第22話
今よりかは幾分か短い銀髪が揺れた。
柔らかい髪質のその銀髪が彼女の魅力を引き立てていた。
「私、カイロスみたいに要領良くないもの。そもそも普通に生活していても突然お母様なんて呼べないのに…直ぐに離れて暮らしていたし…」
ソフィアが俯いて申し訳なさそうに言う。
隣でルイとロイ、カイロスが1列で座ってその悩みを聞いている。
「ソフィーは本当に不器用。その場だけ円滑にお母様って言っておけばいいじゃん」
ソフィアと同じ銀髪を持つカイロスが馬鹿馬鹿しいと言うように一蹴した。
まあまあとロイがカイロスを宥めて言う。
「でも公爵夫人もお母様って呼んでもらえたら嬉しいかもしれないよね」
そう言ってソフィアもうんと小さく頷く。
今の議題はソフィアが母親をどうしても「お母様」と呼ぶことが出来ないことについてだった。
ソフィアとカイロスの実の母親は2人が幼い頃に亡くなっていて今の公爵夫人は2人にとって継母であった。ソフィアとカイロスには腹違いの妹もいて確か名前はリリアだった気がする。
しかし2人にとって継母はどうしてもぎこちなくて気まずくなってしまう存在だった。
父親の公爵が再婚して少し経ってから公爵夫人が妊娠した事が分かった。
もうソフィアもカイロスも物心ついていたからやっぱり多少複雑な気持ちを抱えていたらしい。
ただ2人は双子とはいえ受け止め方や気持ちの複雑さの乗り越え方は異なった。
カイロスは後腐れなければいいと考える性格だし賢く要領がいい。だから適度にその場は愛想だけで乗り切ってしまう、そんな子供だった。なので割り切れていた部分もあった。
しかしソフィアはそれが難しかった。皇宮に来てから表情管理をする教育を受けて今はなんともないがその当時はまだルイと出会う少し前だった。人見知りをすることもあったしソフィアは賢いが要領がいいと言うよりは鋭い子供だった。
だから直ぐに分かったという。
腹違いの妹が産まれる=自分と弟の立場が難しくなるということに。
カイロスももちろん分かっていただろうけどあまり気に留めていなかった。それは男女の違いもあるだろうがソフィアは実母を父がそうそうに忘れてしまった気がして寂しかったという。
その後暫くしてリリアが産まれた。
産まれてきたリリアはとても可愛らしくてソフィアも次第に継母のことをとりあえず名前に様からおば様と呼べるくらいになったという。
継母は普通に魔力のない人だったのでリリアは魔女の資格は無かったがそれでもソフィアもカイロスも普通の兄妹のように可愛がった。まだ継母とは気まずい思いもありつつだったが。
しかし少し経ってまた状況が変わった。
ずっと出ていた皇太子妃の話が本格化したのだ。
ソフィアがついにルイと会うことになりそのままトントン拍子で皇太子妃に決定した。家を空けることになり直ぐにソフィアはカイロスの心配をしたという。
しかしカイロスも来年には魔法学校の寮に入ることになっていたのでそれぞれ家を出ることになった。
ただソフィアが残してしまった問題は今の議題の「お母様」問題だった。
正直母のように過ごした時間なら継母の公爵夫人よりルイとロイの母である皇后の方が断然多く、かなり可愛がってもらった。
そのせいか更に継母をお母様と呼べずに悩んでいた。
別に意地悪される訳でもないのに呼べないことが尚更ソフィアが罪悪感を感じる一因で皇室にソフィアへ継母が何かしら送ってきてくれる度に頭を抱えていた。
一応公式の場では最初の頃は何とか喉から絞り出してお母様と、今では一応すんなり出るようになったものの非公式で会えばやはりおば様と言ってしまうとよくルイにこぼしていた。
それを今日はルイ、ロイ、カイロスの3人に相談したのだった。
それぞれに考えを言ったもののルイがずっとただソフィアの話を聞いていたのでカイロスが聞いた。
「ルイ様はどう思われますか?」
それにルイは最初はうーんと言ったものの本当は答えなんてとっくに出ていた。
その時の自分の答えを鮮明に今でも覚えている。
「「ソフィアが呼びたくなったら呼べばいい」」
その記憶と今のソフィアの声が重なってハッとした。
ソフィアがお茶を淹れてくれたのを運んできて突然その言葉を言った。
ソフィアを見るとにこっとソフィアが微笑んだ。
「昔そう言ってくれたわよね。覚えてる?」
タイミングぴったりで驚きはしたもののルイが返事をする。多分ルイがこの事を思い出していると分かったのだろう。
「もちろん」
ソフィアがティーカップを持って言う。
「あの時とても救われたの。焦らなくていいんだって。昔からそうよねルイは」
ソフィアのその言葉に聞き返す。
「昔からって?」
そんなに優しい子供だった覚えもなくなんなら最後まで最低だったので分からなかった。
するとソフィアが思い返すように笑って言う。
「絶対に焦らせない。絶対に私に無理強いはしない。出会った時からこれだけは変わらない。どんなに荒れてて酷いことを言ってても。無意識でしょう?」
ルイは自分のもう黒歴史に近い部分を指摘されて恥しか感じないがそんな一面が自分にあるなんて思っていなかった。
ソフィアはそういう風にルイを評価していてくれたのかと思うと純粋に嬉しい。
ソフィアが言う。
「私ね、未だに呼べないの。どうしても喉に張り付いたようにあのお母様のたった一言が言えないのよ。もう言いたいと思うんだけど口から言葉が言えそうになると実のお母様が頭を過ぎるの。忘れちゃいけないって勝手に思ってしまう。誰も強要してないけれど思っちゃうの」
そう言って両手で頬杖をついた。険しい顔をする。
その姿を見てルイはすぐに分かった。
ああ、悩んでるのか。さっき見ていた本もその関連かもしれない。
ソフィアの悩んでる時のいくつかの癖のひとつだった。両手で頬杖をつく。
そんなソフィアにルイが言った。
「昔も言ったけどソフィアが呼びたくなったら呼べばいい。今は呼びたくてもソフィアの中の母上が浮かぶなら今はその時じゃないのかもしれない。もう少し待ってみたら呼べるかもしれないだろ?」
ソフィアがそのルイの言葉を聞いて頬杖を着いた状態から少しルイを上目遣いして見た。
そして少しした後うん、と呟いて顔が柔らかくなった。
「そうね、そうかもしれない。もう少し待ってみるわ」
そのソフィアの明るい顔にルイも微笑んだ。
「あ、あとね妹のリリアが最近私に冷たくて。反抗期なの。どうしたらいいのかしら…。あんまり構ってあげられないから気にかけてはいるんだけど…」
そこまで聞いた時だった。
ルイは妙な既視感に襲われて全身鳥肌が立つようなゾワっとした心地悪さを感じた。
悪寒がして嫌な予感がする。そして勘づいた。
ああ、過去の記憶のフラッシュバックだ。
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