閑話 リンとレッティ

「そんなに怒ってばかりいて疲れないの?」

 テーブルの上にランプを置くと、ソファに座るリンの隣に腰を降ろした。リンにだけ見せる穏やかな笑顔も効かず、リンは額を抱えたまま項垂れていた。

「疲れるよ・・でも、あいつの保護者だから、必要な事なんだ。」

 手にはヒカゲの書いた作文が握られている。

「夜、寝れてるの?」

 星の高い時間帯、目の下に薄く広がる隈、みんなが寝静まった中、電気も付けずにリビングにいる。それらすべてが物語っていた。

「明け方に少し。」

 レッティは、話題をかえるように笑いかける。

「ヒカゲちゃん、受かりそうなの?」

「受かるさ。」

「えええええええええええええ?!」

「驚くなー・・・」

 事も無げに言うリンに、レッティはありったけの叫び声を上げる。

「だってだって!いつもあんなに怒っているから、てっきりギリギリなんだとばかりっ」

「ヒカゲは13歳、受けるのは中等部1年の編入試験だ。でもおそらく2年についていけるくらいの学力は持っている。余裕だろ。」

「呆れたっ」

 レッティは口をぽかんと開ける。

「じゃぁ何をそんなに恐れているの?」

「・・・」

 静に熟考した後、リンは手のひらで目をぐしゃっと覆った。

「色々あって。不安なんだ。色々ある分、知識で黙らせるしかないから。侯爵夫人も期待している。」

 レッティはリンの事を、心配そうな顔でじっと見つめた。

「学校に行ってもらうしかない。それにあいつには、お前や姉さんみたいな思いはさせたくないんだ。」

 リンと再会するまでのみじめだった自分を思い出すと、自然と目が伏せられた。

 かすかに唇が震えたが、言葉を飲み込み、思い出した過去も振り払い、そっと、リンの背中を優しく抱きしめた。

「大丈夫よ。だいじょうぶ。大丈夫よ。」

 髪を優しく描き撫で、何度も何度もだいじょうぶとつぶやく。レッティは心で思った。あなたが助けてくれたからだいじょうぶ。私はとても幸せ。幸せなんて、どこに転がっているか分からないわ。だからだいじょうぶ。何があっても、きっとだいじょうぶ。

 リンはレッティの方に額を預け、されるがままになった。

 だいじょうぶ。だいじょうぶ。

 手を下に回し、ぽんぽんと背中を優しく撫でた。レッティは自分も優しく抱きしめ返してほしいと願ったが、優しく撫でるうち、リンは寝息を立てていた。リンの寝息を聞きながらレッティは思った。リンにここまでさせるヒカゲちゃんは一体どこから来たんだろう。何者なんだろう。リンが先に寝ていてよかったと思った。起きていたら、思わず聞いてしまっていたかもしれないから。

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