第34話

「はっ?」

乾いた最大限間抜けな返事だった。


ルイとソフィアの元に突然現れたロイは2人を連続して驚かせた。

しかしルイの方が衝撃は大きかったはずだ。

なにせ過去ではロイは婚礼どころか婚約者さえ作らなかったのだから。

数多の縁談全てをまだいい、まだいいと延期させていた。

ルイだけはその理由を知っている。

ロイがソフィアを忘れられなかったからだ。

だからそれほどソフィアを大事に思ってくれているロイに今回はソフィアと婚約してそのまま上手くいって欲しいと思っていた。のに。

ロイが別の誰かと婚礼を挙げたらソフィアは誰に任せればいい?だけど弟の幸せも願ってしまうし応援もしてやりたい。

そんなルイの複雑な頭の中を無視してソフィアが声を上げた。

「まあ!今まで縁談に興味すら示されなかったのに。いきなりどう言う心境の変化です?」

ソフィアは驚きつつも喜ばしい顔をしている。

その顔にほんの一瞬だけ寂しそうに瞳を翳らせた後すぐに笑顔でロイは答えた。

「そろそろ、が理由です。私なりのけじめなんです」

弟のその言葉と笑顔がルイの心臓を圧迫した。


コンコンッ!

見慣れた部屋の扉をノックする。久しぶりにそのノックに返事が帰ってくる。

部屋の主人が返事をして扉を開けて目を丸くした。

同じ薄茶の瞳。

「兄上!」

夜、ルイはロイの部屋を訪れた。

ルイが笑顔でロイにあるものを見せながら言う。

「一緒に飲もう」

それを見てロイが笑った。

「お好きですね、本当に」

ルイはロイが唯一好きな酒、その中でとてもいいワインを持って訪問した。


トプトプとルイが2つ分のグラスにワインを注いで行く。そしてロイに手渡した。

ロイが礼を言って2人で乾杯する。

カチャン!と軽快なグラスのぶつかる気持ちいい音がした。

2人で他愛ない話をしていた中でルイが本題に入った。

「なんで急に縁談を進める気になったんだ?」

ワインの色味をじっと見つめて言うルイにロイが遠くを見て言った。

「昼も言ったでしょう。けじめだと。私が縁談を進めた方が有益ですし」

その横顔をルイが見る。

「その縁談、延期は出来ないのか?」

そんな想定外の言葉をロイの耳が拾った。

驚いて遠くを見ていた顔がこちらを向いて目を見開く。なんでそんなことを言うのか本気で分からないというように。

「ソフィアが俺と破談になってお前と婚約するなら?」

ありえないことを言い出すルイに更にロイが驚く。

しかしルイがあまりに真剣な顔付きで言うのでロイも真剣に答えた。

「なんでまたそんなことを?」

するとルイが一瞬泣き出しそうに笑って言った。

兄のその顔を見てロイが息を飲む。

本気だと感じた。

「俺はソフィアを幸せに出来ないかもしれないけれどお前ならそう出来ると思ったから」

ルイはそれだけ言って眉を寄せて困ったみたいに笑った。一方ロイははぁーと緊張の糸が切れたように息を吐き出した。

「ばれてましたか」

それだけ呟いて天井を仰いだ。

ルイは返事の代わりにワインを飲む。

そんな兄を見ないままロイが言う。

「いつからですか?」

「結構前から」

淡々と2人は会話を交わしていく。兄弟感の呼吸なんて合わせなくても合うものだ。

ロイは今日初めて自分の好意がソフィアに向いていることに兄が気がついていたことを知った。

ただそれなら尚更今の提案は受けられないと思った。

ロイが静かに瞼を閉じて何かを決めたように瞳を開ける。そして言った。

「兄上、チェスをしましょうか」

そんな唐突な提案にルイは戸惑った顔で答えた。

「チェス?」


チェスは幼い頃から2人がしていた遊びでずっとずっとロイがルイに負け続けている。

勝てたのはたった2回。

今日ももちろん負けた。

負けたのでロイもいよいよ心を決めて話すことにした。

「兄上が勝ったので悔しいけど教えてあげます」

それにルイがん?とまた優しい顔で聞き返した。

変わった変わったと思っていたけれどこうしてみると兄はやっぱり兄だった。

「ソフィアの笑顔や泣き顔、膨れっ面。どれも愛しさを感じて見てきました。ですがその顔たちはある人物を通さなければ見ることはできません」

今度はロイが困ったみたいに笑って言う。

「誰だ?」

ルイが分からないので首を傾げて正直に聞くとロイが短く答えた。まさか自分な訳が無いとルイは思い込んでいた。

「それが兄上です」

しかしロイは兄だと言いきった。

その言葉にルイが目を見開く。

想像もしなかったような答えで驚いた。

「僕が愛しいと感じたソフィアのその表情は兄上がいなければ成立しません。つまり僕が好意を寄せたソフィアは''兄上の事が好きな''ソフィアだったんです。これに気がつくまで時間を随分使ってしまいました。気が付いたならそろそろ潮時です」

そうやって言い切るロイにルイは圧倒された。

これ以上何も言えなかった。

弟のその顔は喪失感ではなくひとつ何かをやりきったような満たされた顔だったから。


そうして夜は更けてルイは初めて弟が弟らしくなく見えたしロイは兄が今まで決して見せてこなかった人間的な弱さを見た夜だった。



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