第23話
1歩、また1歩。
とりあえず歩みを進める。
よろけるがなんとか進む。しかしその度に、足を踏み込む度に記憶がずきんずきんとフラッシュバックしてくる。
なんとかソフィアを誤魔化して部屋を抜け出したもののルイのフラッシュバックは1歩1歩足を踏み出すと共に酷くなって吐き気と目眩を起こしそうになる。これほど酷いということは余程大事な記憶を見落としているということだ。
部屋に到着するなり誰も入れぬようにとルシアに言い扉を閉め切ってベッドに倒れ込んだ。
天井が回る。
「…う…」
あまりに酷くて目を瞑ると声が聞こえてきた。
「陛下!陛…いや、兄上!ふざけてるのか!?いい加減にしてくれ!」
ああ、映像も見える。
今よりも大人なロイがそこにはいた。
「もうこれ以上は見ていられない!」
そうやってロイがルイの執務室で声を荒らげる。
ルイはロイを見ることもせず書類に目を通しながら答える。
「何が?」
冷淡なその返しにロイが更に怒気を含ませてつかつかと机に近づいてきた。
「リリアを側室に娶ること。正気なのか?いくらなんでもこれはあんまりだろう!?兄上!」
そこでようやくルイとロイの目が合う。
その時ロイが見たルイの瞳は冷えきっていた。
「仕方ないだろ、1度は私も断ったよ。でも魔法省の公爵の頼みなんだから」
それを聞いてロイがはっと鼻で笑う。
「兄上なら他にも沢山女がいるだろう」
その言葉を聞きながらルイも立ち上がってソファの背もたれに腰掛ける。
腕を組んでロイを見ながら言った。
「いるさ、いくらでも。でも仕方あるまい。こんなことでそんなに声を上げるならお前が代わりに皇帝になればいい」
そう言い放ったルイについにロイも堪忍袋の緒が切れた。
がっとルイの胸ぐらを掴む。
「こんなこと?本気か?いい加減にしろよ兄上。ソフィアの気持ちを考えてくれよ」
ロイの怒気が間近で伝わる。
ルイがロイから顔を逸らして言う。
呆れた顔をして。
「俺たちはお互いに毒になる存在なんだから必要な政務の話をする程度の関係で十分なんだよ」
その言葉にロイはその時何を思ったのだろう。
きっとあのソフィアの姿だ。
更にロイの手に力が入る。
「兄上…」
そう言ってわなわな震えるその手から目線を逸らすといつの間にかルイのネクタイピンが落ちていることに気がついた。
その目線の先に気がついたロイがルイから手を離した。そしてそのネクタイピンを勢いよく踏みつけた。
バキン!と何かの割れる音がする。
ルイは動じずロイを見ていた。
ロイが目を伏せて静かに言う。
「これは兄上とソフィアの対になるデザインで作らせたんだ。昔のような2人がみたくて。でももう必要ないな」
そう言ってロイは立ち去って言った。
バタンと乱暴に閉じられた部屋の中できらきらひかる宝石が粉々になっていた。
その後ルイはソフィアの部屋に向かった。
それがソフィアとあの瞬間以外でちゃんと話をした最後かもしれない。
短くソフィアは言った。
「そうですか、側室。どちらのご令嬢ですか?」
ソフィアとルイはこの数年、目も合わせていない。
こういう業務連絡をするだけの会話しかしていない。
ソフィアの問にルイはティーカップを持ち上げながら言う。
「ウォール家のリリア嬢だ。皇后の妹の」
その時、その言葉を聞いてソフィアの瞳から色がふっと消えたのを感じた。
ルイはソフィアの顔を見られなかった。
少し間が空いてソフィアが言う。
「なぜリリアなのでしょう。お伺いしても?」
ソフィアの声が少し震えていたように感じる。
今ならば分かるがその当時は分からなかった。
「魔法省の意向だ」
短くルイも答えるとソフィアはそうですかとだけ言った。
そしてそのまま沈黙が続いてルイは退室した。
しかしその後ルイは私物をソフィアの部屋に忘れたことを思い出してソフィアの部屋に向かうとソフィアが侍女たちに1人にしてと言って部屋の扉を閉めるところだった。
ルイは何となく見つからないように姿を隠した。
今見つかれば騒ぎになるからだ。
その後皆がいなくなったあと扉は少し開いたままでなんとなく気になってルイの足が向いた。
すると扉越しにソフィアが座り込んでいたのか声が聞こえてきた。
「あら…可笑しいわね。まだ涙が出るのね。ふふふ…ああ、泣くのももう沢山だわ…」
そう1人で呟く声が聞こえてルイの心臓が久しぶりのソフィアの声に反応した。
どくんと音を立てる。
ルイはそこに立っていられなくて逃げるように静かにその場を離れた。
そして次に顔を合わせた時、ソフィアの髪は短くなっていた。
はっと今のルイが目を覚ました。眠っていたのか気を失ったのか。
汗びっしょりになっている。
ただそんなことはどうでもいい。勢いよくベッドから起き上がる。
必死に日誌を書きなぐった。
ルイの忘れていたことを書きなぐった。
やはりルイはソフィアの隣にいる資格はないともう1度再確認させられた。
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