第32話
あの日は太陽に、今は月に反射してきらきらと茶金の髪と長い銀髪が輝く。
「ねえ、ソフィーは髪伸ばさないの?」
ルイが何気なくソフィアに聞いた。
それは出会って半年くらいの頃。図書室で並んで座って本を読んでいる時だった。
ソフィアは当時は肩につくかつかないか位の髪の長さだった。
「どうして?ルイは長い方が好き?」
ソフィアが聞く。ルイは殿下と呼ばれたくないと言ってあったのでこの頃から非公式の場ではお互い名前で呼んでいた。
ルイが本に目線を落としたまま言う。
「そういう訳じゃないけどソフィーの髪は伸ばしても綺麗だろうなって。だって月の光が作ったみたいな髪色だから」
そのルイの褒め言葉にソフィアは少し照れて自分の髪をひと束つまんでルイに言う。
「そうかな?じゃあ伸ばしてみようかな?」
ルイに向いてソフィアがそう聞くとルイが本から目線を上げてにこっと笑って言った。
「きっと似合うよ。見てみたい」
「それで伸ばしてたってことか!?」
ルイが自分の何気ないひとことでソフィアが髪を伸ばしていたことに目を見張った。
ソフィアがうん、と頷く。
「実際褒めてくれたもの、伸び始めた頃」
13歳の頃にはもうかなり長かった。
その頃もルイはその髪に合うようにとネックレスをくれたのだから何となく切りたくなかったのだ。
それからはずっと同じ長さで揃えている。
ルイはまさかそんな日常会話の中でのきっかけだと思わなかったようで本当に驚いていた。
思わず笑ってしまう。
「本当に自分のひとことがきっかけだと思わなかったのね」
そう言ってソフィアがくすくす笑う。
「普通、そんな細かい会話覚えてないだろ…」
そんなこと言いながら自分だって覚えているくせにとソフィアは思う。
ルイが信じられないとでも言うようにそう言うのでソフィアは少し考えてこう言った。
「じゃあこれは覚えてる?」
そう言ってテラスの手すりにふわりと飛び乗った。
久しぶりだけど案外できるものだなと思っているとルイの顔はなんだか真っ青に見えた。
ソフィアが影になっているのでよく顔色が読み取れないがなにかを訴えかけるような瞳をしている。
でもソフィアはなんだか分からなくてルイを茶化した。
「ほら、昔よく2人でこうして手すり乗って歩いたじゃない!それでルシアやティナたちに見つかって怒られて…今もできるかしら」
そう言ってこの空気を何とかしようとソフィアが細いヒールで立とうとした、その時だった。
いきなり目の前がふっと揺れて気がつけば鈍い痛みがあった。
どうやらルイに引きずり降ろされたようで今はルイの腕の中にいた。
ルイが落ちた衝撃よりも痛いくらいに抱きしめる。
ソフィアがさすがに痛くなってルイの名前を呼びかけようとした。
その時に気がついた。
ルイが、震えてる…?
ルイの手はカタカタと震えて顔は見えないけれど心臓の音が不吉なほど大きな音を立たていた。
「ルイ?ルイ!」
ソフィアがルイが心配になって呼びかけるとルイが言う。
「ソフィア、もうしないで。こういう危ないことを絶対にしないでくれ」
声も震えて本当に必死に訴えかけてくる。
不自然な程に心配するルイにソフィアもそれ以上は何も言えずとにかく優しく背中を撫でて答えた。
「わ、分かった。分かったわ。もうしないって約束する。ね、ルイ、大丈夫よ」
そう優しく呼びかけるとルイがソフィアを腕から解放してソフィアを見つめた。
まるでソフィアの心臓をがしっと鷲掴みにするかのような切実な表情。
あ…この表情…。心の中で呟く。
目に見える表情は表にあまり出さないルイのその顔はソフィアが過去に2度だけ見た事のある顔だった。
1度目はルイの初の政務が終わったあとに陛下と皇后様と北の地域に視察に行った時のこと。
皇后様の乗る馬が突然錯乱して落馬しそうになった皇后様を陛下が必死の思いで受け止めたおかげで大事には至らなかったけれど衝撃的な出来事だった。ルイはその晩ずっと怒りに震えて眉間に皺を寄せて唇を噛み締めていた。不安に押し潰されそうになって零れそうになる涙を必死に抑えるような、そんな顔。
2度目は、2度目は私が――…私が?
そこまでソフィアが思い出した時、何故か記憶にない私という言葉が浮かんだ。
そもそも1度しか見たことないのに2度目?
なに?今のは、そう思った時図書室の扉が開いてルシアがやってきた。
「あー!やっと見つけましたよ!皇太子殿下!皇太子妃様!全く!幼い頃と同じことを!」
そうやって怒るルシアに一瞬気を取られて見た隙にルイの表情は普段通りに戻っていた。
ちぇっとつまらなそうに言う。
「あーあ、バレたか。行こう、ソフィア」
そう言ってにこっと手を差し出す。
その変わりように圧倒されてソフィアも答える。
「え?え、ええ」
そうしてそのまま会場にルシアに2人で叱られながら戻る道を歩いたがソフィアの中の違和感が消えない。
あの顔は確かにルイが何かを失いそうになった時に本気で恐くなったそんな時にだけ見せる表情だとなんでか思えてならなかったから。
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