第13話 ジュリアの決意と二人のこれから

「あの……ミゲル、ジルベール様のことなんだけど」


 天馬に乗って飛行中、自分の後ろで天馬に跨っているミゲルに、ジュリアは聞いた。


「ジルベールが、どうかしたんですか?」


「アンドロイドさんに殺されたりしていたら、さすがにまずいのではなくて? あのままにしてよかったのかしら」


 ジュリアがミゲルを振り返ると、彼はあからさまに不機嫌な顔をしていた。不機嫌な顔も可愛い、とジュリアは思った。


「そんなにジルベールのことが気になりますか。あんなやつ、どうなったっていいのに」


 大人なのにふくれっ面してる! なのに不思議と似合う! 可愛い! 何なのこの魔導師。

 ジュリアのときめく心をよそに、ミゲルはふくれっ面のままジュリアの疑問に答えた。


「……まあ、ジルベールはあのまま放っといても大丈夫ですよ。僕は23世紀・日本という異世界を、少し見てきましたから知っているんですけど、アンドロイドは人間に危害を加えられないんです。例え壊れていたとしても、そんなことをしようとしたら、機能停止するはずです。……ジュリア様? 聞いてます?」


「はっ。も、もちろん聞いてるわ。だけどジルベール様……ジルベールは、アンドロイドに腕を折られたって言ってなかったかしら」


「どうせちょっと捻ったくらいで、大袈裟に騒いだだけですよ。兵士たちだって、怪我をしないように投げられていたはずです。……だから、ちょん切られる、なんてこともないですよ……多分ね」




 天馬は目的地に着くと、急降下した。


「あら? ここは、あの湖じゃない」


 ジュリアはてっきり自分の屋敷に送り届けてもらえるものだと思っていた。なのに降り立った場所は、屋敷から程遠い、あの湖がある場所だった。


「もちろん、ジュリア様のお屋敷にお届けしますよ。だけど、その前にお話が」


「話?」


「ジュリア様、僕と一緒に別の国に行きませんか」


 すでに日が落ちようとしていた。湖のまわりは背の高い木々が立ち並び、辺りはいっそう暗かった。だが、「暖」の季節がもうすぐで、通り抜ける風は温かかった。


 ジュリアはぼかんとして、ミゲルを見つめた。ミゲルの青い目は、迷いなくジュリアを真っすぐに射抜いていた。可愛い彼からは想像できない真剣な眼差しだった。


「べ、別の国って、アンドロイドさんがいた世界のこと? たしか、23世紀の、日本……」


 ジュリアの返答に、ミゲルはきょとんとした。


「え? 日本? いや、それじゃ別の国じゃなくて別の世界じゃないですか。そ、そこまで考えてなかったけど、ジュリア様と一緒なら、どこでも行きますよ。異世界でも僕の魔力は有効ですしね」


「……」


「だ、だめですか……?」


 ミゲルの真剣な顔が一転、ふにゃりと崩れて、泣き顔になった。両手は所在なさげに胸の前で組まれ、俯いてしゅんとするその姿は叱られた子犬そのものだった。

 反則だわ、と思ったが、ジュリアはこう答えていた。


「ダメじゃないわ。わたくし、貴方と一緒なら、どこへでも行くわ」


 そう言って微笑み、ミゲルの両手を取った。


「わたくし、心の奥では貴方のその一言を待っていたの。このまま家に戻って、貴方とお別れして、もう会えなくなったら、どうしようかと思っていたの」


「ジュリア様……」


「貴方が何も言わなかったら、わたくしが家を出て、貴方に会いに行くしかないと思ってたわ。本当よ」


 ジュリアが言い終わる前に、ミゲルがジュリアを抱きしめた。案外力が強くて、痛いくらいだが、ミゲルがジュリアの肩に顔をうずめて滅茶苦茶泣いているのが分かったので、ジュリアは何も言わなかった。


「ジュリア様、僕は、う、嬉しいです。アンドロイドを召喚して、ジ、ジルベールの野郎を婚約破棄、させた甲斐がありました……!」


 こんなに可愛いんだもの。何も言うことはないわ。

 ジュリアは優しくミゲルの背をなでた。


『二人とも、我の存在を忘れていないか』


 水の天馬が呆れたようにため息をついた。



 その後、ジュリアは水の天馬で屋敷まで送ってもらった。

 黙って家を抜け出したジュリアに父親は激怒し、ジュリアを無期限の完全外出禁止にした。


 だが、それはジュリアにとって好都合だった。家族にお別れをする、いい機会だった。ジュリアは父親と母親、それといずれ家を継ぐ兄と話をした。


 父親と兄は女であるジュリアの話を聞こうともしなかった。それとなく思う相手がいることを告げてみたが、兄には「王太子から婚約破棄されたばかりだというのに、恥知らず」と罵られ、父親からは「お前の次の嫁ぎ先はすでに決まっている」と手を上げられてしまった。


 母親は父親と兄の顔色を窺うばかりで、ジュリアの味方になることはなかった。


 一週間後の、真夜中。


 約束の日は、新月の日だった。


 ジュリアの部屋の窓に、ミゲルが音もなく、現われた。


「ミゲル、魔力が戻ったのね」


「お静かに、ジュリア様。外に天馬を待機させています。あの、……本当に、よろしいのでしょうか」


 ミゲルはふわりとジュリアを抱きしめた。


「もうご家族には会えなくなりますよ。僕の方は、魔導師として王宮に仕えてから、家族とはもうずっと離れて暮らしていますから、大丈夫ですけど」


「いいの。ここに、未練はないわ。決めたの、貴方と一緒に行くって」


 ジュリアもミゲルを抱きしめ返した。彼の漆黒の髪が、闇夜に溶けているのが、彼の肩越しに見えた。


 ジュリアはほんの少しの荷物を持って、ミゲルとともに、自室の窓から、旅立った。


 月のない空に、揺らめく天馬が羽ばたく。



「ねえミゲル、あの後、王宮はどうなったの? シャルル殿下や、アンドロイドさんは」


 天馬の背中でジュリアはミゲルに聞いた。

 屋敷に閉じ込められていたジュリアに、外の情報は一切入って来なかったのだ。


「シャルル殿下はお元気ですよ。国王は相変わらずですけど、どうやら高い魔力を持ったシャルル殿下の働きかけで、国はいい方向へ動きそうです。実際、王の政治の在り方に不満を持っていた側近は多かったみたいですし。あ、僕は魔力が戻ったんで、こっそりアンドロイドを直しておきました。ジルベールはアンドロイドにいい意味で教育されてるみたいですよ。あの地下室で、よっぽど怖い目にあったんですね」


「ジルベール……なんだかもう遠い人という感じね。なんだったのかしら、あの人」


「ジュリア様」


 後ろに跨っていたミゲルが、突然ジュリアを後ろから抱きしめた。


「どうしたの、ミゲル」


「もうジルベールの名前を口に出さないで下さい! 僕は、僕はジュリア様の口からあの野郎の名前を聞きたくないです」


 ミゲルはジュリアの背中でいやいやをするように頭を振った。ジュリアは彼のその仕草に胸が高鳴った。


「わかったわ。ジルベ……あの野郎の名前は呼ばないわ。その代わり、わたくしからも一つお願いがあるのだけれど、いいかしら」


「な、何ですか」


「ジュリア様、じゃなくて、ジュリアって呼んでほしいの。敬語もやめて」


 ジュリアを抱く腕に力がこもった。


「うん……、ジュリ……ア、ジュリア、一緒に、どこまでも行こう」


 鼻声だった。


 もう、可愛いわ、可愛すぎる。この、子犬系魔導師!


『ジュリアよ、あるじに対して、事あるごとにきゅんとしているようだが、こう見えて主は結構あざとい……』


 水の天馬が何か言ったが、背中の上で抱き合う二人には、まるで届いていないのだった。



 二人はこれからどこに向かうのか。

 異国なのか、異世界、23世紀の地球・日本なのか。それはまた、別のお話……。


(完)

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23世紀のアンドロイドに負けて婚約破棄されたけれど言い寄ってくる魔導師が子犬系で可愛い ふさふさしっぽ @69903

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