第42話
秋が深まる帝国で建国のパーティーのための準備が始まった。
ルイとソフィアは今回は2人揃ってのスピーチだけ任されている。今回は皇帝と皇后が全てを取り仕切る。また皇帝と皇后も揃ってスピーチするため皇太子と皇太子妃も同じ手筈になった。
その原稿作成に2人で取り掛かっているところだ。
「殿下、休憩しましょうか」
突然ソフィアがそうひとこと言ったのでルイはふと顔を上げた。
「え?突然だな?」
ルイの問いにソフィアが少し迷ってから微笑んで答えた。
「殿下のお疲れの時に出る癖が出ていましたので…」
ソフィアのその答えにルイは仰天した。
ずずっと決まり悪くルイが紅茶をすする。
何せ格好がつかない。
頻繁ではないがルイは政務がものすごく滞って徹夜ばっかりだったり何日も続けて忙しく睡眠が不規則だという時だけは癖を出すようだ。必ず左耳を引っ張るらしい。
ルイは言うまでもなく気がついていなかったので心底恥ずかしくなった。
「殿下もしかして怒ってます?」
ソフィアがおずおずと上目遣いで聞いてきたのでルイが惚れた弱みで直ぐに陥落した。
上目遣いは少し反則な気がする。
「いやー…あまりに格好悪いなと思って…」
もごもごと口を動かして目を泳がせる。
それにソフィアはくすくすと笑った。
「今更ですか?」
「〜…というかいつ頃気がついたんだ?こんな癖。俺自身、全く知らなかった」
ルイは本気で気がついていなかったのでソフィアに首を捻って聞くとソフィアが種明かしした。
「覚えてますか?昔、文学の授業でとてもロマンス小説が好きだった講師がいた事」
「あー、あの授業、苦手だったなぁ」
ルイが目線を上に向ける。
それは昔のことを眺めるように。ルイからすると2倍昔なので本当にソフィアより体感「昔」である。
政務が始まるまで子供の頃はルイとソフィアは同じ授業がいくつかあったので2人で揃って受けていたがそのうちのひとつが文学だった。
ルイは元々文学は苦手ではない。どちらかと言えば読書自体はソフィアの影響で好きな方だ。だがロマンス小説はここでどうしてそうなるのかという疑問が出てしまってなかなか世界観に入りにくい。
ここぞというところで必ずヒーローが颯爽と現れれば現れる小説であるほどに小説に集中できない。
ヒーローが現実世界ではどれくらいの確率で実際に駆けつけられるのかという途方もない確率を割り出したくなってしまう。
これは恐らく邪道な読み方なのだろう。
そんな皇太子にも関わらず講師がロマンス小説がとても好きで課題によく出していた。
授業中、ルイは眠気を耐えるのにあくびをするのも失礼だし必死で何とかやり過ごしていた。
その事を話すとソフィアがそうそう!と声を上げた。
「それでルイはあくびを我慢するためにある日から突然耳を引っ張るようになったの!」
ソフィアが懐かしそうに言う。本当に楽しそうで話し方が2人の時によくする敬語抜きの愛称呼びに変わった。
「元々は耳じゃなくて掌に他国の文字を書いていたはずなんだけど」
ルイが首を傾げながら言う。それもどうかと思うけどもう寝ないためには他に手がなかった。
それがある日から突然左耳を引っ張り出すようになったようだ。
なんで左かなのかは分かる。当時ルイの左側が窓でソフィアの右側がドアだったから目立たないと思ったんだろう。
とにかく今でもその癖が染み付いているようで今日もソフィアに声をかけられる直前耳を引っ張ったらしい。
「ルイの癖に気がついた日ね、授業が終わったあとルイの左耳が真っ赤だったのよ。その後一緒に課題をしていたらルイが行き詰まると突然耳を引っ張るからこれ癖なんだ!って思ったの」
ふふふっと話すソフィアだけどルイとしては果てしなく自分が情けない。
「あんなにお互い子供だったのにね」
ふとソフィアが懐かしそうに言う。
さっきとは違う眼差しで、一瞬で2人の間の空気が変わる。
もう戻ってこない時間。それでもルイとソフィアはこれから先を一緒に歩いていくと決めた。
「お互い、子供から無駄に大人になろうとして今になったって感じだな」
ルイがそうしようとした。
ソフィアもそうしようとした。
子供だから方法は間違っていたけれどお互い一生懸命ではあった。
ルイの方法は間違え方が酷かったから取り返しがつかなくなった。だから今がある。
そうねとソフィアが頷いた後、何かを思い出したようにこちらを向いた。
「子供で思い出したんだけどね、この間リリアが来てくれて。なんで最近反抗期だったのか分かったし誤解も解けてまた甘えてくるようになったの〜」
頬を緩ませて嬉しそうにソフィアが言う。
ソフィアは基本的にリリアが物凄く好きで甘い。
ただルイは微笑ましく思った後に違和感を覚えた。
ルイの記憶ではリリアは社交界デビューまで、恐らく後約2年は皇宮のソフィアの私室には出入りしていなかったはずだ。会うなら接客室だった。
ルイはロイのようにわかりやすい変化からルイの知らないところでも少しずつ記憶が、ページが変わり始めている事を確実に認識した。
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