第37話

今日皇太子殿下と皇太子妃様に会うのはとても緊張した。


ふたりは社交界の人気の話題だ。

レイニーも実際あのティーパーティーに出席していた。

あの日の衝撃的な光景は目に焼き付いている。

ふたりの様子を伺うのはあまりに失礼なのでしないようにと決めて謁見したのだが会ってすぐに様子を伺う必要も無いことに気がついた。

皇太子妃の首元にムーンストーンのネックレス、皇太子は見えにくいが襟元にチェーンが見えた。

ふたりのペアのネックレスはとても有名な話なのでふたりの仲が戻った噂は本当だと確信した。


レイニーが直ぐにふたりの仲を伺うのは必要が無いと判断できたのは貴族たちの間違った暗黙の了解のおかげだった。

ルイは実際はネックレスを外したことはほとんどなかったが貴族たちはルイがソフィアとの仲が険悪な時から身に付けていないものだと何故か思い込んでいた。なので身につけているのを見れば直ぐにふたりの仲を褒めたたえた。

そんな状況なのでルイもソフィアも事実を全く無視したその噂を把握していた。


「オプシス伯爵令嬢は私とルイの様子を見て直ぐに切り替えたわね。これが理由かしら」

思い返しているとソフィアがレイニーの思考を覗いたみたいにそう言ってネックレスのトップを持ち上げた。驚いてレイニーは謝る。

「申し訳ありません。はい、御二方のネックレスは有名ですので…」

焦って白状したレイニーにソフィアは笑って返した。

「咎めているわけじゃないわ。ルイも私も変な噂を把握しているもの。だけど今回呼ばれた令嬢たちの中でこれに気がついてもしっかりと場を弁えて切り替えられたのは貴女だけ。私よりルイが先にオプシス伯爵令嬢の様子の変化に気がついたわ」

そんなソフィアの寛大な態度に安堵しつつ皇太子が先に気がついていた事に驚いた。

本当に表情に出さない御方なのだなと。

そしてふとある疑問が湧く。

聞くか迷ったが…レイニーはここまで来たら行ってしまえと言うばかりにええいと思い切って聞いてみた。

「あの、皇太子殿下とロイ皇子様の仲は…?」

同じ女性を好いているんだから良い訳ないとレイニーは思っていた。

しかしソフィアの返事は予想とは正反対だった。

「ものすご〜く、仲がいいわ。兄弟仲に私が嫉妬するくらい?ロイが帰ってきてからは毎晩ふたりでチェスをしてるし昔ロイを泣かせたこともあるわ。私がルイを独り占めしてるって」

そんな話を聞いてレイニーが目をぱちくりさせた。

気になるという顔のレイニーにソフィアが理由を話す。

「私、幼い頃にここにやってきたでしょう?だから広すぎる部屋で来たばかりの頃ひとりで怖くて眠れなくて。それを知ったルイが夜はいつもおしゃべりをするために私の部屋に遊びに来てくれていたの。そしたらロイがルイと遊ぶ時間がソフィーに取られたって大泣きしてしまって」

くすくすと思い出してソフィアが笑う。

その話を聞いて、今日のロイのふたりを見る表情を思い出してレイニーの中でロイが少し変化した。

もしかしたら彼はこの縁談は皇太子妃への想いを断ち切るために他の女性を利用しようとした訳ではなくて皇太子も皇太子妃も大切だからこの縁談という選択肢を取ったのだろうか。

母を見て育ったからか嫌な固定概念で彼もそうだと勝手に決めつけてしまったのかもしれない。

「意外です。ロイ皇子様は穏やかな印象があったので」

レイニーがそう呟くとソフィアが言う。

レイニーがロイに興味を持ったことを嬉しく思ったようだ。

「他に気になることはある?」

レイニーが少し考えてみてソフィアを見る。

ロイ皇子様の話とは少しズレてしまうけれど既に決まった相手のいる皇太子妃様に聞いてみたかった。

「あの…皇太子殿下と皇太子妃様は喧嘩、とかされますか?御二方はまだ結婚式は挙げられていませんが婚約式はなさっているから夫婦に近いですし…ずっと一緒にいて喧嘩とかされないのかしらって…」

レイニーが遠慮がちに質問をした後に言い訳のように理由を沢山付け加えた。

母と愛人は定期的に大声で罵りあって揉める。

毎回相手も入れ替わる。

時折所用で別邸に行くだけなのに母のそんな姿を定期的に見るということは普段どれだけの時間そんな罵り合いに費しているのだろうか。

愛人でもそうなのにひとりの人と生涯を共にしたら一体どのくらい喧嘩するんだろうとレイニーはいつも考えていた。

するとソフィアが思い出したようにため息混じりに言う。

「激しい喧嘩はルイが荒れてた最初の頃はあったけれど…あ、でも私の誕生日の前に少し口論したわ」

皇太子妃はティーパーティーの少しあとが誕生日だったはずだ。ソフィアが続ける。

「18歳だから18個プレゼントすると言うルイに今年はいらないわと止めたの。来年ルイに使われる予定だった皇室の資金の中の寄付予定の資金はルイの個人資産も含まれているから北の地に行くのにいらないって言ったらあげるいらないの口論になっちゃったのよね…」

自分で言いながらも呆れているソフィアは恋をしている普通の18歳の少女に見えた。

でも彼女はまるで童話のお姫様のようだ。

レイニーは皇太子殿下が個人資産を削ってでもプレゼントをしたかった気持ちが何となく分かる。

「それでどうなさったんですか?」

レイニーが興味津々で聞く。

掴みどころのない皇太子殿下を説得できるのはこの世に皇太子妃様のみ。

そんな噂が昔からある。だから余計に気になった。

「そこまで言うならルイが直接選んだお花でブーケを作ってってお願いしたんだけど当日渡してくれたブーケの中にちゃんとピアスが隠してあったわ。でもやっぱり嬉しくて受け取ることにしたの」


ソフィアの照れて笑う姿が可愛らしかった。

皇太子殿下は皇太子妃様の前では人が変わったみたいに優しい瞳をする。今日特に感じた。

レイニーはこんなふたりに憧れてまずはロイ皇子様を知ってみようと思って心を決めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る