第49話

今までにない緊張感を抱えている。


ロイはこれまで社交界デビューする同年代より遥かに公の場に出ることが多かったのに緊張が拭えなかった。

今日は建国祭と言えど今夜の舞踏会はロイとレイニーの婚約お披露目だ。

そして今は昼の婚約式の直前。

自分が主役のパーティーなんて誕生日くらいだしここ数年は母国から留学していたので久しぶりだった。

コンコン、と軽くノックされた扉を見ると兄が立っていた。

「…ロイ、顔、真っ白だぞ。婚約式直前だから仕方ないけど…」

腕組みして困り顔で入ってきた。

「いや、婚約式よりも自分が主役のパーティーなんて久しぶりだからつい」

はははと笑ってみせるが引きつってしまう。

あ〜、と兄も気持ちを察してか肩をぽんっと軽く叩いて言う。

「この数年は留学してたしな…でもそんな顔してるとレイニー伯爵令嬢がより不安になるぞ」

「え?レイニーが?」

「えって…。自分が緊張してても人の心配する気遣い屋のお前が。…らしくないくらい緊張してるのか。緊張させたい訳じゃないけれどレイニー伯爵令嬢の方がお前よりよっぽど緊張していると思うよ。だってこれから皇家に嫁ぐと発表される訳でお前よりも人前に出ることは圧倒的に少ない。お前のことを頼る以外誰にも頼れないから」

そこまで言われてロイははっとした。

そうじゃないか、レイニーの方が今頃もっと心臓がばくばくしているかもしれない。

そう思うと居ても立ってもいられなくなった。

「兄上…じゃなくて皇太子殿下、すみませんこれにて失礼します!」

「うん、行ってこい」

兄はバシッと背中を叩いてロイの背中を押してくれた。ロイは急いで部屋を出ていった。


婚約式のために白いタキシードを着てロイは皇宮内を駆け巡る。

ロイの花嫁になる令嬢のために。

思えば兄とソフィア以外のためにこんなに全力疾走しているのは久しぶりだ。

レイニーの居る控え室前について息を整える。

ようやく正常に近くなった心拍数で扉をノックした。

返事が返ってきてロイだと名乗ると少し驚きつつもどうぞと声がした。

「如何されましたか?」

中から扉を開けてくれたレイニーは驚くほど美しかった。

シミひとつない白い滑らかな肌にオリーブベージュの瞳を際立たせるように化粧が施されて上を向いたまつ毛が瞳を普段より大きく見せる。普段ストレートが多いヘアスタイルはくるりと大きくカールされていてオリーブベージュの深みのある色が彼女の髪特有の艶を見せていた。首元の詰まった形の婚約式のドレスだから少しタイトで人によって窮屈そうに見えるのに彼女には気品を感じさせるだけだった。

見惚れたロイが柄にもなくじっとレイニーを見つめるのでレイニーが戸惑って声をかけた。

「殿下、殿下?」

そこで遠慮がちに手を触れられてはっとした。

ロイは焦ってレイニーに言い訳を並べていた。

「いや、あまりに綺麗だからつい見てしまって。ごめん。ええっとティアラよく似合ってるよ、それ母上も皇太子妃さまも使用した伝統的なティアラなんだよね、でもレイニーに似合いすぎてレイニーのために元から作ったような…」

ここまで言って何を言ってるんだと不意に正気に戻り余計恥ずかしくなった。

まるで商人の押し売りのようだ。セールストークが上手すぎる。

するとレイニーがふっと微笑んで下を向いて肩を震わせた。

「まさか…レイニー笑ってないよな?」

恥ずかしくなってレイニーに問うと息も切れ切れでいいえと答えが返ってきた。

「笑ってるなー!?笑ってるだろー!」

ロイが余計に言うのでレイニーは我慢の限界とばかりにロイを見上げた。

その時の笑顔が歳相応というか、彼女本来の笑顔のようで心臓がぎゅっと掴まれた気分になった。

「ごめんなさい、とっても緊張していたんですが殿下が面白くってつい…ふふ、緊張がほぐれましたわ」

言い終わってもふふっと笑う数時間後の婚約者にロイはつられて声を上げて笑いだした。

「僕も緊張してるんだから見逃してくれよ」

そんな感じでわざと唇をとがらせる。

その仕草をレイニーが真似したりと2人で初めて砕けた雰囲気で恋人らしい瞬間を過ごしたひとときだった。

どきどきを上回る緊張も時には役立つものなのだなとレイニーは感じていた。


ロイがこんなに茶目っ気を含ませて話が出来る相手は実はとても多いようで少ない。

ロイも常に政治的に誰かの脅威となりうる存在で、誰かの大きな後ろ盾になることがある。

それを自覚してからはこんなこと無かったのに、ロイが声を出して笑ったのはいつぶりだろう。しかしそれにロイ自身が気がつくまでまだかかりそうなのだ。

だってこの時のロイはようやく気まずさが減ったレイニーを気の置けない友人のように思っていたからである。

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