第55話

「まあっ!なんて生意気な!」

「ロイ殿下まで惑わされていらっしゃるだなんて」

「中身まで母親そっくりですわね」

「オプシス伯爵家では殿方を惑わす妖術でも習えるのかしら?あの綺麗な顔で女狐のような本性を隠しているに違いないですわ」

ロイがレイニーを連れて行った後に好き勝手に言う貴婦人達の悪口にソフィアはさすがに聞いていられなくなった。

我慢していたが苛立ってきたのでつい言ってしまった。


「あら...」

一言発するとたちまち3人はこちらを向く。

ソフィアはにっこりと微笑みを浮かべて言った。

「オプシス伯爵と伯爵令嬢がお美しいとはお思いなのですね」と。

同じ女なら妬んでいる相手をどこかでも自分が無意識に認めていることを指摘されるのは非常に不愉快だろう。

すると案の定はっと笑って候爵夫人が言う。

「あらまあ...皇太子妃様もあの家系特有の妖術にかかってしまったんですの?」

そう言いつつソフィアの目は曇ってるとこれ見よがしに見下してきた。

彼女達の個人的な恨みは否定しないがそれはレイニーを祝うこの場で必ずしも言わなければならないのだろうか。

しかも当事者では無い彼女に。

幼稚だし低俗で呆れてしまう。

ソフィアがそれでも品位を保って言い返そうとした時、後ろから自分を呼ぶ声が聞こえた。


「ソフィア」

愛情たっぷりに自分を呼ぶのはこの世にひとりなのですぐに分かる。

わざわざこの場で名前で呼んだ、ということでソフィアもすぐに対応した。

「あら、ルイ」

そう言って微笑む。

2人が並ぶや否や会場の視線は一気に集中する。するとルイの登場で3人の貴婦人はさっきとは手のひらを返すように態度を変えた。

「皇太子殿下にご挨拶申し上げます」とロ々に挨拶を済ませるとルイの首元を見てわざとらしくまあっと歓声を上げた。

「こちらは皇太子妃様とのペアのネックレスではございませんか!やっぱりあの噂通りだったのですね!これで皇室も安泰ですわね!」

なんて調子よく言うがそれは暗黙の了解のようになっていたのでその場が静まり返った。

しかし3人ははしゃいでいて気が付かない。

するとルイがふむ、と顎に手を当ててから首を傾げた。何かを企んでいる時の顔だ。

「そういえば先程...ソフィアが妖術にかかった、なんて聞こえましたが...」

ルイが何ともないふうに話始めるが3人はぴくりと肩を揺らした。

「いやですわ、そんな不敬にあたる発言は...」

伯爵夫人が取り繕おうとして言うとルイが遮って言う。

「あの面接にはソフィアだけでなく私も、皇帝陛下、皇后陛下も宰相もいましたがつまりその場の全員の目を疑うということでしょうか?皇室が選んだ第2皇子の妻を疑うという事は皇室を侮辱する、と受け取られてしまうかもしれませんが…」

その言葉に会場の温度が2度は下がった気がする。

何よりルイは心配する素振りを見せつつほのかに笑みを浮かべている。

しかし彼女達に見えたのはゾッとするような冷ややかな瞳だった。

固まって身動きの取れない彼女達に彼は今度は陽気な声音で続ける。

「しかし不思議なものですね、どちらも目には見えないですが本当に存在するかも定かでは無い妖術と…そこら中に溢れかえる根拠の無い噂は一体どちらが人の目を曇らせ、耳を塞ぐのでしょうか」

そう言って3人の貴婦人に一歩近付く。

彼は顔に手を近付けてまるで内緒話でもするかのように言った。

周りが必死に聞こうとすることも計算済みだろう。

「ここだけの話…私はソフィアからこのネックレスをプレゼントしてもらってから一度も外したことがないんですよ」

そう言って再びふっとほんの少し口角だけを上げた笑みを見せた。

最後にソフィアの肩を抱いてくるりと身体を反転させつつ挨拶をした。

年上の方には少々無礼とも言えるが彼女達にはいい薬だろう。

「貴婦人方も建国祭と前夜舞踏会を兼ねている特別な祝福に満ちた夜を楽しんでださいね、ソフィア行こうか」

ソフィアもルイに続きそれでは失礼しますわ、と声をかけたがまるで聞こえていない様子だった。

それもそのはずか、とソフィアは考える。

彼女たちは分別のつかない子供のように噂を鵜呑みにした挙句、オプシス伯爵家を悪く言いたいがために皇太子妃までも侮辱したことをルイに警告に近い忠告をされたのだ。

実際のところ噂に関しては事実確認のしようも無いがそれなら軽々しく口に出さないべきだ、言葉を慎むように、と。

そして好き勝手噂を広める貴族たちを牽制する目的もあったのだろう。


隣に立っていたルイが声音だけでも十分怒っているのが分かる。今も、それも相当。

近年こんなふうに皇室より一歩外の人物を守るために怒ったのは久しぶりだ。

それでもこの程度で我慢したのは先程の言葉通り今日はロイとレイニー、そしてこの帝国の祝福の日だからだろう。

それが分かったのでソフィアは腕を組んでいたルイの手を取って撫でてやった。

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