第28話
慌ただしく時はすぎてあっという間に豊穣のパーティーの日がやってきた。
昼には農民たちに種分けといつも国を絶やさず潤してくれる感謝を込めてガーデンパーティーを行う。
この時のルイとソフィアの衣装は農民たちが肩の力を抜いて2人と話せるようにカジュアルな格好をすると前もって決めていた。
コンコン!とルイの部屋がノックされる。
ルシアが返事をして通すとソフィアがやってきた。
ルイは挨拶の原稿がギリギリだったので急いで覚えていた。
原稿がギリギリになってしまったのは北の地域の農民のために他国の新種の種をなんとか得るために交渉していたからだった。
部屋の中を原稿片手にぐるぐる行ったり来たりしてソフィアが入ってきたことにも気が付かないくらい焦っていた。
そんなルイを見て目の前にソフィアがぱっと立ち塞がった。突然現れたソフィアにルイが驚いて足を止める。
「わ!ソフィア」
ソフィアを見て一瞬焦りを忘れたルイを見てソフィアが微笑む。
「殿下、おはようございます。よく眠れましたか?」
皇太子妃としてソフィアが挨拶をしたのでルイも応じて答えた。
「おはよう、ソフィア嬢。よく…眠れたとは言えない…」
ちゃんと返事はしたが気が回らなかったため馬鹿正直すぎて間抜けな返事だった。そんなルイの返事にソフィアは言う。
「遅くまで原稿作成されていたのですね。種分けの交渉を終えての帰宮が昨日の夕刻だったと聞きました。大変お疲れだったでしょう?それで今急いで覚えていらっしゃられるんですか?」
ルイに労りの言葉をかけて今のこの状況について聞く。ルイもそのまま答えた。
「大変なのは農民たちも一緒だが皇太子妃がそう言ってくれると努力が報われる気がする。そう。今覚えようとしているんだがなかなか頭に入ってこなくて…」
当たり前だ。連日睡眠時間は短いし昨日もほぼ徹夜で頭が働かない。
コーヒーを飲んだりしてなんとか脳を起こしているけれど何度戻って呼んでも文字の上を目が滑る。
なんとかなるだろうけれどさすがにルイも焦りが隠せる余裕はなかった。
するとソフィアが突然ルイの手元からぱっと原稿を取り上げた。
ルイも何が起きたのか一瞬停止する。
「今年は豊穣のパーティーのアニバーサリーだ。記念すべき年に我が国の――…」
ソフィアが原稿を読み上げてルイを見上げた。
ルイは続きを言ってみてと言われているように感じて続ける。
「我が帝国の基盤である沢山の恵みを届けてくれる皆と共に祝えることを嬉しく思う。今日は遠いところからもわざわざ皇宮に赴いてくれた事にも礼を言う。今年の種分けの儀には北の地域でも育つ他国の新種の種を用意してみた。是非持って帰って欲しい。また来られなかったもの達のためにそれぞれ代表者は必ず土産を持って帰るように。では皆と良い時間を過ごせる事を願って」
ルイがここまで言うとソフィアが目線を上げて言う。
「あら?殿下完璧じゃありませんか。何をご心配されているのです?」
ソフィアが菫色の瞳を細めてにっこりと笑った。
その笑顔を見てルイはようやく息が出来た気がした。
腰に手を当ててふーっと息を吐き出して顔を上げて笑顔を見せる。
「ありがとう、ソフィア。少し気が和らいだ」
ルシアやメイドたちが見てもさすがの一言だった。
2人のお互いへの信頼を抜いては絶対に出来ない。
「いいえ。ルイこそこんな素敵な原稿を短時間で作成するなんて。…でも疲れているんじゃない?無理してない?」
ソフィアが褒めてくれたのでルイの口元も自然と緩んだ。
「大丈夫だ。今日は遠方からの民も多いし出ないと。彼らの努力にお返ししたいし。陛下と皇后様はガーデンパーティーの途中から参加だからそれまで2人でやりきるぞ、皇太子妃」
最後は皇太子として締めて言った。
その言葉にソフィアも皇太子妃として返事をする。
「しっかり着いて参ります、ルイ皇太子殿下」
そして2人は会場へ向かった。
挨拶も無事に終え種分けの儀の最中に年配の男性とまだ幼さの残る少年が種を貰いにやってきた。今の代表者と跡取りなのだろう。
帝国では各地に農民協会を作り代表者を1人置く。そしてその代表者を筆頭にそれぞれの地域の農民を取りまとめて行くという方法を取っていて領主とはまた違う地位に立つ。
今回のガーデンパーティーは領主達は訪れないが別の建国の祭りの時などは領主と共に代表者が皇宮に訪れる地域もある。
ソフィアが名前を聞いて名簿を確認してルイに伝える。
「殿下、ビオス領のヘシュ代表です」
それをルイが聞いて言う。
「北の地域の先だから…少し種を多めにするので合ってるか?」
「ええ、そうです」
そう言って2人が会話しながら種を測っていく。
北だからこちらとは違う論文があるかしらと呟くソフィアにルイが本当に好きだなと呆れた顔で言う。でもただ呆れているのではなくて愛情のある表情だった。それにソフィアはだって気になりませんか?と少し拗ねるとルイが確かに気になるけどと同意する。テンポよく会話しながらも種を正確に測っていく2人をみて少年が思わず口から言葉をこぼした。
「皇太子殿下と皇太子妃様…本当に噂でお聞きした通りお似合いですね…」
ぼうっと見惚れたように言う少年にルイもソフィアもきょとんとした。
すると間を置かずに年配の男性、ヘシュ代表がぺしっと少年の頭をはたいた。
「急に失礼なことを!馬鹿たれ!申し訳ありません、皇太子殿下、皇太子妃様」
ぐいっと少年の頭を抑えて一緒に頭を下げるのでルイもソフィアもその勢いに圧倒されたがルイがあははと声を上げて笑いだした。
ソフィアがルイを見て驚く。というか庭園にいた皆がルイたちを見た。
ルイが言う。
「いや、嬉しくて。皇太子妃とお似合いって言われるなんて。皇太子妃は私には勿体ないくらいの令嬢だからな」
その言葉にソフィアが思わず声を上げる。
「殿下!何を仰ってるんです?!殿下の方が素晴らしいお方でしょう!」
するとそんな2人をみてその場にいた民たちがお似合いです!と口々に言い始めた。
そんな和気あいあいとした雰囲気の中ガーデンパーティーに突入したがルイとソフィアがお似合いだと言われたのはいつぶりだろうとそれぞれに喜びを噛み締めていた。
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