第47話

「はあ…」

秋の終わりのある日。

明日はもう自らのお披露目だと言うのにレイニー・オプシスの憂鬱は増すばかりでため息は止まらない。


どうしましょう。

いや、もう答えは出てるでしょう?

この2つの文章。

ここ数日それしかレイニーの頭には浮かんでこない。

原因は言うまでもなく、婚約者のロイ・ソルセルリー・フェンガリ皇子だ。

顔を思い浮かべるだけでふっと憂鬱が増すのだから、ため息が出ても普通だ。

そしてその憂鬱が''嫌な意味''の憂鬱じゃないことがもっと憂鬱だった。


第一印象はあまり良くなかった。

他の人が好きなのに婚約者を探すなんて不誠実だと決めつけた。

だけどソフィアと話してみてその固定概念をとっぱらってレイニーがちゃんとロイという人を見つめ出したその時から明らかに変わって見えた。

最初の頃は他人行儀な会話が続いた。

「オプシス令嬢は菓子は何が好みなの?」

「私は焼き菓子が好きですわ。…あの、ロイ殿下。私は名前で呼んでください。一応婚約者ですしそもそも姓があまり好きでは無いのでこれから長く過ごすなら尚更名前で呼んでいただきたいのです」

「え?あ、ああ。分かった。じゃあレイニーと呼ぶよ」

そんな会話をしつつもきっと頭の片隅に彼は考えている。

「焼き菓子か〜。色々種類がある。クッキー?マカロン?それともシューとか?」

「お詳しいのですね。私はクッキーが好きです」

詳しいことに驚いてレイニーが言うとああ、とはっとして言い淀む。

詳しいのは確実にロイに知識を与えた人がいるからだと言う事をレイニーも再確認する。

でも、努力していた。

切り替えようとしていた。レイニーが見たロイは本気で兄と好きな女性の幸せを願っていた。


知り合ってから他人行儀な態度が抜けてきた頃。

「御二方とはどんなことをして遊んでらしたんですの?」

レイニーがルイとソフィア絡みの質問をするとロイはまるで少年のように瞳を輝かせて教えてくれる。

その様子にふっと頬が緩んだのを感じた。

「よく3人でも過ごしたし、ソフィアの弟の…ほら、カイロス!カイロスも含めて遊んだな。カイロスは魔法使いの中では神童って呼ばれていたから変身魔法を使ってかくれんぼしたり!で、隠れる人がソフィアだと制限時間ギリギリまで誰もソフィアを見つけられないんだ。もうリタイアかな〜ってなるとそこでね、必ず兄上がソフィアを見つけるんだよ。それで悔しがるソフィアにいつも兄上が言うんだ。暗いところが苦手なくせにいつもどこか暗いところに隠れるから探すのに苦労するんだって。流石というか兄上はさ、最初から闇雲に探してなんか居なくてソフィアが隠れている大体の場所は把握してるんだよね。ソフィアが暗いところで結局怖くなって震える頃にようやく見つけられるから何とかなるけど危ないから心配だって言うとソフィアも素直に言うこと聞くんだよ」

その2人の様子を思い出してふふっと彼は笑う。

その度レイニーは思う。

この人は本当に''2人が''好きなんだなと。

だから幸せを願うんだ。

なんて強いひとなんだろう。

こういう風に日々は紡がれて先日のドレス選びの帰りの馬車からは特に色んな話をするようになった。ロイとの会話があまりに楽しくて自分に驚く。

そしてそんな彼を自分が愛してみたらダメだろうかとふと、そんな考えがある日浮かんだ。

それからレイニーの憂鬱は募っている。


婚約者を好きになる。

至って普通のことで、何ら問題もなく倫理的には大賛成なお話だがレイニーの場合はそれは不毛すぎないだろうかと思ってしまう。

だって彼は皇太子妃でレイニーも慕っているソフィアのことがずっとずっと好きなのだから。

それを承知の上で好きになるのは苦しくないだろうか?

母を見てきたからロイを束縛したりでもしたら罪悪感で苦しくなるとレイニーは分かっている。

いつも人と自分に線を引きながら生きてきた。

レイニーなりの自分の守り方。

愛してくれない母親から学んだ必要以上に傷つかずに済む方法。

だけどいつの間にか意図せずだろうけれどロイはひょいっとそのレイニーの心の線を軽々越えてやって来た。

『ほら、こっちは楽しいからおいで』

まるでそう言うように手を差し伸べてくる。

眩しくて暖かい光を背負うその姿に憧れた。

1人で蹲っている方が怖くない、悲しくない。

そう思っていたけれど、違う。

本当は悲しくて寂しくて、染み付いた固定概念にうんざりしていた。

気がつけば出会ってからロイはその全てを壊してくれた。

ロイが差し伸べてくれた手が愛する人に向けてでなくてもレイニーには十分に暖かく感じられる。

それでもういいのではないだろうか。

これ以上ロイに求めずに隠して迷惑にならずに好きでいるのなら束縛なんて醜いこともしなくて済む気がした。

態度を変えずに静かに好きでいるだけなら心で愛するだけなら許されるだろうか。

態度に出さずに、好きでいる。

それが果たして可能なのか。


こんな考えをぐるぐるとさせてもう正式な婚約は明日の昼。

夜にはロイ殿下の婚約者のお披露目だ。

レイニーだっていい加減心を決めなければならないと分かっている。

だからやっぱり自分の変化を受け入れるべきではないだろうか。

皇太子夫妻程の仲睦まじい姿は望まない。

静かに好きでいることに挑戦してみようとレイニーは数日かけてようやく決めた。

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