第三話 ヒカゲの一日②
「私の一日
私の朝は家禽の世話及び水汲みから始まる。七の刻、氏リタルダンドと一緒に体術の組手を行う。終わり次第朝食を摂取し氏リタルダンドより座学を教わる。昼食後は自由時間である。私は散歩をしたり知人と友好を深めたりして過ごす。夕の刻、氏リタルダンドと共に座学の続きを行う。夕食まで続き、夕食を摂取後は消灯まで座学の復習を行う。体に支障を来さぬよう、二十三の刻には就寝を行う。以上!」
「・・・・・・・」
-クックークックー-
あざ笑うかの様に、鳩時計が奇妙な声を出した。壁一面を覆う本棚いっぱいに詰められた本、あちこちに転がっているハーブの苗に積読の山、怪しい薬品、ここは魔法使いの家だ。
作文の書かれたノートから顔を上げ、少し不安げな顔を上に見やると、仮面の下で苦笑いをする男の姿が目に入った。男の名前はギガ。自称しがないマジシャン。基しがない魔法使いだ。
「だ、だめですか・・・?」
ヒカゲが上目図解で尋ねると、ギガは困ったような笑顔で答えた。
「なんか、なんだかね・・・・」
ギガがこめかみを押さえ、ヒカゲはヘラッと、作ったような笑顔を向けた。
訓練された兵卒の様な文章を子供だな。そんな言葉を飲み込み、苦笑いをしたギガはなんとか答えた。
「作文というよりは、説明文ですね・・」
大きなため息をつき、ヒカゲは椅子に座ったまま項垂れると、ぶつぶつと呟いた。
「分かんないんです・・・作文?なんてやった事ないし・・リンさんは取りあえずやってみろとしか言わないし・・・かといって余りにもな物を提出したらまた怒られそうだし・・」
「それで、貴重な自由時間を使って、僕の所に来たという訳ですか。」
ギガはピンと来ましたという様に、汗を垂らしながら微笑んだ。
「そう、そうなんです!」
パァッと顔を輝かせるヒカゲの横に、不敵な笑みを浮かべるとギガは、思わず顔を背けたくなるような匂いのカップを差し出した。ヒカゲは眉をひそめると瞬時に鼻をつまんだ。
「なんですがごれ・・し、沁みるっっっ」
鼻を塞いでも漂ってくる匂いに目をしかめていると、カップから漂う湯気が目を刺激した。
「頭が良くなるお茶です。」
「う、嘘だ・・」
「本当です。飲むと頭がスッキリしますよ。」
耳元で囁く様に言われ、ヒカゲは頭がクラクラとした。
「え、遠慮しておきます・・」
「作文を教えてほしいのでしょう?」
「うっ!!!」
ギガの笑顔が怖い。ヒカゲは強烈なお茶と、何もせずに帰ってリンに怒られる事を天秤にかけ、覚悟を決め一息に飲み干した。
-ダァンッ!-
気合を入れて飲み干されたカップが勢いよく戻された音が響くと同時に、ヒカゲは青い顔をして机に突っ伏した。
「・・・やはりもう少し味に改良がありそうですね」
ギガが表情を変えずにポツリとつぶやく。
「うっ・・それは飲まなくても分かり切っていたと思います・・・」
遠のきそうになる意識の中、ヒカゲはギガと初めて会った日の事を思い出していた。
ギガは、ある日広場の噴水で、一人黄昏ていた時に会った人だった。
平日の午後はヒカゲに取って暇な時間であった。午後になるとリンはどこかに出掛けてしまい、相手をしてくれる人がいなくなる。ディンは常に自室に篭っているし、レッティも何かと忙しい。そんな気まずい時間に散歩はもってこいなのだが、いつもの散歩コースを歩き終えてしまうと、途端にやる事が無くなってしまうのだ。
そんな時に声を掛けてくれたのがギガだった。
「もしもし。そこの御嬢さん?人形劇を見ていきませんか?それとも世にも不思議なマジックをお見せしましょうか?」
仮面で隠された顔に、目深にかぶられた帽子、黒いマントで覆われた衣服、それを見てヒカゲはそっと立ち上がり広場を後にしようとした。
「ああ~~ちょっと待ってください~~~」
「・・・・不審者には近寄るなって言われているので」
「ふ、不審者?!僕は不審者ではありませんよ!?」
そう言い不審者が片手を動かし胸に手を当てると、マントがずれて中の衣服が少しだけ見えた。中の衣服もうさんくさそうな古型の黒のロングジャケットであったが、金糸で袖等の端にステッチが沢山施してあった。本当に不審者であるなら、衣服にこのような目立つ処置はしないだろう。
「お客様が全然見えないのですよ~。」
「そりゃぁ平日の昼間ですから。大人は働いてますし、子供は学校に行っていますよ。」
「あ~なるほど~~~~!そうだったんですね~~~~~!」
わざとらしい声に、ヒカゲは再びうんざりとして帰ろうとするが、
「あぁぁ待って待って!そうだ!僕の秘密を教えてあげましょう!」
そう言い引き留められ、グンと袖を掴まれる。眉をひそめ気持ちの悪いものを見る目をすると、男は顔を近づけ、苦痛な顔で言い放った。
「僕、表向きはマジシャンなんですけど、実は魔法使いなんです。ここだけの秘密ですよ?」
大層大真面目に言うその男に、ヒカゲは寒気がしてきた。腕を振り払い逃げ帰ろうとすると、今度は足首を掴まれる。
「ほんとに待ってくださいいいいいいいい。君が初めてのお客さんなんです。」
必死な顔ですがりつかられたが、咄嗟の事で足を振りほどけず、ただただ嫌気がして心臓がバクバクと鳴った。
「御代はいらないので、暇な僕の相手をしていってくれませんか?このままだと腕が鈍ってしまいそうで。」
しかし緊迫とした表情から打って変わり、心細そうにボソボソと話し、涙を振って笑いかける男を見ると、ヒカゲはなんだか気持ち的にも帰れなくなってしまった。
そんなヒカゲの様子を見るや否や、男は思い切りマントを振り上げた。ヒカゲは小さな悲鳴を上げ、頭を押さえ目を瞑ると、かすかな音色が聞こえてきた。いつの間に出したのか、男は優雅にアコーディオンを奏でていた。男がアコーディオンを揺らす度に、一緒になってジャケットの金糸もきらきらと輝いた。とても優しい音色だった。演奏が終わると、ヒカゲは思わず拍手をしてしまった。
「ありがとうございます。とても恐縮です。僕の名前はギガと申します。以後良しなに。御嬢さんのお名前は何ですか?」
「・・・・ヒカゲ。ヒカゲです。」
男は一瞬目を丸くすると、眩しそうに細め、にこりと笑った。
「ではもう一曲。今度は人形劇と合わせてお聞きください・・・・・」
それから、どうして家庭を訪問する程にまで仲良くなってしまったのか・・
「・・・・・・ヒカゲさん・・ヒカゲさん・・」
ウトウトとする目を上げると、にこにことするギガの顔が頭上にあった。
ハッとして急いで起き上がる。
「すみません!わたし寝てました?!」
口元をゴシゴシと拭いながら慌てて言う。目の前には、先ほど飲み干したばかりの怪しいお茶の入っていたカップがある。
「ええ、少しだけ。どうですか?頭がスッキリしたでしょう?」
「・・・・・」
茫然として頭に触れると、眠気が跡形もなく消えていた。
「す、すっきりしています・・・」
納得できない感情で声を出すと、ギガは満足そうに頷いた。
「ご安心ください。眠っていたのはほんの5,6分ですので。」
そう言われ鳩時計を眺めると、言葉通り鳩が鳴った時間からほとんど針は動いていないようだった。ヒカゲはあまりの効果の良さに苦虫を噛み潰したような顔になった。
「何のお茶だったんですか?」
「製造方法は秘密です」
ギガが唇に人差し指を「シー」っと当てる。
「そんな事より、僕は貴方に聞いておきたい事があるんです。」
「え?!ちょっと待ってください。次は作文の話をっ!」
慌てて声を張るヒカゲに、ギガは落ち着いた態度で両手を扇子のように動かし、静かに静止した。
「作文は学校の編入試験の為に書いているのでしょう?」
「? そうですけど」
「それでは君は学校に行って何をしたいのですか?」
「?したい?」
「あなたはなぜ学校に行くのですか?」
「え???」
突拍子もない問いに、ヒカゲは頭が分からなくなった。
「行きたい理由も、行く理由も分からないのに、君は学校に行くのですか?」
「えええ?!」
「だって、行けって言われたから・・そういうものじゃないんですか?」
ヒカゲがじとっとした目で見上げると、ギガは満足そうに頷いた。
「あの、どうしてこんな事を聞かれるんですか?」
「いいえ。ただ先程の問いに答えられないと、編入試験の突破は難しいのではないかと思いまして。試験、頑張ってくださいね。」
ギガはにこにことしていたが、ヒカゲは自分の答えに納得しつつも、腑に落ちない気持ちになってしまい、沈黙が流れた。
「そうそう作文の話はですね・・・・・・・・・・・・・」
その後ギガが何やら話をしていたが、ヒカゲの耳にはただの一つも入っていかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます