第三話 ヒカゲの一日①
「おはよう」
「おはようございます」
水桶の中に水を入れていると、起き抜けのリンと目があった。
腹を出しボリボリと掻き毟りながら手も当てずにあくびをする姿には、威厳の欠片もない。
「水は溜め終わったのか?」
「今終わりました。」
離れまで行って、井戸から水を汲んで来るのは自分の仕事だ。元々は台所仕事をしているレッティの仕事であったが、居候のヒカゲが来てからはもっぱらヒカゲの仕事になっていた。
「お前を水汲み係に任命する!」
そう言いリンに指を差された日の事はなんだか忘れられない。
水汲み係の朝は早い。家事全般を賄っているレッティの朝も早い。ディンもなんだかんだ言って早起きだ。みんなには早起きを強要しておきながら、自分は誰よりも遅く起きてくる。みんなの負担を減らしたいなら、自分も早く起きればいいのに。ヒカゲは声には出さないが、心の中で静に思った。
「じゃぁはじめるかー」
リンは眠そうな目を開ききっていないうちにそう言うと、足をトントンとならした。
「?!」
咄嗟にヒカゲは全身に緊張を張るが、既に先程いた場所にはリンの姿は無かった。緊迫した雰囲気に、もうだめだと目を瞑る。
「いや・・遅いって」
中々来ない衝撃に、恐る恐る目を開けると、前に突き出されたリンの右拳と、苦く呆れ顔をするリンの顔が見えた。
「待ってください!準備運動がまだ・・」
片手を前にだし、止まれのハンドサインを出したまま半歩後ずさる。
「お前は有事の時に準備運動がとか言うのか?」
これまた呆れ顔のリンが拳を出したまま左足を上げた。
ヒカゲは「うわぁ」と思いながらも手刀で受け流しながら右下に避ける。避けたまま柔軟に体を使い、円を描くように起き上がろうとしたが、すぐに来る次の挙動に対処しきれず、ゴロゴロと体が地面を転がった。痛みを感じる間もなく起き上がり、再び片手を前にだし、今度は構えのポーズを取る。息を整える間もなく、リンの次の挙動が飛んでくる。ヒカゲは避けたり当たったりしながら、リンとの攻守を繰り返していく。
「ハァ、ハァ・・」
ヒカゲの息が絶え絶えに上がってきた頃、リンが呟いた。
「そうだ。今日の宿題なんだけど。」
「?!」
落ちないスピードで組手を続けながら、平然と会話をはじめるリンに、化け物かと思う。
「今度受ける学校の編入試験なんだがな、作文があるらしいんだ。」
「・・・」
ヒカゲは応えの代わりに肩でする息で返す。
「作文対策はしていなかったからな。取りあえずお前の一日ってタイトルでひとつ作文書いて来い。よって今日の授業は無し!自習!」
「・・・・・?」
眉を顰めどういう事かと考えると、リンの姿が瞬時に消え、捉えられなくなった。
砂埃が舞い、目をこすると、目の前にはにこにこと笑うリンが立っていた。
「今日はもう終わりですか?」
ヒカゲが安堵の声を出すと、
「?!イタァッ」
強烈な凸ピンをお見舞いされた。ヒカゲはしゃがみこみ額を押さえ、涙目で睨み訴える。
「よーし朝の特訓終わり!ご飯にするかー!」
満面の笑みで言いきった。鬼だ。笑顔で暴力をふるう。悪魔だ。ヒカゲはそう強く思った。
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