第20話
キン!キン!ガッ!
晴れた空に乾いた音が響く。
剣と剣とがぶつかる音が響く。
ティータイムから1週間後、ロイが留学先に戻って3日後ルイは宮中の騎士団たちと剣術稽古をしていた。
やっぱり身体が以前のようには鍛えられていないからか騎士団長と手合わせすると力で吹っ飛ばされそうになる。
しかし若い身体は疲労を感じるには以前よりは鈍い。そしてルイが過去に身につけたテクニックはルイの感覚に残っていた。
騎士団長の動きが読めた瞬間、手首をくるりと捻って騎士団長の剣を下から巻き上げ、キン!と弾き飛ばした。
そして空に舞った剣がズドッという重たい音を上げて地面に刺さりそこで剣を避けて避難した若手の騎士たちからわっと歓声が上がった。
「殿下!私にもこの技を教えてください!」
「騎士団長の剣を弾くなんて!すごい!」
稽古に集中していたルイは押し寄せてくる騎士たちの波に驚いた。
「おお!?」
驚いて戸惑うルイの為に湧き立つ若手たちを騎士団長がなだめて解散させた。
ルイが散っていく騎士たちに少しほっとしていると騎士団長のレイトがルイに尋ねてきた。
「でも本当に不思議です。以前から剣術にはさほど興味を示されなかったのに。剣術のセンスがあるにも関わらず射撃の方が好まれていたでありませんか?」
レイトはルイの射撃や剣術の指導を幼い頃からしているので本当に不思議そうに言った。
「確かに以前は射撃の方が必要性を感じていたんだが…」
ルイが気まずそうに頭をかく。
そう、前のルイ。
それは過去のルイを指すのだが過去では剣術よりは射撃の方が必要性や使う頻度が高いと常に思っていた。
なのでこの時期のルイはほとんど剣術の稽古をしていない。
ならばなぜ過去からのテクニックがあるのか、今度は早いうちから剣術稽古を再開したのかそれは未来を見てきた者にしか分からない。
実は過去のルイが剣術稽古を再開して熱心に鍛錬した理由はソフィアだった。
過去、ルイとソフィアが皇帝と皇后の席に就く事が内々に決まっていた時になぜかその情報が外に漏れてソフィアが狙われたことがある。
ソフィア以前に魔法使い達に個人的に恨みを持っていた人物で元々魔法省の人間だったらしい。その人物が同じ魔法使いなのにソフィアが恵まれていてずるいという難癖をつけてルイとソフィアが政務で外出した際にソフィアを人質にとってソフィアの首元に刃を突き立てた事があった。
その時にルイは射撃の稽古ばかりをしていて剣術の腕が鈍っていたせいでソフィアの首元に剣を持っていかれるまでにすぐに相手の剣を弾くことが出来なかった。
結局その場でルイはソフィアが隙を作った一瞬で発泡し、難を逃れたのだがそのせいでソフィアの左肩にかすり傷を作った。
これは一生忘れられない出来事であったしルイはその日から必死に剣術のカンを取り戻すことに専念した。
当時は自分も狙われるかもしれないからと周りに言っていたのだろう。
過去の自分はどこまでも素直じゃないどころか自分の気持ちひとつ把握していなかった。
思い返せばあの当時とにかく恐かった。
それは自分も危険に晒されるかもしれないからだと思っていたが違う。ソフィアを目の前で失うかもしれなかった事、その事が恐くて、震えるほど恐くて必死に強くなろうとした。
今もまた何があるか分からないから次こそはソフィアを傷つけることなく、なんならそんなこと起こりえないように稽古を早く再開する事にした。
そのことにレイトだけではなくソフィアも驚いた顔をしたが彼女が唯一応援してくれた。
レイトが黙ったルイに言う。
「ソフィアお嬢様もお喜びでしょう?お嬢様をお守りするために再開されたのですから」
その発言にルイはぎょっとした。
ルイはソフィアの為だと誰にも言っていないのにいきなり言い当てられて狼狽える。
「え、なん、なんで分かったんだ!?え!?」
戸惑って上手く言葉が出ないルイにレイトが鼻高々に言う。私は殿下のことはお見通しだと、なんでもわかっているとでも言うかのように。
「最近おふたりの仲睦まじさが宮中のどこでも話題ですし、それならお嬢様の為に決まっているでしょう。殿下は無駄なことでもやらなくてはならないことは基本的にできるだけ避けて無駄だと思うことよりマシな代案を立てる性格です。効率性を求められます。剣術は無駄だと思っていて射撃をしていたのに剣術を再開したとなればそれはもうお嬢様が関係しています。殿下のやる気はお嬢様を想う気持ちひとつでいくらでも変わりますから」
ぺらぺらと分析するレイトをよそにルイは死ぬほど恥ずかしくなった。
宮中でそんな風に思われているのかと。
確かに間違ってはないけれど昔からいる人間には筒抜けだったのだ、ルイの気持ちなど。
そのままレイトは黙ることなくルイは隣でみっともなさ過ぎて顔から火が出る思いをした。
結局逃げようとする度レイトに引き止められて長時間演説を聞かされた。
ソフィアに会う約束してるからと言ってようやくレイトは納得して解放してくれたがルイは小っ恥ずかしい思いが止まらなくて致命傷を負った気分でその場から離れた。
そのまま部屋に帰ることも出来たがやっぱりソフィアに会いたくて尋ねてみることにした。
ルイには今2つ、悩んでいることがある。
1つはソフィアをどうやってロイと上手くいくようにするか。ソフィアを自分から解放する方法。
そしてもう1つは自分の気持ちをどう無かったように消去するのかだった。
どちらかと言えば2番目が上手くいかなければ永遠に1番目も果たせない。
だがルイにも消去する方法がよく分からなかった。
過去のソフィアがそうだったように、過去のルイがそうだったように。
今もソフィアはルイの人生の大半を一緒に過ごしてきて消すにはあまりに多すぎる記憶たちがルイをソフィアに繋ぎ止めようとする。以前はなぜあんな風にソフィアを見なかったようにできていたのか。
それは愛情の裏返しと言ったら都合がいいだろうが消したのではなく以前は見て見ぬふりをしていたということにルイはついこの間気がついた。
なのでソフィアの存在を自分の中から消せたことは無かった。
そんな悩みを抱えながらルイはソフィアの部屋の扉をノックした。
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