第24話

少し前からルイの様子がおかしい。


もう季節は夏になって日が肌を焼くようになった。

皇宮は夏から秋の間に行う豊穣の為のパーティーの準備で忙しない。

それにそのパーティーが終われば建国の祭りや舞踏会がある。その準備をしながらソフィアがルイの様子がおかしい事に気がついた。

いや、明確に言えばソフィアに対してだけおかしい。

前のように無視し合うようなことは無いしルイは優しくてソフィアと話もするけど何となく距離を感じる。ソフィアが散歩やお茶に誘うと遠回しにやんわり断られる。

だけどソフィアを見つめる瞳の優しさは変わらない。

ソフィアとしてはルイが視察に行って少しの間会えなくなるかもしれないので出来れば今のうちに沢山話しをしたい。ソフィアがルイの視察という名の処罰について行かせてもらえるかはまだ決まっていなかった。

恐らくルイは建国の舞踏会までしっかり終わったら行くことになるはずだ。


今日もそうだった。

剣の稽古を終えて部屋に向かうルイを見つけてソフィアが駆け寄った。

「ルイー!」

くるりとルイが振り返る。

サンストーンのネックレスが首元で揺れる。タオルをかぶって汗と水を拭きながらも口元が緩んでいるのが見える。

今日は上手く話せるかも。

そんな期待をした。

「どうした?」

ルイが止まって聞く。うん、いい調子。

「あのね、豊穣のパーティーは毎年同じようにお昼は種分けを皇宮の庭園で行ってその後農民たちを労うガーデンパーティーをするでしょう?その後今年は豊穣のパーティーのアニバーサリーイヤーだから夜は皇宮内でパーティーがある。そこでその昼のガーデンパーティーのお料理とお花を私とルイで決めるようにと皇后様が。それと夜のパーティーのドレスコードと招待客リスト。確認してもらえる?」

ルイが分かったと言ってソフィアの持っている招待客リストの紙を覗き込む。

さらりとルイの少し濡れた茶金の髪がソフィアの前髪にかかった。

また稽古の後に水を頭から被ったんだなと思った。

ソフィアに図書室で怒られてからはそういう方法で熱気を冷ましているらしい。

そうやってソフィアの意見を聞き入れてくれてその事については特に何も言わないけど継続しているのが可愛く感じた。

あ、いまルイが顔を上げたらすごく近いな、そう思った時だった。

「うん、これで大丈夫」

にこっと笑ってルイが顔を上げた。

ふたりの間に一瞬沈黙があった。

だけどソフィアが近いと思う隙もルイは与えなかった。

ぱっと身体を離した。

ソフィアが不思議そうな顔をする。

それをルイも感じただろうがルイはたどたどしくこう言った。

「あ、部屋に戻って着替えて俺も政務をこなすから…。うん、それじゃ」

そう言ってソフィアも

「あ、ええ」

とぎこちなく答える。

この気まずさというか得体の知れない微妙な空気感がずっと続いている。


「…っはあああー…」

ソフィアの長すぎるため息がソフィアの執務室に充満した。ソフィアが机に顔を突っ伏した。

「どうしました?」

「そんなに長いため息なんて!」

ティナとナディアが口々に言う。

ソフィアがさすがに耐えられなくなって弱々しくふたりにこの件について話した。

顔は突っ伏したまま。

「ルイが…なんだかおかしいのよね。その事が気になって気になって全然政務に集中できない」

それを聞いてふたりはソフィアの悩みにくすっと小さく笑ったがあいにくソフィアには見えていない。

ナディアが聞く。

「殿下はどんな風におかしいんですの?」

するとソフィアがぱっと顔を上げて言う。

「なんだか距離を感じるのよ、前みたいにお互い無視し合うような、そんな感じとはまた違うの。微妙な空気感がずっと続いているの。いい雰囲気で話しててもなんでかルイが我に返ったみたいにぎこちなくなるのよ!」

ふぅむとふたりがいいつつ今度はティナが言う。

「お嬢様はそういう雰囲気は嫌なのですねぇ」

その言葉にソフィアがまた顔を伏せながらも即答した。

「嫌よ〜…。寂しいもの」

そこでふたりが微笑んで自分を見ていることに気がついた。視線を感じたからだ。

「なんで笑っているの?」

ソフィアが口をへの字にして聞くとティナが言う。

「以前までなら殿下の変化に興味なんてないと仰ったのにお嬢様が素直でとても可愛らしくて」

そうかしらとソフィアが言うとナディアがソフィアにいくつか聞く。

「お嬢様、殿下と距離が離れると嫌なんですよね?」

「寂しいわ」

「近くにいるとどうです?」

「嬉しくてルイのすること全て可愛く見えるけどどきどきもするかな」

「他の女性が話しかけてたら?」

「それは大分慣れてるけど最近はそういうの無いからちょっと嫌かも」

そこまで質問されて答えるとふたりがくすりと笑った。

ソフィアがなんの質問?と聞くとティナが言った。

「お嬢様、それが恋だと思いますわ」

そう言われて、時間が止まったのかと思った。

今までそう言われてもしっくり来ないし変な気分だった。

なのに今は妙に腑に落ちる。

すとんと入ってくる。

ソフィアの目が大きく一度見開いて停止したあと顔がどんどん赤くなった。

ふたりは幼い頃から見てきたソフィアが恋を知って大人になったことが嬉しかった。ルイに対する反応で年相応の少女らしさも久しぶりに見た。

そしてソフィアが言う。

納得したという感じだ。

「そうなのね、これが恋っていう感情なんだわ。初めてちゃんとしっくり来た。ルイが何をしていても頬が緩んでしまうし泣いていたら私の方が悲しいんじゃないかってくらい涙が出そうになる。ルイが変わってからよりそうなったの」


そしてソフィアは初めてルイへの気持ちを恋だと自覚した。

ムーンストーンのネックレスに手を当ててこの恋がちゃんと未来に繋がっていることを願った。

皮肉にもルイと真逆の方向にソフィアが進み始めた。

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