第33話

心臓の鼓動の種類が違った。


手すりにふわりと飛び乗ったソフィアを同じ角度で見た時、首を掴まれたみたいに苦しくなった。

一気にあの時の記憶がルイの中に戻った。

衝動的にソフィアを引きずり降ろしてどこにも行かないようにどこにも行けないように離せなかった。

震えが止まらなかった。

心臓が不吉な程に音を立てた。

ソフィアに気が付かれたかもしれない。

そう思った時にルシアが来たおかげで難を逃れた。


それでもルイはその後からもソフィアとは普通に接することを心がけた。

前回みたいにぎこちなくなればなるほどあの時のことにソフィアは意識が行くだろうから。

鋭い君は騙されてくれないだろう。

例えば今日みたいに皇宮内を探索しようと誘われれば何もかも忘れて純粋に笑顔を向けた。

「もう秋になるね。紅葉が綺麗」

ソフィアが笑顔でこちらを向く。

ルイも笑顔で頷きながら言う。

「そうだな、金木犀の香りもするし」

「いい香り」

ソフィアがすんすんと嗅いでみる素振りをする。

ルイがソフィアのそんなお茶目な姿に笑った。

「金木犀って色も綺麗よね。宝石だったらトパーズみたい。ルイの瞳の色とも少し近いのかな?」

ソフィアがルイの瞳を覗き込む。

ルイが首を傾げながら言う。

「そうかな?自分じゃ分からないな。ソフィアの瞳こそ菫色で綺麗だけど」

ルイがソフィアの瞳の色を褒めるとソフィアがこればっかりはいつものように喜ばなかった。

「う〜ん。菫色程綺麗かしら。薄紫色がいい所じゃない?なんだか菫に申し訳ない」

昔からソフィアは瞳の色に関しては納得していないらしくこういう反応をする。瞳の色は気に入っているのだが菫色だと言われるのは菫に申し訳ないと言う。

真剣に顎に手を当てて言うからルイが吹き出した。

「菫に申し訳ないのか。でも菫色だからなぁ。帝国の皇太子妃にそんなふうに言われてるなんて帝国中の菫も寂しいと思う」

それを聞いてソフィアがふむと言ったあとルイを見て言った。

「じゃあ殿下がそう言って下さるなら菫色ということにしておきましょう。帝国の皇太子妃の瞳は菫色なんだよ〜って民が自慢できるように」

ソフィアが真面目なふりをするのでルイがまた笑う。半分ふざけているのもルイは分かっているので可愛くて余計に笑うのだ。

「でも今年は素直に受け入れたな」

ルイがソフィアを笑いながら少し意外そうに見て言うとソフィアが自慢げに言った。

「今年は久々に未来の旦那様から言われたので」

ふふっとまたふざける。

今年と言いつつ本当に久しぶりにこの会話をしているのでルイも申し訳ない。昔は良くしていた。

でもソフィアはソフィアを放置していたルイをわざとからかうようにしていた。

その方が明るく過去のことにできるからだ。

いつもそういう心配りをしてくれて本当にありがたかった。

「もうあと2ヶ月位で建国パーティーかしら?豊穣のパーティーが終わって建国パーティーが終わればようやく皇室主催の行事は年末までひと段落ね」

ソフィアがルイが少し眉を下げたのを察知して話題を変えた。

何も言葉にしていないのに鋭すぎる。

ルイも素直にその話題に乗った。

「そうだな。それが終わったら視察かな。それとも年末のパーティーまでは出るのか…。どちらかまだ本決まりじゃないんだよな」

本来なら来年の予定だったが来年はルイが成人を迎える年でもあるし寒さのいちばん厳しい時期に行かなきゃ罰にならんと父である皇帝と母である皇后が今年の冬に予定を前倒しにした。

自分の子供にも容赦のない姿が逆に皇室の公正さのアピールにもなるしルイは自分の仕出かしたことなので甘んじて受け入れた。

ウォンとラルドには申し訳ないけれど。

ルイがそう考えているとソフィアが少し悲しそうな顔をした。

「私はやっぱり着いていけないのかしら」

ぽつりと呟く。

「だめだよ、ソフィアが一緒に処罰受ける必要ないだろ?」

ソフィアにルイが優しくそう言ったが納得してない時の表情を見せる。

ルイがつい先日ソフィアは連れていかないことを告げてからずっと駄々を捏ねている。

物分りのいいソフィアにしては珍しい。確かにソフィアの言い分も正しい。

ソフィアは皇太子妃も北の地域は視察するべきだと思うという意見だった。北は寒さが厳しいから帝国内でも独自の文化や派閥がある。

その内部を見に行くための視察も兼ねているのでそういうのだろう。

だがそれは別に今回じゃなくてもいい。

なんなら来年の夏の視察もあるんだからと連日ルイはソフィアを宥めていた。それにソフィアにはルイが皇宮を開ける間、ルイの政務の一部を担ってもらうことに決めていた。

だから余計にソフィアは動かせない。

それでも3ヶ月の内1ヶ月でもいいから同行させてくれというソフィアと戦っている。

それにもうひとつ、ルイには考えていることがあった。

ルイの記憶が正しければそろそろロイが留学を終えて帰ってくる。そうすればロイとソフィアが一緒に過ごす時間が必然的に長くなるから当初から考えていた婚約者が兄から弟への入れ替わりも自然になる。

元はと言えば兄の方が問題児なのだから受け入れられ易いだろう。


「あ、ここにいらっしゃいましたか。皇太子殿下、皇太子妃様」

ロイのことを考えていたからロイの声が聞こえた。

ルイはついに幻聴が聞こえると思っているとソフィアが答えた。

「あら?ロイ様?突然どうなさったの?!」

驚くソフィアを見てルイも現実なことにようやく気がついて驚く。

「どうしたんだ?まだ留学中じゃ」

ルイとソフィアが口々に言うとロイがからりと陽気な声で告げた。

「まだ留学期間は残っているのですが今日は陛下にお願いがあって一時帰国しました」

その言葉に2人で首を傾げて声を揃える。

「お願い?」

するとロイがルイの耳がおかしくなったのかと思うような言葉を発した。

「はい、私に来ている縁談を進めたいので貴族の令嬢たちから妃選びの場を設けて欲しいと」

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