第38話
「ソフィア、お互いの認識を確かめたいんだけど」
そう言って隣を歩くソフィアにルイは声をかけた。
「なんでオプシス伯爵令嬢がロイの婚約者に内定したのかは…まあ、当たり前ではあるけど…」
そう前置きしてルイが苦笑する。
ソフィアも同じ表情だ。
他の令嬢が散々すぎてレイニー以外目も当てられない夫人になる事は誰もが分かったからだ。
「何故あの3つの家門が最終的に選出されたか、ちゃんと把握してるよな?」
そうルイが問いかけるとソフィアは頷きながら言う。
「もちろん。3家門の共通点。ロイ様が長らく留学されていた王国との縁が深い家門、それも帝国じゃ手に入りにくい品や技術品の貿易に関しての繋がりよね?合ってる?」
ルイが頷く。
「そう。それをあのふたりもそれぞれ把握してるから今後スムーズに対応できそうだ」
「そうね。これからもっと互いに貿易で利益をもたらして帝国の民が隅々まで潤って王国の民も潤って両国に良い交友関係を築けたらいいわ。ああ、ふたりの婚約発表と結婚式が待ち遠しいな」
ソフィアがにこにこ言う。
どうやらオプシス伯爵令嬢ととても親しくなったようで妹のように可愛がっていた。
「あら、となるとオプシス伯爵令嬢はレイニー・フェンガリ公爵夫人になるのね」
「あ、確かにそうなるな?」
ルイが何気なしに答えた。
すると突然ソフィアがふいっとルイの前に覗き込んできた。
小首を傾げて波打つ髪が一緒にふわりと揺れる。
「私、オプシス伯爵令嬢に言われたんだけどね、ルイと私は外から見たら既にほとんど夫婦らしいよ?でも婚約式しかしてないけれど私っていつフェンガリを名乗れるのかな?ルイの正式な妻として?」
予想していないソフィアの攻撃にルイが動揺してその場に立ち尽くした。口はぽっかり空いていた。
ソフィアがルイにいつ自分にちゃんとプロポーズするのかと聞いてきていることにルイは気がつくまで時間がかかった。
子供の頃のような話し方だった。
一方のソフィアは少し強引で傲慢な言い方だとは思ったのだがこうでも言わないとルイがいつまでも先延ばしにしそうで少し不安だった。
ルイにも隠しているけれど不安そうな表情がすぐに分かった。
焦ってしまう。
なんて答えるべきか分からない。
ソフィアに自分が相応しいのかも、分からない。
ルイが答えを言えず唇を軽く噛むとソフィアがぷっと吹き出した。
「ごめんね、冗談よ。そんなこと求めてないわ。殿下は慎重でないといけない立場の方ですからこんなふうに婚約者に傲慢で強気に言われても答えないのが正解です」
にこっと笑うソフィアが。なんで笑うんだ。
ルイが口を開きかけたがやはり何も言えなかった。
何を言うべきかわからなかった。
笑顔なのに悲しみの滲んだその表情は全てルイのせいだから。
「何かあったんですか、殿下」
執務室で政務をしている間にもう限界と言うようにウォンが口を開いた。
ルイがちらりとウォンを見て言う。
「どういう意味だ」
ルイはなるべく表情に出さないよう抑えている。
それなのに親友は騙されないようだ。
ウォンは目線は落としたまま続ける。
「この世の終わりのような絶望感満載の表情をなさっているので」
淡々と言う。そんな顔はしてないはずだけど分かるのだろうか。
ルイのなんで?という顔にウォンは呆れた顔をする。この執務室に充満するどんよりした空気で何を言う。
だけど多分気がつくのは本当にルイと距離の近い人間だけだと言うのももちろん理解していた。
普段から自分の事は表情すら抑える親友だ。
せめて気がついたなら気にかけてやりたいと思う。
そう思って声をかけようとしたが多分ルイは明らかに心配されるのも嫌がるだろうと思ってウォンは淡々と言うことにした。
ウォンが答えなさそうなのでルイが理由を話した。
話さなくてもどうせバレるからだ。
「ソフィアにいつ自分にプロポーズする気なのかと聞かれた」
ルイが困ったように言う。
「それでなんて返したんです?」
驚きもせずに話を進めるウォンが不思議だがルイがぼそりと答えた。
「何も言えずにソフィアが話を切り上げた…」
「はあ!?」
その小さな返事には今度こそ声を上げた。
ウォンにしてはかなりの声量でルイも本当に他人から見ても最低な返答だったなと痛感する。
ウォンがごほんと咳払いをして呼吸を整える。
「なんでそんな返答をしたんですか!殿下のお気持ちはそこら辺を歩いてる農民の少年でも知っているって言うのに!?」
ルイは更にどんよりする。
「自分がソフィアに相応しいと思えなくて。というか俺とこのまま婚姻すると結末はハッピーエンドじゃないだろ。俺が良い夫じゃないから不幸にしてしまう」
そう言いながらも本心は半分しか伴わない。
実はこちらに戻ってきてやり直してからルイの中には2人のルイが同居している。
ただただ自分勝手な願いに対してふざけたことを言うなと頭を冷やして感じる罪悪感。
これは多分今のルイの中に生じた新しいルイで、以前のルイが今のルイを全力で理性を保つようにコントロールしているような感覚だった。
情けなくも理性が段々弱くなっていくのが手に取るようにわかって自分を許せない。
多分プロポーズを延ばし延ばしにしているのは理性の最後の粘りだった。
そんなルイにウォンがふーっと長めなため息をついて言う。
「ちょっとここからは昔からの親友として話してもいい?」
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