第31話
月だけが見ている。
こそこそとパーティー会場から抜け出してルイにソフィアが手を引かれて走った。
2人で走るけれどソフィアがドレスの裾に引っかかって転びそうになった。
するとルイがひょいっと軽々とソフィアを抱きかかえてそのまま走り出した。
腕力がついていたので出来たことだ。剣術稽古をした甲斐があった。
だが恥ずかしさにソフィアが狼狽えて声を上げるとルイがしぃーっといたずらっ子の少年みたいな顔で声を潜めるように言う。その顔は反則だと思いつつソフィアも口を噤んだ。
そのままルイは図書室まで一気に駆け抜けて扉を閉めてからソフィアをゆっくり降ろした。
「ちょっとルイ、いきなりどうしたの?こんな風に抜け出すなんて何年ぶり?」
ソフィアが驚いたというように聞く。
それぞれ抜け出すことはあっても昔みたいにルイが合図を寄越して2人で抜け出すなんて。
実はこれ、昔ルイとソフィアがよくやっていた遊びのひとつだった。
するとルイがまたいたずらが成功した子供みたいに楽しそうに笑って言った。
「この前言ったろ?昔みたいに遊ぼうって」
その言葉にソフィアが思い出したようにぷはっと吹き出してそれはそうだけどと続ける。
「でもびっくりしたわ。ルイが合図を覚えていたのも驚いたけど。昔はおんぶだったのに今は簡単に抱きかかえられちゃうなん…て…」
言ってて恥ずかしくなったのかソフィアが歯切れを悪くする。確かに恋人同士としてはおかしくないけれど今のルイとソフィアの関係性は微妙なので多少恥ずかしい。
ルイが照れ隠しに言う。
「そっちこそすぐ分かっただろ。合図、忘れるわけない。それとソフィーが軽すぎるんだよ、昔から言ってるけどもっと太れって。もっと好きな物食べろよ、体重気にせずに」
するとその言葉にソフィアが今度こそあははっと声を上げて笑った。
「婚約者に太れって言えるなんて素敵だわ。それにソフィーって呼ぶのも久々よね。今日も失言するなんて珍しい〜。明日は雪かなぁ?」
そう言ってソフィアまで楽しそうにからかってくるのでルイがますます恥ずかしさからムスッとする。
「あれは!…なんでか分からないけどソフィア見てたら気が抜けて…」
今度はルイの歯切れが悪い。
しかしその言葉にソフィアが機嫌を良くしたのかふうーんとひとこと言って歩き出した。
ソフィアが図書室の窓を開けてテラスに出る。
「風が気持ちいいわね、夏の夜の匂いがする」
ソフィアの髪が風になびいた。月光が本当に似合う。
ルイも隣に立って頷く。
ルイの茶金の髪もさらりと揺れる。
「そうだな」
短く答えたルイにソフィアが思い出したように言った。
「あ、ねえ。私今日もこのネックレス付けてるけれど貴族のご令嬢たちに褒められたの。自慢しちゃった」
そう言ってルイのお手製のムーンストーンのネックレスのトップを持ち上げる。
ふふふと嬉しそうに微笑むソフィアを見てルイもそれに応えた。
シャツのネクタイとボタンを弛めて首を上げてルイもぐいっとペアのネックレスを取り出す。
「俺もずっと付けてるんだけど気がついてなかったろ」
そのソフィアお手製のサンストーンのネックレスを見てソフィアが目を丸くした。
「え、嘘!身につけてくれてたの?」
そう言うとルイが頷いて答えた。
「実は貰ってから外したことほとんどないんだ。どんなに荒れてた時期でもこれだけは手放せなかった」
そうやって愛おしそうにネックレスを見つめるルイにソフィアの胸がきゅーっと狭くなった。
本当ルイはずるい。こうやって直ぐに無意識にソフィアの心拍数を上げる。
心地いい心音が聞こえるような気もするけどドキドキもする。
そんな感情がソフィアに告げる。
ああ、本当にルイが好きなんだなと。
そこでつい本音が溢れた。
「でも私、ソフィーって呼ばれて嬉しかったのよ」
そうして微笑んだソフィアの顔は本当に美しくてルイは時間が止まったかと思った。
心臓がうるさい。鳴り止め。
ソフィアに聞こえる前に。
その微笑みに釣られてルイも思わず本音を口にする。
「俺もソフィアがいつもネックレス身につけてくれてるのを見ると自然と笑みが出る」
その言葉にソフィアが今度は少し目丸くする。
そして直ぐに目を細めた。
私もそうだよ、とでも言うように。
そしてソフィアが違う話を始めた。
「そういえば、ルイは覚えているか分からないけれど知ってる?私が髪を伸ばし始めたのはルイがきっかけなのよ?」
その予想外の話題にルイから間抜けな返事が返ってきた。
「はっ?」
きょとんとするルイにソフィアがやっぱり忘れてるのねと呆れ気味に言う。
「え、ちょっと待て!思い出すから!」
ルイが焦って思い出そうとするも思い出せない。
するとソフィアが結局話してくれた。
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