第41話

「ちょっとここからは昔からの親友として話してもいい?」

その言葉にルイはすぐ頷いた。


ウォンが前にさ、と前置きをして話出す。

「ルイを止めることが出来なくてごめんとソフィアに幼馴染として謝ったことがあるんだ」

その告白にルイは目を丸くした。

そんなルイを無視してウォンは続ける。

「それでルイが改心したあとに、少し前にソフィアにもう1回謝ったんだ。長い間苦労させてルイを止められなくてごめんと。そしたらソフィアはそれはウォンのせいではないと言ったんだよ。以前と同じように。寧ろ板挟みにして申し訳ないと。ルイから言われて断れないのは分かっているからウォンは気にせずにいてくれと。今まで通りね。なんでルイにこんないい妻がいるんだと思いもしたけど気がついたんだ。それはさ、ルイの妻だからソフィアはいい妻なんだと気がついた。ルイの妻である以上そのために見合うように生きてきたから今のソフィアなんだよ。そしてそのソフィアにいい影響を与えてきたのは間違いなくお前、ルイだ。だからもっと自分に自信を持て」

ルイはその話は全く初耳だったので余計に目を見張った。


その後は何事も無かったかのように政務をこなして帰って行ったウォンの言葉を聞いてからルイの脳内は忙しなかった。

一旦政務に集中しひとつキリのいいところまで行くと再びふたりの会話が頭の中に浮かび上がる。

ソフィアがそんなことを言っていたのも知らなかったしウォンがそういう風に責任を感じていたのも申し訳なかった。

しかし何よりソフィアがルイの妻だから今のソフィアであるんだというウォンの言葉はルイの心臓を震わせた。

本当にそうだろうか?

ソフィアは問答無用で皇太子妃に選ばれてしまったから拒否出来ずここまで来た。

もしかしたら全く違う、年相応に明るく笑う姿があったのかもしれない。

魔法学校にカイロスと通い、友人と笑いあって熱心に勉学に励む。きっとルイとは皇太子と優秀な魔法使い程度の関係性で出会っただろう。そんな生活を送るうちにそのうち好きな人もできて恋もして結婚もする。いずれ母になる。

だけどその想像をすると急に身体に酸素が運ばれなくなった。

苦しくなる。もやもやとする。

想像の中のソフィアのその全ての相手は自分であって欲しいと心の片隅で願ってしまう。

これが何を意味するのかは随分前から分かっていた。なんなら戻ってくる前に気がついていた。

ルイはやはりソフィアを愛している。

だからこそソフィアにルイから離れて人生をやり直して欲しい、幸せになって欲しいと願ってきた。

しかしソフィアがそれを望まない場合は?

実の所ルイは意図的にその事を考えないようにしていた。

その可能性を考え出したらルイはまたしても自分勝手にソフィアを手放せなくなるだろう。

欲が出る。

過去どんなに荒れていてもソフィアと離縁しなかったように手放す選択はしないだろう。

今のルイは同じ過ちをすることはないと思うが違う形で結局再び傷つけてしまうかもしれない。

だからソフィアといい風に、虫のいい話、ルイを嫌われずに済む前に離れたかった。

それなのにどんどん離れがたくなる。

ずっと隣にいたくて笑顔を見たくて、膨れっ面もどんなところもソフィア・ウィル・ウォールという人間が愛おしかった。

しかもソフィアのルイへの感情も自信はないが悪い感情では無い。プロポーズの話もやんわりしてくるくらいだから。

ここまで来たらソフィアと離れる方が難しくなった。

ルイの心が嫌がった。その反面理性は戦い続ける。

ずるい自分に嫌気が差した。

それでもウォンの言っていたことを信じたいと言う想いが心の底から湧き上がってくる。

もうどうでもいい。今のソフィアの望むことを最優先にすることを忘れるな。

自分の理性にルイは語りかけて椅子を蹴っ飛ばすように部屋を飛び出した。


もう日がとっぷり暮れて夕焼けも終わりかけ。

夕餉の時刻もとっくに過ぎた。

ルイは皇宮の中を駆け抜ける。一刻も早くソフィアの部屋へ。

扉をノックするとソフィアからどうぞと返事の声が聞こえたので入る。

すると入ってきたルイを見てソフィアが驚いた。

「ルイ!?やだ、私」

ソフィアが慌てて口を抑えた。

今日は早く湯浴みをしたのかもうソフィアは夜着で焦っていた。

そんなソフィアにルイはつかつかと歩み寄ってソフィアの動揺も無視してソフィアの肩に手を置いた。

ふわりとソフィアの香りがして肩に置いた手にはさらりと銀髪がかかった。

一呼吸してルイはソフィアに言う。

「まだ…まだちゃんと未来を約束するようなことを言うことは出来ない。それは自分に自信がないからでソフィアが悪いとかじゃない。だから言えるような自分になれるよう努力すると約束する。少しだけ、待ってくれないかな」

唇が、声が震える。緊張しているのが自分でも分かる。

そんなルイにソフィアは最初こそ驚いて聞いていたが次第に瞳をうるませて微笑んだ。

昼間とは全く違う、安心感の微笑み。

そしてソフィアが答えた。


「もちろん。早朝でも深夜でも、何ヶ月何年後でもお待ちしておりますわ、殿下」


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