第56話

前夜舞踏会も終わりソフィアは自室で室内用のドレスに着替えた。

「お嬢様、髪も解いてしまいますか?」

ティナに聞かれたのでお願いすると部屋の扉がノックされた。

ナディアに出迎えを頼むとまあっと声が聞こえてきた。


「お嬢様、レイニー令嬢がいらしてますわ」

意外な訪問客にソフィアが少し驚きつつ言う。

「あら?レイニーが?お通しして」

そうして通されてきたレイニーにソフィアはティナに運んでもらったお茶を淹れる。

「ソフィアお義姉様は茶器の扱いも出来るのですね」

レイニーが呆然として言う。

ちなみに少し前からソフィアをお義姉様と呼んでくれるようになった。

「これも皇太子妃の教育であるのよ」

ふわりと微笑みながらソフィアはカップにお茶を注ぎきってレイニーにどうぞ、と渡す。

さて、彼女はこんな時間に一体どうしたのか。

レイニーは明日の結婚式のために今日は皇宮に宿泊することになっている。

まさかマリッジブルーとか?とソフィアは心配になった。

するとレイニーがお義姉様…と申し訳なさそうな顔をする。

どきっと嫌な汗が流れるのをソフィアは感じて彼女の話題がどうかマリッジブルーとは違いますようにと願った。

「さっき…大丈夫でしたか…?」

その全く予想と違う話題にソフィアはぽかんとした。

「え?」


つまりレイニーの話は先程母親のせいでソフィアの気分を害したのではないか、という話だった。

ソフィアはほっとしつつ答える。

「あら、私はなんてことないわ。レイニーこそ大丈夫だった?」

「はい、恥ずかしながら慣れてるんです。私も母とは不仲なので言われてもそれ程気になりませんし」

「そうだったのね」

そんな会話を続けていたがレイニーはもうひとつ聞いた。

「ロイ殿下が最後に誰が収集したのか気にしていらっしゃられて…お義姉様ですよね、申し訳ありません」

そう謝ることでもないのにと思いつつソフィアは言う。

「そんなに気にしないで、でも収集したのは私ではないわ」

ソフィアが答えるとレイニーが首を傾げる。

「え?じゃあどなたが…?」

そんなレイニーにふふっと笑って答えた。

「ルイが貴婦人達に注意してあの場は済んだわ。この先なかなかあんな風に無礼に振る舞ってくる人もいなくなると思う」

「皇太子殿下がですか!?」

レイニーは普段冷静なのに声を上げて言った。

よっぽど驚いたらしい。はっとしてこほん、と咳払いをした。

「ルイはやっぱり違うわね。私じゃあんなに上手く場は収められなかったから。もしお礼を言うならルイに言ってあげて。それと弟と義理の妹のために怒っただけだからレイニーには怒ってないわ」

そう言ってレイニーは義理の妹という言葉に感動した様子だった。

「夜も更けてきたし、レイニーは明日人生で大事な行事だから早く寝ないとね」

そう言ってソフィアはもう一杯だけお茶を振る舞ってレイニーを部屋に返した。


しかししばらくして入浴も済ませてメイドたちを下がらせた後で再び扉がノックされた。

その日の夜はソフィアに訪問客が多かった。

レイニーの時はまだ室内用のドレスだったが今はもうすっかりパジャマだったが彼の表情を見たらそんなことを気にしていられなかった。

ただ何も言わず黙り込んでいるがまだ怒りがふつふつと彼の中にあるのが分かる。

ソフィアはいつものように自然とルイの頭を撫でていた。

「今日は助けに入ってくれてありがとう。庇ってくれてとても嬉しかった」

そのソフィアの言葉にルイがやっとこちらに顔を向ける。

部屋を訪ねてきた時はむっとした表情だったが今はまるで叱られたあとの子犬のような表情だった。

ルイは長いため息をついたあとで言う。

「信じられないよな、こんな日にわざわざあんなことを言うなんて。でも俺は結局何よりソフィアが侮辱されたことが許せなくて...」

と言いながら俯いた。

まるでソフィアの後を着いてくる子犬か何かになったようで可愛くて笑ってしまう。

ルイがそれに唇を尖らせて反論した。

「やり過ぎたかなって一応反省はしてるんだぞ」

でもソフィアはそれがなんでか分からない。

ルイが反省する必要なんて今日の振る舞いには一度たりともなかったし、彼は皇太子として行き過ぎた貴婦人たちの行動を注意しただけだ。

「どうして反省するの?ルイはよくやったのに。私ならもっとボコボコにしちゃったかもしれないわ」

ソフィアがそう言うとルイが目を丸くする。

でも事実だ。

あの時感じた怒りの度合い的にソフィアは彼女達の失態も知っていたのでカードを持っていた。

自分ならそれを利用してもっとこてんぱんにしただろう。

ただそれは今夜の対処法ではなかった。

ルイの対応を見た時に彼が正解だと思ったしまた尊敬したのだから彼は何も悪くないと心から伝えていた。

しかも彼は社交界に広がる根も葉もない噂までしっかり処理したのだからその技術は見習いたいものだ。

そう伝えるとルイは並んで座っていたソフィアにもたれるように抱きしめてきた。

ルイの香水の香りにどきっとする。

ソフィアの右肩におでこを乗せながら言う。

「そう言ってくれると少し救われる」

その呟きを聞いてソフィアはもう一度頭を撫でた。


ルイとしばらくそうしてベッドとベッドサイドの距離で喋ったあとおやすみと挨拶をして別れることにしたがソフィアはベッドから出なくていいと言われた。

見送りたいのにと思ったのでソフィアはルイを手招きした。

「なに?」

もっともっとと手招きをするソフィアに内緒話かなにかかと思って顔を近づけると頬にソフィアが軽くキスをした。

「忘れ物」

といたずらした子供みたいにソフィアが言うのを見てルイがかあっと赤面する。

それを見て笑っていたのもつかの間、すぐにルイにおでこにキスされて形勢逆転されてしまった。

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