が、実は異端だっただなんて。

「お前、リヒト語が読めるのか・・・?」

 訝しむ目で睨まれる。

「読めません!!!!!!!!!!!!!」

 ヒカゲは真剣な表情を作ると、ありったけの声で、身の潔白を証明する為の大声を出した。

 ディンは目と口のばらばらになった顔で「ちょっと来い」とだけ言い、入るなと言っていた自室に引っ張った。ディンの自室には、リヒト語やエクリス語、その他パッと見ただけではどこの国の本なのか分からないようなものがびっしりと敷き詰めてあった。圧倒されているのも束の間、ディンが「これを読んでみろ」と言い一枚の紙切れを渡してきた。紙にはリヒト語が書きなぐられている。

 ヒカゲは、どうしたものか、涙目になった情けない顔をディンに向けると、ため息を吐かれた。逃げるべき人に助けを求めているのだから、それはそうだろう。

 しかしディンの口から漏れた言葉は、ため息からは想像できない言葉だった。

「心配するな。悪い様にはしないし追及もしない。ただ興味があるだけだ。作文も手伝ってやる。」

 ヒカゲはふぅと息を吐き安堵すると、それならばと思い、大人しく紙切れを読む事にした。


「最近俺はおかしいんだ。

 壊れてしまったみたいだ。

 彼女の事を考えただけで心が壊れそうになる。・・・・?

 そろそろプロポーズをすべきだろうか。

 付き合ってすらいないのに?

 ああどうしよう。

 毎日夜も眠れずに悩んでいる。

 なぁお前?どうしたら良いと思う?」


「・・・・・・・・・・。あの、なんですか・・・これ・・・」

 意味が分からな過ぎて怖かった。いったいこの紙切れの男は何がしたいのだろうか。

「ただの情けないヘタレの嘆きだ。気にするな。」

 ディンが横を向きフンッと鼻を鳴らす。知り合いからの手紙だろうか。そんなものを読んでどうしろと言うのか。

「それより、すごいじゃないか。そんな書き殴りもスラスラと読めるなんて。どこで覚えたんだ?」

 そう言われもう一度紙切れを見て絶句した。筆記体で走り書きされた汚い文字、リヒト語を読める人でも、これを読める人物はより限定されたかもしれない。やられた。

 だがしかしそんなにリヒト語を読めるのはおかしいのだろうか。ヒカゲはワゾーの言葉は覚え初めだったが、リヒト語だけは完璧だった。そもそもエクリス語はリヒト語から派生した言語の為、根幹はほとんど同じである。これ程とっつき易い外国語もないだろう。

「・・・黙秘でお願いします。」

 ヒカゲは顔を伏せこぼした。

 ディンは訝しげに眼を細めると、まぁ良いさとからっとした顔で言った。

「そうか。追求しないと言ったからな。約束は守ろう。どれ、作文を見せてくれ。」

 ほっと胸を撫で下ろすと、ヒカゲは例の作文を手渡す。

「ふむふむ・・」

 ディンはさらりと読み、顔を上げると、呆れたような顔をして言った。

「お前・・・これは・・・」

「はい。」

「・・・何か本の書き方を真似たりしたのか・・?」

「んー?」

 そこまで言われてようやく気が付いた。自分が以前いた場所で教わった日誌の書き方をそのまま使っていたことを。おそらくここでは違うのだ。

「え、えーと・・・」

 ダラダラと青い汗が流れる。

「そう、そうです。なんか、昔読んだ、将校さんの日記かなー?あははーあははー」

 ディンが、呆れた顔を返してくる。

「余計な文体を覚えてしまっているようだ。まずは文体を直す。」

 そう言いながらディンは資料をどけて机に座りヒカゲにも空いている椅子に座るように示唆してくる。

「まずは普段自分が喋る時に使っている言葉に直してみろ。固い言葉を使う必要はない。」

「こうですか?」

 そう言ってノートにさらさらと書き留めていく。

「そうだ。悪くないじゃないか。」

 褒められたヒカゲの頬が少し上がる。

「後は文字数だな。おそらく作文試験は原稿用紙二枚分くらいだろう。倍以上必要だ。」

「そんなにですか?」

 ヒカゲは顔を青くする。

「リンから聞いてないのか?」

「何も聞いていません。」

「やっぱりあいつは間抜けなヘタレ糞野郎なんだ。」

 ヘタレという言葉が何か引っかかったが、それどころではないので聞かなかった事にした。

「そんなに長く何を書けばいいのですか?」

「例えばお前の一日の事を書くのなら、何かお前の取っている行動の中で理由のある事や、夢に向かって努力している事があるのであればその事など、大切な人との触れ合いがあるのであればそれを、ここに書いてある知人との友好というところでも良いから、何か一つピックアップして、そこを掘り下げてみれば良いんじゃないか?

そもそも「私の一日」っていう題材自体が良い題材とは言えないと思うがな。」

 ヒカゲは、暗闇に光が差し込んだ気がして、目をキラキラとさせた。

「ありがとうございます!どうすれば良いのか、道筋が見えた気がします!」

「それならよかった。」

 そう言い、ディンはくしゃりとした顔で苦笑した。

 ヒカゲは、いつも眉間にしわを寄せながら静かに過ごしているディンの笑った顔を初めて見た気がして、まじまじと見つめた。

「なんだ。」

 すぐにいつもの顔に戻ってしまったが、ディンの耳元がうっすらと赤くなっていた。不本意なことが始まりだったが、ディンと距離が近付いた気がして、ヒカゲは嬉しく思った。

「ありがとうございます。ディンさんの話って、リンさんよりも分かり易かったです。」

「当然だ。」

 ディンが、さも当然と言わんばかりに頷く。

「因みにリヒト語を読める事は書いたり言ったりするなよ。それは特技でも何でも無いからな。」

「肝に銘じておきます。」

「面接でも気をつけろよ?」

 そう軽々しく言われ、ヒカゲは青くなる。え、今なんて、面接?面接があるの?!

まぁ頑張れと他人事を言うディンに、折角だ。もう一つお願いをしてみる。

「あの、ついでに面接対策もしてくれないでしょうか。あと三角比も教えて頂けるととー・・・」

 困ったような申し訳のなさそうなへりくだった笑顔を向けお願いしたが、

「調子に乗るな。」

 ディンは眉を下げると残念な物を見る目で一蹴した。

『ですよねー・・・』

 一言で退けられてしまい、ヒカゲはガクンと項垂れた。

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偶命のたどり唄 @rikuto_SS

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