第57話
翌日、ロイとレイニーの結婚式当日の朝。
「うーわ、腹が立つけど顔がいいからやっぱり似合うな」
ラルドがルイを見ながら言う。
「顔って大事だよね」
ルイを見てウォンも同意した。
今日は第2皇子の結婚式なので昨日の婚約式よりも更に正式な行事にあたる。
そのためルイとソフィアは今日は皇太子と皇太子妃の正装と決まっていた。
皇族の正装は帝国旗に使われている国を象徴する色である深い緑と白に金糸の刺繍の入った仕様になっている。
ルイは襟元に菫色の宝石のブローチを着けながら2人の発言を無視して部屋の扉を開けた。
「ソフィアの迎えに行くぞ」
ソフィアの部屋の手前まで来ると部屋の扉が少し開いていて中の会話が聞こえた。
「ええ、お嬢様行かないんですか!?」
「うぅ…行かないんじゃなくて行けないのよ!行こうとしたけど恥ずかしくて無理!」
なんの会話だか分からないがソフィアも準備を済ませてこちらに向かおうとはしていたらしい。
「一体…昨夜皇太子殿下と何があったんですか!」
その発言が聞こえてじとっとしたウォンとラルドの視線がルイに向く。
ふたりの視線を散らすようにルイは顔を背けた。
なんだか入れない雰囲気の会話だがここで引き返すと足音で気が付かれそうな気がして3人は動けない。
「何があったって…な、なんにもないけれど…」
そこまでソフィアがごにょごにょと言ったあとわあっと顔を覆ったのが見えないがわかる。
こんな時に能天気にルイは可愛いと思って吹き出しそうになっていたが次のソフィアの発言はそんな余裕も吹き飛ばした。
「だって、だってルイが私を誘惑するんだもの!!!」
ティナとナディアは心の中でお嬢様、それ余計に気になります!とそれぞれ呟いた。
いっぱいいっぱいなのが分かるくらいの声量で廊下に響き渡り、使用人たちは誘惑する方とされる方が逆では!?と扉の前にいるルイをチラチラと見る。
ソフィアと幼なじみで妹のように可愛がって来た2人からはこいつは何をしたんだと軽蔑の含まれた視線が送られる。
仕方なくルイはこほんと咳払いをしてコンコンと部屋の扉をノックした。
ルイに気がついたナディアが声をあげる。
「ひ、ひいっ!皇太子殿下!!」
その悲鳴の上げ方もどうかと思うが今は咎める気はなくそれよりその声を聞いたソフィアが悲鳴を上げた。
「きゃ、きゃああ、ルイ!!」
その悲鳴に地味に傷つくがルイはメイドふたりに下がるように言い、扉を閉めようとしたが男2人からのチクチクしたその視線が気になった。
ラルドは「ソフィア!何かされたら悲鳴を上げろよ!」と声をかけ、ウォンは「すぐに助けるからね!」と言う。
それにはルイが答えた。
「お前たちは俺をなんだと思ってるんだ!」
と叫んでバン!と扉を閉めた。
さて、どうしたものか。
昨日の夜、ソフィアからじゃれるようなキスを頬にしてきたからおでこに返したのだがこんなことになってしまった。
正直ルイは前世でソフィアと結婚式に初夜まで済ませているから感覚の違いにズレはあるのかもしれない。
ただ気持ちが通じ合わないしょっぱすぎる結婚式と初夜だったけど…。
そういえばルイもちゃんと気持ちが通じ合ってから(おでこだけど)キスしたのは初めてだったから今朝は非常に気分が良かった。
しかしソフィアは違ったのかと思うと悲しいものだ。
「ソフィア」
声をかけて座り込んでいるソフィアの目線に合わせてやるためにしゃがむとソフィアがずりずりと後退りした。
「待っ、待って…!心の準備が…」
普段なら品位を気にして絶対こんなことしないのに今日はどうでもいいらしい。
ルイはふう、と息を吐くと顔を隠したままのソフィアに言った。
「ソフィアが嫌ならもうしないから。怖がらせてごめん」
そう言うとえっとソフィアが顔を上げる。
「ち、違う!怖がってなんかなくて…あ、もちろん!い、嫌とかでもなく…そうじゃなくてね、ルイ…えっと…」
とりあえず怖がらせてしまったり嫌だったのでは無いらしい。
安心して余裕の出来たルイは膝に両腕を置いた姿勢でん?と首を傾げた。
「~~…」
その顔があまりに優しくてソフィアは言わずにはいられなくなった。
「キス…したいの…したくなったの、ルイの唇に…」
そうポツリとソフィアが呟く。
無反応なルイに耳まで真っ赤になっているその姿でああ、もうと言いながら突っ伏した。
婚前の令嬢なのにはしたないって思わないでね、とか色々聞こえたけれどそんなこと耳に入ってこない。
「ソフィア、顔上げて」
ルイがそう言ってソフィアがおずおずと顔を上げた瞬間に身体が勝手に動いた。
ソフィアの菫色の瞳は一層大きくなり、少ししてきゅっと目を瞑ったかと思ったらルイは離れていた。
唇が軽く触れる程度のキスだったけどルイは離れてからソフィアの顔が真っ赤で可愛くてふっと笑った。
「え…?」
何が起きたのか分からない様子で目を瞬かせるソフィアにルイは照れ隠しで言う。
「なんではしたないと思うと思うんだ?俺も同じ気持ちだよ」
ルイは立ち上がると微笑んでからソフィアに手を差し出す。
「よし、ソフィア、行こう」
そう言って手を差し出したルイにソフィアはぽかんとした後にふわっと微笑んだ。
あっさりしていたのでルイには何事もないのかなと思ったけれど耳が真っ赤だったので照れていただけで同じ気持ちだと気がついて嬉しくなった。
「うん」
そう言ってソフィアがルイの手を取って立ち上がった。
いよいよ彼らの大切な人たちの結婚式に向かう。
…57話おまけ…
部屋から手を繋いで出てきたふたりに周りは安堵した。
「仲直り?出来たみたいだし行くか」
とラルドが言って歩き出してすぐにウォンが何食わぬ顔でしれっとルイに言った。
「でもルイ、会場着くまでに唇拭いておいてね」
そう言われてソフィアがばっとルイを見ると、ほんの少しだが唇の端に自分の口紅が着いていた。
「あ、ルイ…口紅が…」
ソフィアは恥ずかしくて顔を上げられず手を繋いだまま俯く。
ラルドはわざと言わなかったのにと愉快に言いながら歩いてウォンは俺たちは面白いけど一応立場ってものがあるからと言う。
そんなふたりにルイは早く言えよ!と赤くなりつつ焦って唇を拭った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます