第12話 再び暴走するアンドロイドと未来の国王

「ジィィィイイイイルベェルウゥゥゥウーー!!」


 天馬が吹き飛ばした扉がもともとあった場所、つまりこの部屋の入り口に、黒いドレスを着た、一人の女が立っていた。艶やかな長い髪を逆立て、仁王立ちになり、ジルベールの名を連呼している。兵士たちが立ち向かうが、彼らは丸めた紙くずのごとく投げ捨てられ、とても彼女に太刀打ちできなかった。


 壊れた23世紀のアンドロイドは無敵だった。


「ひいいっ」


 彼女を見るなりジルベールが、情けない悲鳴を上げた。脱兎のごとく逃げようとするも、床に置かれたトカゲケースにつまづいて、べしゃりと派手に転んでしまう。倒れたケースの中からは大量のトカゲがぞろぞろと……。


「ぎゃーー!! ジュリア様! 百匹のトカゲです! に、逃げましょう早くここから!!」


 それを見たミゲルがパニックを起こし、ジュリアに抱きついた。


「ミゲル、アンドロイドさんは一体どうしてしまったの? まるで別人のようよ」


 ジュリアはミゲルを抱きとめながら、疑問を口にした。

 今のアンドロイドには、ジュリアが初めて出会ったときに感じたたおやかさはかけらもなく、さながら獲物を逃がすまいとする猛獣のようだった。

 ミゲルの居場所を突き止めるため必死で失念していたが、ジルベールの部屋に突っ込んだときも、アンドロイドはジルベールに馬乗りになり、彼を襲っていた。……痴話ゲンカにしては激しい。


「多分、何かの拍子に壊れてしまったのでしょう。彼女は機械ですから」


「キカイ?」


「彼女は人間じゃないんです。人間を私的な理由で異世界から連れ去ってくるわけにはいかないですから」


「まあ……」


 ジュリアは驚いた。あんなに美しいのに、人間じゃないなんて。もっとも、今やその美しい顔は鬼のほうが幾分ましといえるほどのすごい形相になっているが。


『ジュリアよ、もうここにいる意味はない。兵士たちは皆伸びてしまったようだし、我々もさっさと出よう。おい、そこの少年王子、貴様も我の背に乗れ』


 水の天馬がぼうっと突っ立ったままのシャルルに言った。天馬の言葉に、シャルルははじかれたように気を取り直した。


「い、いや、気を失っている兵士たちを見捨ててはいけない。私を守るためにアンドロイド殿に立ち向かってくれたのだから」


『では兵士たちも背に乗せて行こう。アンドロイドの目的はどうやらあの男、ジルベールのようだから、我々はさっさと退散するのみ』


 ジュリアとミゲル、そしてシャルルが天馬の背に乗ると、天馬は扉の方に移動して、気絶している兵士を一人一人くわえては背中の方に放り投げるようにして、自分の体に乗せた。水でできた体は彼らをはじき返すことなく受け止めた。


「ま、待て! 俺はどうなる! 俺を見捨てる気か?」


 ジルベールは今や哀れにも大量のトカゲにまみれながら、アンドロイドによって床に押さえつけられていた。


「ジィルベェル……オマエノ……チョンギッテヤル……」


「うわあああああああ、い、嫌だ、た、助けてくれ、ジュリア、シャルル、頼むから!」


『皆乗ったな。よし、行くぞ』


 天馬はふわりと浮き、階段を昇り、地上を目指し駆けていった。


「ま、待ってくれーー!!」


「ジルベェル……ニガサナイ……」


 バスローブがはぎとられ、宙を舞った。



♦♦♦



 地下を脱出した天馬は、誰もいない王宮の片隅で、ジュリアたちと気絶している兵士たちを降ろした。

 シャルルの顔色は目に見えて悪かった。


「私は……今まで何も知らなかったんだな。兄上の本性も、自分のことも」


 少年王子はくやしさに顔を歪ませ、唇を噛んだ。


「いや、本当はうすうす分かっていたのに、分からないふりをしていただけなのかもしれない」


「シャルル殿下……。それは、わたくしも同じですわ。うわべのジルベール様を信じ、彼と結婚すれば幸せになれるとただ信じて、自分では何も考えていませんでした」


 ジュリアはシャルルと向き合い、正直な自分の気持ちを打ち明けた。女のくせに何を知ったようなことを、と言われるかも知れないと思ったが、シャルルはあどけない顔をジュリアに向けただけだった。


「シャルル殿下、これからどうするおつもりで?」


 ミゲルが聞いた。百匹のトカゲを目の前にしたために、まだ気分が悪そうだった。


「父上と、母上と、兄上……ジルベールと話し合おうと思う。父上もそうだが、ジルベールのあの様子じゃ話し合いは難しいだろうが、側近や、親交のある諸外国にも働きかけてみるよ。王子として、この国のためにできることをしなければ」


 シャルルは表情を引き締めた。覚悟を決めた顔だった。

 と、そのとき、シャルルの色素の薄い髪が、青く光り出した。


「な、なんだ? 体が妙に熱い……」シャルルは自身の体を抱いた。


「シャルル殿下、魔力が溢れています! これは、僕と同じ、一級魔導師並みですよ! シャルル殿下には素質がおありだったんですね!」


 ミゲルが叫んだ。


「わ、私にはもともと魔力は少ししかなかったはずだが。……すごい、体に力が溢れてくる」


『未来の国王にふさわしくなったので、力が目覚めたのだよ』


 水の天馬がそう言って、はははと愉快そうに笑った。


「未来の国王……」


 シャルルは天馬のその言葉を反芻した。


「シャルル殿下は十六歳ですよね、十四で魔力に目覚めた僕より遅咲きじゃないですか」


 ミゲルが茶化すように言う。シャルルはその言葉に気分を害した様子もなく、はにかんだように笑った。


「そうだな。本当に本当のレアケースだ。……ミゲル殿、トカゲを使った拷問をしたりして、すまなかった」


「いいですよ。実際シャルル殿下は僕に何もなさらなかったじゃないですか」


「君に拷問は無理だ。こっちが罪悪感を覚えてしまう」


 シャルルは今度こそ、声をたてて笑った。ジュリアと天馬も一緒に笑った。ミゲルだけが意味が分からない、というふうに首を傾げた。

 ひとしきり笑ったあと、ふいに、沈んでゆく夕日を見て、ジュリアははっとした。


「ミゲル、わたくし、家に戻らないと。お父様がカンカンだわ」


「そうだね。じゃあ、天馬で家まで送ろう」


 ミゲルの言葉に、天馬は翼を広げた。水でできた翼が、夕日で赤くきらめいた。

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